第5話「うんっ!」
──成人まで残り1日。
昨日の食事会は終始顔が赤いままだったアリスは、食事会後にソルトから「た、大変だ! アリスが風邪を引いたやもしれぬッ!」と心配され、一時城内が大混乱に陥った。
その後、アリスがソルトを心配してなんともないことを伝えると、「あ、アリスが『心配』してくれた……?!」と泣きながら抱きついてきて、騒がしい夜を過ごした。
ただアリスは、人の感情を取り戻してきてわかったことがあった。
ソルトは、アリスを悲しませないために大げさに振る舞っていることだった。
──だからといって、アリスが明日で死ぬことには変わりなかった。
◆◇◆
昨日の夜、アリスが布団に潜ったときのこと。アリスはもやもやする気持ちでなかなか眠ることができなかった。
そして、その理由も分かっていた。
1つは、イーサがアリスに構ってくれる理由。アリスの仮説としては、まだ自身が知らない感情だと考えている。
もう1つは、イーサと会うたびに少し緊張したり、顔が熱くなること。
なるべく表には出さないようにしているが、イーサと会うたびに……それも、イーサに羞恥心を感じさせられるたびに。
(それに先程イーサさんにあ、あーん、されたときは、少し鼓動も早くなってた気がします……)
羞恥心以外にも、何か別の感情もあるのでは。アリスはそう考えていた。
──……もしかしたら、イーサが求めている感情と……。
◆◇◆
今日は、城の上の方に位置するテラスに来ていた。
「「うわぁ……!」」
思わず2人は声を揃える。
王城自体が少し高い位置に作られており、その上層部ともなれば、視界に広がるは一面の星空だった。
アリスはそれと同時に考える。
(今、きれいと……美しいと思えたのでしょうか……。イーサさんの助けなしで……。それはまるで……感情のあった幼い頃のよう……)
「やっとだね」
「え……?」
「うん。やっと笑ってくれた」
「あ……」
そう言われ、アリスは自分の顔を触る。少し口角が上がっているように思える。
「自分の力で感情を取り戻せたね」
イーサは優しく笑う。
その後。2人はしばらく静かに星を眺めていた。
ただ1人で星を眺めていても、アリスは『笑え』なかっただろう。イーサと2人きり、その状況がアリスを大きく変えたのだろう。
そのまま数十秒、いや、2人にとっては数十分にも感じられたのかもしれない。そんな時間が過ぎた。
(──……イーサさんはどんな顔で眺めているのだろう。イーサさんはどんな気持ちで眺めているのだろう)
アリスはなぜだかついイーサのことを考えてしまう。こんなこと、今までなったことがない。
「ねぇ、アリスさん」
「はい?」
自然を装いつつも、怪しまれずにイーサの顔を見れる機会を有効に使う。
月の光を浴びて耳を少し赤くしながら星を眺めるイーサの姿は、色気があり、アリスはまたかっこいい、と思ってしまう。
しかし今回はなぜだか『羞恥』に襲われなかった。それどころか、イーサの顔をずっと眺めてしまう。
「いいことを教えてあげる」
「と、言いますと?」
「人はね、好きな人とだと余計恥ずかしいと思うらしいよ」
「……ぇ、ぁ……」
──アリスはイーサに気付かされる。イーサに対して抱いていたその気持ちが好意、だということに。
アリスはイーサをじっと眺めていた顔を真っ赤に染め、すぐに振り返ってしまう。
「ね、アリスさん……」
「……は、はい……」
「僕の顔、どうなってた?」
「え、どう、って……えと……みみがあ、かく……って、え……?」
「どうにか隠してたけど、もう我慢しきれないや……」
このタイミングでイーサがそれを言う、ということは、そういうコト、なのだろう。
アリスはどうしていいか分からず、ただイーサに背を向けることしかできない。
「……アリスさん」
いつも優しく語りかけてくれたその声には、今のアリスのような恥ずかしさが込められていた。
「少し、こっち向いてくれないかな……」
「ぇ、ぁ……ぇ、と……」
「おねがい」
無理強いはしてこない。が、イーサのその甘い声はアリスを突き動かすのには十分過ぎた。
アリスは少し体をよじらせながらも、しっかりと振り返り、意図せず上目遣いになりながらも、目線も合わせる。目線までは言われなかったが、感情を取り戻したアリスは、これからのことも予測できた。
「──ずっと、好きだよ、アリス。子供の頃から、ずっと」
──ずっと、こらえていたのだろう。イーサの目から涙がこぼれてくる。そして、イーサはアリスに優しく抱きつく。
顔が胸のあたりに当たりながら、アリスも涙が溢れてくる。そして──。
「わ、私も今わかったよ……。私もイーサさんのことが好き、だったみたい……」
──アリスは感情を取り戻し、2人の思いは通じ合った。
しかし、2人の泣く声は嬉しさから来るものではなく、悲しみから来るものだった。
アリスは明日の正午に、死ぬのだから。
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