路地裏の決闘


「連れてくって...ステラは冒険者に戻る気ないって言ってたはずですよね?」


「別に冒険者に戻す気はない。ギルド職員として本部に来てもらうことにしたんだ」


「職員として?」


「そうです。彼女の仕事ぶりを鑑みてこんな所で働かせておくのは惜しいと判断したんです」


「仕事ぶりって...あんたステラが働いてるところなんてほとんど見てないだろ。しかもあの子の料理食って...」


「うるさいねぇ。君の話なんて聞いてないんだよ。明日の明朝にここを発つから彼女に馬車の待合所に来るように伝えてくれればいいんだよ」


 ノズールの勝手な物言いに苛立ちを覚えながら、彼について一つ気付いたことを聞いてみる。


「あんた、貴族出身だろ?」


「当然だろう。君のような薄汚く才能もない平民と一緒にしないでくれ」


「だったらよりあんたの言うことなんて聞きたくなくなったな」


「なに?」


 推測が確信に変わったことでお客様用に少しは丁寧に接していた態度をやめたディアント。


「俺、あんたみたいななんでも自分の思い通りになると思ってる貴族が大っ嫌いなんだよ。だから言うこと聞いてやんないって言ったんだよ」


 話しながらかつて冒険者だった頃に貴族達に振り回されたことを思い出し苛立ちは増す。高圧的な態度で無理難題ばかりを突きつけてき、金は払ってやるんだからなんとかしろだのなんだのと...。貴族にはいい思い出がない。そして今もまた嫌な思い出が増えそうである。


 ノズールは、そんなディアントを見て呆れたような短い声を出す。


「ギルドマスターが君はSランク冒険者にも匹敵する実力の持ち主だと言っていたが、結局はただのチンピラじゃないか。だったら...」


 話すのを中断して腰に差していた剣を抜くノズール。その刃は月明かりに照らされきらりと光った。


「実力で分からせてあげようじゃないか。僕が勝ったら彼女を連れて来てもらうぞ」


 随分な言いようだが、ディアントとしてはありがたい申し出だった。


「いいぜ。ただし、俺が勝ったらステラは諦めて今すぐこの街から出ていってもらう」


 路地裏で向かい合う二人はじりじりと距離を詰めていく。





  ◇◇





「ディアントさん遅いですね...」


 少し出てくると言ったディアントが中々戻ってこないことを心配したステラは様子を見に行ってくると近くの冒険者に伝えて席を立った。


「ディアントさん。大丈...」


「...俺が勝ったらステラは諦めて今すぐこの街から出ていってもらう」


 路地裏に出るドアを開けると、ディアントが誰かと話している声が聞こえた。しかもどうやら自分に関係している話らしい。


 やましいことはないはずなのだが、ステラは物陰に隠れてそっと覗き込んでみた。

 見ると、そこには剣を構えたノズールがディアントと向かい合っているのが目に入った。


(これは、どう言う状況でしょう?)


「はぁあ!!」


 人を呼んだ方が良いかと考えその場を離れようかと考えた時、ノズールが掛け声とともにディアントに突撃したので行く末を見守ることにした。


「おぉ危ない危ない」


 鬼気迫る表情のノズールとは対照的に眉一つ動かさない冷静な顔のディアントは、とんと後ろにバックステップを踏んで剣をぎりぎりの所で躱す。動きを見るに、ノズールも剣術の心得はあるようだが、縦に横に振るう彼の剣撃はことごとく避けられ続けた。


 その一連の動きを見ただけで、二人の圧倒的な戦力差に気付いたステラは人は呼ばなくてよさそうだと理解した。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「もう終わりか?」


 ひとしきり剣を振ったところで息切れしたノズールは肩で息をしながら動きを止め、汗一つかいていないディアントが煽るように話す。


「なぜ剣を抜かない!」


「抜く必要がないからだよ」


「ば、馬鹿にしやがって!」


「ていうかなんでそこまでステラにこだわるんだよ。Sランク冒険者なら他にもいるだろ?」


「確かにギルド本部は打診だけでも良いからしてこいとの話だったが、今はそんなことどうでもいい。僕は彼女を連れ帰って伴侶にするんだ!」


 突然の愛の告白には流石に驚いたが。


(まぁそんなとこだろうとは思ったけど、やっと本性表したって感じだな)


「なら尚更ステラは渡せないな」


「お前がステラ君のなんだと言うんだ!」


「彼女にとって俺をどう思っているかは分からないけど、このギルドの職員になった時点で俺にとっては家族みたいに大事な仲間だよ。もちろん他の職員もだけど。だから...」


「うぁあー!!」


 ディアントが話している途中で、息が整ったノズールはもう一度剣を構えて走り出す。


「まだ話してる途中だろうが!」


「へぶっ!?」


 振り下ろされた剣を躱しながら放った渾身の右ストレートは、ノズール自慢の高い鼻を中心に顔面に直撃し彼は錐揉み回転しながら地面に吹き飛んだ。


「あぅ、うぅ」


 剣は手から離れ地面に転がり、痛さで地面にうずくまるノズールに一歩歩み寄る。


「だから、俺の大事な家族に自分勝手な理由で近づいてどこかへ連れて行こうとする奴は、俺にとって問答無用で敵だ。...てことで、本部にはなんの異常もなかったって伝えるように。分かったらさっさと荷物まとめて帰るんだな」


 ステラは、そう言い残してギルドへ戻ろうとするディアントを見て何故か逃げるように先に中に入った。





「おせーよディアント!どこ行ってたんだよ!」


「いやーすまんすまん。ちょっとぼーっとしてたわ」


「お、おかえりなさい。大丈夫でした?」


「ステラも悪いな。心配させて」


 酒場に戻ってきたディアントはいつも通りの彼に戻っていて、さっきまで路地裏で喧嘩をしていたとは思えなかった。


「どうしたステラ?飲みすぎたか?」


「い、いえ!なんでもないです!」


 ステラは困惑していた。

 最近は慣れてきたと思っていたのに、こちらを覗き込んできている彼と顔を合わせることができない。

 なんだか顔も熱いし、動悸も早くなっている。どうやら本当に飲みすぎたのかもしれない。


 

 その後、なぜか勤務したての頃のように緊張しているステラと、明日には記憶がなくなっているであろう酩酊状態の冒険者たちとの飲み会は続き、すっかり夜も更ける酒場の店じまいまで宴会は続いた。



 翌日、挨拶もなく帰ってしまったノズールをギルドのみんなで不思議に思いながら過ごしていると、数日後に問題なしと記された視察の結果が届いたのだった。

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