第12話 口付け
「幸村さん、そろそろ部屋に入ろう」
どれくらいの時間星を見ていたのだろう。何も考えないように無心で空を見上げていた。
「はい」
「俺、ここ片付けるから先に部屋帰ってお風呂、入ってて」
前回先輩の部屋に来たときもすぐお風呂に入ったため今日もそのつもりで準備はしている。
「わかりました」
先輩から部屋の鍵を預かると自分の荷物を持って先に部屋へ行った。
玄関には来客用のスリッパが既に置いてあり、荷物を置いて脱衣所へ行くと、ちゃんとタオルも用意されている。
「準備いいな……」
私はシャワーだけを浴びた。今日は排水口の髪を取ることも忘れない。どうすればいいか分からなかったが、取り敢えずティッシュにくるんで脱衣所のゴミ箱に捨てた。
「あとは……大丈夫かな」
風呂場と脱衣所を一通り見渡し部屋へ戻ったが、先輩はまだ帰っていない。
そのままソファーのところへ行き、膝を抱えて座った。
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気持ちいい……
いつの間にか眠ってしまっていたらしく、優しく頭を撫でられている感覚に心地よさを感じていたが
「っ!!!!」
「起きた?」
「す、すすすすみません」
先輩の膝の上に頭を乗せ寝ていたことに気が付き飛び起きる。
「いいよ。俺の方こそごめん」
「どうして先輩が謝るんですか?」
首を傾げると先輩は私の顔をじっと見つめ真剣な表情になった。
「さっき、幸村さんにキスしたいって言われて怖じ気づいてたんだ。自分がどう思うか自分でもわからなくて……」
先輩は私の頬を包み込むようにそっと手を添えてくる。
「でも、幸村さんが可愛い顔して眠っているのを見て、凄く、触れたいと思った。だから少しだけ、指で触れてみたんだ。唇に……」
「え……」
「柔らかくて、熱を帯びていて、指で触れただけなのに凄く、ドキドキした」
先輩はゆっくり手を下ろし、触れていた方の手をじっと見た。
「でも、ドキドキするのと同じくらい怖かった」
先輩の震える手をそっと握ると顔を覗き込む。
「先輩、もし、少しでもしてみたいって思うのであれば、してみませんか? してみて、嫌だと思ったら、もうしません」
「幸村さん……」
先輩の肩にそっと手を置き、ゆっくりと顔を近づけていく。そして一瞬だけ、触れるか触れないかくらいの優しいキスをした。
「…………っ」
先輩は自分の頬に手を当てゆっくりと離れていく私の顔を見つめた。
「どう、ですか?」
「てっきり口にするのかと思ったから……ちょっと拍子抜けした」
私が口付けたのは先輩の頬だった。
「嫌、でした?」
「ううん。全然、嫌じゃなかった」
優しく笑った先輩に安心して力が抜けた。
「私、先輩の嫌がることはしたくないです。でも、自分の気持ちにも正直でいたいです。わからないなら少しずつ試していきましょう。何が嫌で何が嫌じゃないか」
「うん、そうだね。ありがとう」
「取り敢えず、ほっぺは大丈夫みたいですね」
得意気に笑う私に、先輩もいつものようにフッと笑う。
「幸村さん、このまま泊まるよね? 俺ソファーで寝るからベッド使って」
先輩はベッドに行くように促してくるが私は首を横に振った。
「私が、ソファーで寝ます! あんなに真っ白で皺一つないベッドで寝れません……たぶん、髪抜けたりしますし……汚したりとか……いや、それはソファーもですけど……」
自分で言いながらどんどん声が小さくなりだんだん顔も俯いていく。
「そんなの気にしなくていいよ。俺だって髪抜けるし汗だってかくよ。人間生きてるんだから汚すのは当たり前。俺も幸村さんもそれは同じだよ。その後の掃除がちょっと過剰かもしれないけど」
「でも……」
「じゃあさ、一緒に寝る?」
「えっ……」
「一緒に寝て、一緒に汚したらいいよ」
先輩は私の手をとりベッドへと連れて行くと、ゆっくりと寝かせるように体を倒した。優しく布団を掛け、私の方を向いて先輩も布団の中に入ってくる。
「俺と同じシャンプーの匂いする」
耳元に先輩の顔がある。私は体温が上がっていくのを感じた。
「でも、やっぱりちょっと違う。幸村さんの匂い、安心する」
星空を見上げていたときよりも近い先輩の距離に、緊張して言葉が出てこない。
先輩はそっと私の体に腕を回し目を瞑ると
「人の体温ってこんなに温かいんだね。初めて知った」
「先、輩……」
「ありがとう、幸村さん」
耳元で囁き、そのまま眠りについた。
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