第67話 倦怠期とハーレム

 石紅のおかげでアルメリアのギルドマスターから下層の情報を入手した俺たち。

 だが、貰った紙束で見た下層の危険度は想像を遥かに上回っていた。


 下層は全30階層。内5階層まではA級とB級の魔物が混在していて、上級パーティの狩りにもよく使われている為マッピングも済んでいる……というところまでは事前に調べがついていた。

 ――問題はそこから下だ。

 6階層からは1フロア辺りの広さが10倍近くになり、危険な罠が増える。

 その為マッピングも殆ど出来ておらず、かろうじて出てくる魔物が分かる程度。

 しかも、6階層からは転移の罠が混じって来る。 

 対象をランダムに転移させるそれは、運が悪ければ単身最下層まで飛ばされる可能性すらある。

 実際幾つもの優秀なパーティーが転移によって分断され帰って来なかったらしい。

 転移は飛ばされた方も、残された方も危険に晒される凶悪な罠なのだ。


 そんな事情を知った俺たちは、ダンジョン攻略を一度保留にすることにした。

 中ボスすら誰も倒した記録のない下層だ。これまでとは危険の度合いが違いすぎる。

 なので、しばらくは下層の浅いところで狩りをして金を貯めつつマジックアイテムなどを用意しようということになった。

 幸いにして下層はかなり稼ぎがいい。素材を売るだけで平均金貨20枚、立ち入れるパーティーが少ないことから宝箱も多いので、凄い時は金貨100枚くらい1日で稼ぐことが出来る。

 浅海と石紅に戦闘経験を積ませながらの狩りでこれだ。本気を出せば最強の残機確保アイテム〈黒王の秘水晶〉が1人2,3個持たせることが出来るだろう。


 そんな風にダンジョンと宿屋とを往復する生活を続けて1週間が経った。


 今日も今日とて魔物狩りをして地上に戻ると、もうすっかり夕方だった。

 浅海と石紅は素材の換金に向かい、メアは既に宿屋へ戻っている。 

 俺はというと、路地裏の人気の少ない酒場で1人ワインを煽っていた。


「……どうしたもんかなぁ


 1人になって考えるのは、メアの事。

 もうみんな気付いているだろう。あまりにもメアとの絡みが少なすぎる事に。

 この1週間……いや、この街に来てからずっと、なんだかメアに避けられているような気がする。

 今日だって穴場の酒場を見つけたから一緒に飯でも食おうと誘ったのだが、すげなく断られてしまった。


「これはまさかあれか? 倦怠期というやつなのか?」


 だけど、夜の営みの方はいつも通りどころかだいぶ激しめだ。

 むしろ、今まで以上にメアが俺を求めている感すらある。

 だというのに、日中や夕方に誘ってもちっとも応じてくれないのだ。

 最初は逃亡生活で警戒心が上がっているのかとも思っていたが、その割には浅海や石紅とは普通に出歩いてるんだよなぁ……


 そんな風に悶々と悩み続け、いっそ強い酒でも飲んで忘れてしまおうとしたところで、


「あ、いたいた。よっ、葛西」


 俺の背中にこつんと柔らかい衝撃。

 見ると、背後には石紅と浅海が立っていた。

 衝撃の正体は石紅のタックルだったようだ。


「お前ら、なんでここに……」


 俺がいるのは初見じゃ絶対分からない隠れ家的な店なので、偶然入った……ということはないだろう。


「メアさんに葛西がここにいるって教えてもらったから」

「……んで、そのメアは?」

「疲れたから宿屋で休んでるって」


 疲れた? あの無尽蔵の性欲魔人のメアが?

 昨日も散々狩りをした後夜中まで俺のことを絞り尽くした癖に?

 

 それに、自分は来ないのに二人だけをけしかけた、というのもなんとなくおかしい気がする。パーティーメンバーなら普通なのかもしれないが、ノルミナの街にいた頃はギルドで女の人を見るだけで脇腹に手刀を飛ばして来たメアさんだ。

 

 ……なんだろう、この違和感は。

 何か重要なことを見落としているようで、胸の奥がざわざわする。気持ち悪くなりそうだ。


「まあまあ、女の子はそっとしておいてほしい時くらいあるものだよ」


 訝しむ俺に、注文を終えた石紅が無理やりジョッキをぶつけて乾杯してくる。

 因みに未成年の浅海は強制的にジュースだ。


「……葛西君、私もお酒飲みたい」

「うーん……まあこの世界じゃ合法だし別にいい気がするけど」


 かくいう俺も高校の卒業旅行でヨーロッパに行った時は友達と酒を飲んだ記憶がある。あっちじゃ18から飲めるからな。


「ダメだよ葛西! 可愛い上目遣いにほだされちゃ。奏ちゃん、未成年の内にお酒飲むとおっぱいおっきくならないよ~?」

「……別に。今でも未来ちゃんよりは大きいし」

「な――! こやつ、言ってはならないことを――!」


 浅海から思わぬカウンターを喰らい、石紅が騒ぎ立てる。

 

「せめて俺を挟まないでやってくれ……」

 

 二人の間に立たされた俺は、げんなりとため息を吐いた。

 

 それからしばらくして。


「ねー葛西ー、もう一回頭撫でてよー。頑張ってる私をもっと普段から甘やかしてよー」


 ハイテンションでバカバカ酒をかっ喰らった結果、石紅は完全に出来上がってしまった。


「おい浅海、この酔っ払いどうしたら――」


 言おうとして横を見ると浅海の姿がない。

 気が付くと彼女は、身をかがめて俺の脇腹あたりにぴったりと張り付いていた。


「ん~、かしゃい君……」


 彼女もほんのりと顔が赤い。

 どうやら俺たちの目を盗んでこっそり酒を頼んでいたらしい。


「なんだ、この状況は……」


 気付けば石紅は勝手に俺の手を取って頭を撫でさせているし、浅海は更に太ももの辺りに猫のように頭を擦り付けている。

 客観的に見れば、ハーレムのように見えるだろう。恐らく、多分。

 ここが普段の騒がしい酒場じゃなくてよかった。危うく周囲からの嫉妬で殺されていたところだ。


「ったく……ほら、帰るぞ」


 俺は仕方なく二人を誘導し、宿屋の部屋へとぶち込んだ。

 自室に戻るとメアは既に眠っていて、俺も彼女を起こさないようベッドに入る。


「……結局、あの違和感はなんだったのか分からかったな」


 呟いてすぐ、酒のせいもあってか眠りに落ちてしまう。


 そうして疑問を残したまま、下層へとアタックする日を迎えたのだった。

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