第69話 転移の罠

 10層のボスを倒した俺たちは、疲労困憊でその場を動けずにいた。


「……一旦冷静になろう。これが後20層続くのははっきり言って無理だ。1年くらいみっちり準備しても、果たしていけるかどうか」


 正直、ここまでトントン拍子に来れたので下層を舐めていた。

 これはアレだ。マジでダメなやつだ。

 まさか10層の段階で俺の覚醒に頼らなければ倒せない相手が出て来るとは思わなかった。


「1年……それは、難しいですね」


 メアが苦々し気に呟く。

 そんなことは俺とて分かっている。

 いくら別の大陸といえど、1年あればメアの手配書が回って来る可能性は十分にある。

 それでもダンジョンをクリアできるならいいかもしれないが……最悪準備の途中で追われる身となれば、それまでの努力が無駄になってしまう。


「俺だってそんなのは分かってるけどさ……それでも、死人が出るよりはマシだよ」


 俺とメアに関しては、まだいい。こうして話をする余力くらいは残っている。

 だが、石紅と浅海。2人は未だに肩で荒い息を繰り返している。

 1歩でも間違えれば死に直結する道中、その上で死に直面したボス戦。

 それらが精神にかける負荷は尋常ではない。


「とりあえず、今日はここまでだ。ボスがリポップするギリギリまで休んだら、セーフゾーンに移動して一晩しっかり休もう」

「……ごめん」 

「いいから、今は休め」


 絞り出すように謝って来る石紅の頭をぐしゃっと撫で、俺たちはボス部屋の床にへたり込んでひたすら休み続けた。



***


 

 ボスがリポップするまでの1時間ギリギリまでボス部屋で休んだ後、俺たちは地上に向けて歩き出した。

 

 ボス部屋の宝箱には《黒王の秘水晶》と、一目で魔剣と分かる高そうなサーベルが入っていた。

 難易度に対するリターンとしては十分と言えるが、それを喜ぶ余力は俺たちには残されていなかった。

 誰も見向きもしなかったので、ひとまず俺のマジックバッグの中へと放り込む。


 全員必要な事以外は何も口にせずセーフゾーンからセーフゾーンへ、休憩を長めに取りながら徐々に地上へと戻っていく。

 罠を見抜くことの出来る石紅は代わりが利かないが、戦闘に関してはなるべく俺とメアで引き受けた。

 せめてもの救いは今回下層を攻略し切る予定でかなり多めの物資を持ってきたことだ。おかげで何泊かする勢いで休憩を取っても物資が尽きる心配はない。


 それを何度か繰り返すと、俺たちの間には徐々に会話が戻り、身体の疲労も取れて行った。

 尤も、精神的疲労に関しては地上に戻ってから宿屋のベッドで惰眠を貪りでもしない限り取れないだろうが。

 

 己の無力さや、時間に追われる事の焦り。

 ここにいるとどうしても、ふとした瞬間にそれらが浮かんでしまう。

 それを必死に抑え込んで、目の前のダンジョンに集中し続けた。


 そうして、俺たちはようやく第6層まで戻って来た。

 ここまでくれば本当に後少し。転移の罠がある階層さえ抜ければ、この緊張からも解放される。


「悪いがもう少し踏ん張ってくれ。地上に戻ったら好きなだけ酒でも甘いものでも奢ってやるから」


 俺は一番負担が大きい石紅を鼓舞するように声を掛ける。 


 ——あるいは、それが間違っていたのかもしれない。

 きっと俺たちは、最後の最後まで一切気を緩めるべきではなかったのだ。

 

「——っ、敵襲! 多分ネズミの大群!」


 先頭に立つ石紅の言葉で俺たちは臨戦態勢に入る。

 襲って来たのは40匹近い大ネズミの群れ。

 いつもは20匹くらいなので数は多いが、所詮はB級の魔物の集まり。

 落ち着いて対処すれば手間取る相手じゃない。


 石紅が防壁を築き、分断された群れを俺と浅海でなるべく惹きつけてから叩く。

 その間メアは全体の援護を引き受ける。

 因みに惹きつけるのは既に通って来た道で戦う為だ。踏んではいけない床が分かっていれば、転移の罠があってもある程度動きながら戦うことが出来る。


 そんな風に、敵の数に慌てる事もなくパーティーお決まりのパターンで捌いていく。


「ふぅ……こんなもんか」


 目に付く大ネズミを全て狩り尽くし、 俺は短く息を吐いた。


 ——その時だった。


「未来さん危ないっ!!!」


 浅海が過去一大きな声を出し、石紅を勢いよく突き飛ばした。

 天井に潜んでいたネズミの1匹が石紅に向かって襲い掛かって来たのだ。 

 浅海はそれを風魔法で弾き飛ばし、追撃の斬撃を加えて処理する。


「あ、危なかった……」


 浅海がほっとため息を吐く。


「突きだした岩の陰に隠れてたのか……よく気付いたな」

 

 下層は地形がいかつめというか、所々ごつごつしている部分がある。

 そこに紛れていたのだろう。

 

 俺は浅海を褒めようと彼女に駆け寄った。


「——っとと」


 その瞬間、緊張の糸が解けたのか浅海の上体がぐらりと揺れた。

 とはいえ彼女はバランス感覚に長けている。後ろに2歩ほど下がりつつもしっかり態勢を立て直し――


「奏ちゃんそこはダメっ!」


 石紅が叫ぶと同時、浅海の身体が青白い光に包まれる。

 ——転移の罠だ。


 俺はその瞬間、反射的に風魔法で自分の身体を思い切り吹き飛ばしていた。

 着地の事など考えないクロールみたいな態勢で、全力で浅海へと手を伸ばす。


 届くか……? いや、死んでも届かせろ!

 コンマ数秒の刹那、俺の指が彼女へと触れる――


「——っ、鴎外さん!」

「メア……!!!」


 心配そうに叫ぶメアに、俺が伝えられたのは一言だけだった。

 

 そのまま俺と浅海は青白い光に飲み込まれ、ダンジョンのどこかへと転移する――

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