名探偵


 まだまだ夏真っ盛り。

 今、じめじめとした熱気の立ち込める応接室にて俺とステラの前に短い足の机を挟んで座る小太りの男は炙られた焼き豚から垂れる肉汁のような汗をハンカチで拭きながら話す。


「困ったものです...」


 小太りの男の名前はジュシウス。この街で冒険者向けの商店を開いている男だ。


 ジュシウスの話によると、昨晩彼の店に泥棒が忍び込んだらしく今朝店に来ると店は酷い荒らされ方をしていたらしく、犯人を探すのを冒険者にも手伝って欲しいとのことだが...。


「そういうのは騎士の人とかに相談した方がいいんじゃないですかね?」


 街の治安を維持するのは騎士の仕事であり、冒険者は自警団ではない。殺人鬼が出たなんていう場合には冒険者が駆り出されることもあるが今回の場合は窃盗であり、そこまでの緊急性はないので当然の返事を返してみる。


「いえまぁ、騎士にも相談するべきでしょうが、うちは冒険者向けの商品を多く扱っている店でしょう?依頼という形で冒険者の方に還元するのも悪くないのではないかと考えましてね」


「なるほど...」


 横にいるステラは黙って話を聞いている。今回横にステラがいるのは依頼者の話を聞いて依頼を受けるのか否か、受けたとしたら詳しい内容の確認やそこからの依頼書の作成について教えるためである。


「そういうことでしたら、受けさせていただきます」


「本当ですか!助かります」


「それじゃあ、いくつかお聞きしてもいいですか?」


 相変わらず止まりそうな気配がない汗を拭きながら会釈のように軽く頭を下げて礼をするジュシウスに詳しい話を聞くことにする。


「盗まれたものについて詳しく教えていただけますか?」


「そうですな。商品ですと魔光石、魔炉石、魔冷石の魔石や魔術札なんかが根こそぎですね、商品以外にも店で私が育てていた植物なんかも持っていかれました」


 魔光石なんかの魔石は洞窟の探索や夜の仕事で灯りを灯してくれたり、火を起こしてくれたり、体を冷やしてくれる魔力を帯びた特殊な鉱石である。魔術札は長さは手のひらほどの長方形の形をした札に魔術を封じ込めて魔術師以外でも魔術を使えるようにした品である。


 随分と高価なものだけを狙った犯行だなと感じながらもふと気付く、ジュシウスの店には自分が冒険者の頃にも行ったことがあり、その時から彼が植物を育てていることは知っていた。店の入り口の横にある窓から差し込む日を受けてのびのびと育つ花を始め、店の空いたスペースを埋めるように観葉植物が置かれているせいで店内はちょっとした植物園状態だった。しかし、その植物たちは特段珍しい品種というものではなく、むしろどこにでも生えているような植物だったはずだ。


「珍しい植物でも育ててたんですか?」


「いえ、全然そんなことはないです。むしろどこにでもあるようなものですよ」


 念の為確認してみるもやはり昔通りらしい。その後、いくつかの質問をして話を詰めていく。


「今のところ聞きたいことはこのくらいですね。また何かあれば教えてください。こちらからも追加で何か聞きたいことがあれば連絡します」


「よろしくお願いします」


 ギルドの入り口までジュシウスを見送った後、事務室に戻ってきて一息ついていると黙っていたステラが口を開いた。


「受けて良かったんですか?」


「さっきの依頼か?」


「はい」


 どうもさっきの依頼についてステラも気付いたことがあるらしい。


「微妙なところだな。やっぱりこういう仕事は騎士の方が得意だろうし...」


 わざと言葉を区切って続ける。


「何より怪しすぎる」


「ディアントさんもそう思いますか」


「そりゃあ店にある金目のもの根こそぎ盗まれてるのに冒険者に還元したいなんて理由でギルドに依頼しに来るなんてやついるわけないしな」


「でもじゃあなんでギルドに来たんでしょう?私は騎士にもギルドにも両方頼めばいいのにと考えたんですが、そこだけが気になって...」


「そんなの決まってるだろ」


「なんですか?」


 どうもステラは世の中の人はみんないい人だと思ってる節がある。良いことだとは思うがいつか悪いやつに騙されたりしないか心配になる。


「騎士に頼めないような後ろめたいことがあるからだよ」


「え、それって一体...」


「そこまでは分からない。けどまぁ今回の依頼ぐらいなら受けても良いかなって思った理由は二つある」


「なんですか?」


「一つ目は、犯人を捕まえることができた時にジュシウスの隠していたものが分かり、それがよっぽどのものなら騎士に突き出せば済むってこと。二つ目は犯人探しをするにあたって適当な人物を知ってたから」


「なるほど。ところでその犯人探しの適当な人物って?」


「ステラもよく知ってる奴だよ」


「私がよく知ってる人...ですか?」


 まだ誰のことか分かっていない様子のステラについてくるよう手招きしながら立ち上がり歩き始める。事務室の隣の小さな部屋に入ると受付口から冒険者と話しているクララの後ろ姿が見えた。


「どうしたんですか?」


 受付口の部屋に入ってくることが珍しい俺たちに気付くと不思議そうに小首を傾げて話しかけてくるクララをよそに、彼女を指差してステラに紹介する。


「えぇ!?クララさんがですか?」


 驚いているステラを見てより困惑した表情でこちらを見てくるクララに話しかける。


「クララ。今からに行こうと思うんだけど...」


「そうですか。行ってらっしゃいませ」


 言い終わるかどうかというところであっさりと一人で行ってこいと断られてしまった。


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