第6話 お誘い
「幸村さん、ここ見て。さっき送って貰ったデータなんだけど」
先輩は自分のパソコンを見ながら私に確認するように画面を指した。画面を覗き込むと先輩も顔を近付け間違っている箇所を訂正しながら説明してくれる。
「ここは……」
ち、近い。
同じ画面を覗き込みながら作業しているため自然と距離が近づいた。私はドキドキするのを必死に抑えながら説明を聞く。
「で、こうなるんだよ。わかった?」
「は、はい」
「じゃあ、これコピーしてきて」
フロアの真ん中に置かれたプリンターのところへ行き、先ほどのデータを印刷し始めた。
「ねえ、幸村さん」
紙を取ろうと少しかがんだ私を見下ろすように日高さんが立っていた。
「日高さん……」
最近よく声をかけられる。
「松永君は潔癖症だって教えたでしょ? 他人と距離が近いのは不快なの。もっと気を付けて接して」
「はい……すみません……」
先輩が他人に触れられるのが嫌いなことはわかっている。大学時代はいつも気を遣っていた。それでも自分には触れたいと言ってくれた先輩に気が緩んでいたのは事実だ。
「日高、俺の後輩いじめないでよ」
「松永君……」
「俺、潔癖だからって周りに気を遣われるのは嫌なんだ。距離をとる時は自分でとるし周りには普通にしておいて欲しい」
「でも……」
「幸村さん、コピー終わったなら行こう」
先輩はそれ以上なにも言わず、印刷された紙を取るとデスクに戻って行く。私も日高さんに軽く頭を下げると先輩を追いかけた。
デスクに戻るとその後なにも言わずパソコンに向かい淡々と仕事をした。
-----------
その日の昼休み、いつも通り先輩の少し後に屋上に行った私はそっと屋上のドアを開けタンクの陰からいつもの場所を覗き込む。シートに座り無表情で空を見上げる先輩を少しの間じっと見つめた。
先輩、何を考えてるんだろう。
すると先輩がふとこちらを向く。
私に気が付いた先輩は自身の横をとんとんっと叩き座るように促す。
「お待たせ、しました……」
横に座るとお弁当を開きながら先輩は話始めた。
「幸村さん、前から日高に何か言われてた?」
何も言われていないと言えば嘘になる。
「えっと……はい……少し?」
私はお弁当を開きながら歯切れ悪く返事をした。
「なんで俺に言わなかったの?」
「先輩に、言うほどのことではないかと思いまして」
「最近元気なかったのはそのせい?」
「私、元気なさそうでした?」
「うん、ちょっとね。気になるくらいには」
「すみません。でも大丈夫です。会社では秘密にしたいって言ったのは私ですし、これくらい気にしません」
日高さんに先輩とのことを言われているからというのもあるが、先輩との距離の取り方を悩んでいることの方が大きい。
「もしまた何か言われたら言って。いくら秘密にしてるからって幸村さんが嫌な思いをするのはだめだよ」
「ありがとうございます」
先輩の気遣いが嬉しくも切なくもあった。
お弁当を食べている間はお互い何も話さず黙々と食べた。
先輩はお弁当を食べ終えると一瞬こちらを見てから空を見上げる。
「幸村さん、この前なにか返したいって言ってくれてたよね。次の休み一緒に出掛けない?」
「んっ、そ、それは、デートですか?」
不意のお誘いに、喉を詰まらせそうになりながら先輩の方を向いて聞き返す。
「付き合ってるんだからそうだよね」
私の方は見ないままフッと笑った先輩に胸が熱くなる。付き合いはじめてちゃんとしたデートのお誘いは初めてだ。
「行きますっ」
先輩の顔を見上げながら目一杯の笑顔で返事をした。
そんな私を見て先輩も安心したように口元を緩める。
「まぁ出掛けるって言ってもどこに行くかとか全然決めてないんだけど。どこか行きたい所ある?」
「えっと……じゃあ、映画はどうですか? ちょうど見たいのがあるんです」
「映画館、か…………わかった、いいよ。映画、見に行こうか」
少し迷った様子の先輩だったが、それでも嬉しそうに優しく微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます