第64話 蒼の剣狼

 宿屋で1日しっかりと休んだ俺たちは再びダンジョンへと挑戦を始めた。

 中層は上層ほど甘くはなく、魔物もC級~偶にB級が出てくるし、何よりも厄介なのは罠が滅茶苦茶増えたことだ。


「ぬおっ!? また落とし穴かよ!?」


 俺は唐突にパカッと開いた地面に驚きつつ、風圧で無理やり穴から這い出る。

 穴の底にはオーソドックスな剣山。落下すれば串刺しは免れないだろう。


「葛西、さっきから罠踏み過ぎ!」

「お前が踏まなさすぎなんだよ!」


 ここまで来る間、石紅は1度も罠にかかっていない。

 浅海とメアもそれぞれ2回ずつかかっているし、俺に至ってはもう10回くらいやらかしているというのに。


「罠があるところはなんとなくやばいっ! って分かるでしょ?」

「それはお前だけだ」


 このハイテンション完璧超人はどうやら勘も鋭いらしい。

 ……そういえば、修学旅行でやった神経衰弱でこいつは1周目で全部カード取って、その後トランプ全種目出禁になってた記憶がある。

 その時は流石の石紅も涙目になっていた。


「もういっそ全員で石紅の後ろを付いて回るか……?」

 

 そうしたいのは山々なのだが、この中で一番戦闘力が低いのも石紅なのだ。

 よって、有事への対応力的に俺が先頭を務めている。

 だから罠に多くかかるのも仕方ないこと。決して俺が不器用だとか不運だとかってわけじゃないはずだ……多分。

 ま、そうじゃなくても女子を矢面に立たせるのは流石に気が引ける。


 そんなこんなで俺はその後も罠を踏みまくりながらも致命傷をなんとか避け、中層を進んで行く。


 アルメリアの大ダンジョンは上層が初心者向け、中層は浅い層以外は全て上級者向けという内訳になっており、難易度が急激に上がる。

 その理由は俺が現在進行形でかかりまくっている罠の存在と、階層の深さにある。

 上層は全10階層。その上大して強くないボスを倒せばクリスタルで帰還することが出来る。

 が、中層は全20階層と倍近い大きさになり、中腹には中ボスも存在する。おまけに中ボスは倒してもクリスタルはない。

 そのせいで中級者が深く潜り過ぎると行くも地獄戻るも地獄という悲惨なことになるのだ。


 とはいえそんな事前情報も無視して、俺たちは中ボスの部屋の前に辿り着いた……のだが、


「なんだこれ……」


 中ボスの部屋の前は、人でごった返していた。

 その全員がそこそこ強そうな冒険者で、同じ蒼空の色の装備を身に付けている。

 

「……ダンジョンにこんなに人がいるなんて聞いてない」


 浅海がさっと俺の陰に隠れる。

 メアも心なしかフードを深くかぶり直した。


「すみませーん! 私たち、中ボス倒したいんですけど」


 そんな二人を置き去りにして、最強の交渉者、石紅未来は人好きのする笑顔を浮かべてボスっぽい風格のゴリマッチョスキンヘッドに突撃する。

 あの肩が刺々したプロレスラーみたいな鎧はどこで売ってるんだろう……


「なんだ貴様らは。初心者か? 今日は我々『蒼の剣狼』が新人育成の為に中層のボス部屋を貸切ると告知してあっただろうが」


 ぎろりと鋭い眼光を向けて、ゴリマッチョさんはそう言い放つ。


「私たちこの先に行きたいだけなんで、合間にちょっと通して貰えればそれでいいんですけど~」

「ダメだ。ボス部屋は1度に6人までしか入ることが出来ん。おまけにリポップの時間もある。貴様らに割く時間はない。とっとと戻るか、我々が終わるまで待っているんだな」


 蒼の剣狼。その名前を俺は知っていた。

 このダンジョン都市アルメリアに来る前のこと。一つ手前の街で新たに発生したダンジョンの情報を得た俺たちは、急いでその場所に向かった。

 長い道中一切無かったダンジョンの情報に俺たちはそれはそれは喜んでいたものだ。

 だが、現地に着くと既にダンジョンは攻略され消え去った後だった。

 後にそれが蒼の剣狼という、大規模ギルドの仕業によるものだと知り、俺たちは勝手にそいつらを恨んでいたのだった。


 その後も石紅があの手この手で交渉を試みるが、ゴリマッチョさんは聞く耳すら持たなかった。


「葛西葛西! あの人たちはあれだね……厨二病だね!」


 とてとてと戻って来るなり、可哀そうなものを見る目を向ける石紅。


「自分たちの行動が正しいと完全に思い込んじゃってるよ。あれだと新興宗教に嵌った友達を助けた時と同じくらい時間がかかりそうかも」

「ちょ、おい、声がでかくないか?」

 

 その大きさだとあの怖そうなマッチョの人にも聞こえそうなんだけど。

 が、俺の心配を石紅はまるっと無視。

 こいつも相当恨んでいるということだろう。

 俺はため息を吐いて、

 

「どうする? 帰るか? それともあいつらが終わるまで待つか?」


 幸いにも物資は山ほどある。どこかのセーフゾーンでのんびりしていれば待つこと自体は難しくない。


「いっそ強行突破しちゃうってのはどう?」

「いや、流石にダメだろ……」

「でも、別にあの人たちも誰かに許可取って独占してるわけじゃないみたいだし。別にいいんじゃない? 実力的に出来なくはないでしょ?」

「それは、そうかもしれないが……」


 いくらまだ指名手配が回って来ていないとはいえ、あまり目立ちすぎるのはよろしくない。主にメアの精神衛生上。

 だがまあ、こんな内容を大声で話していれば挑発にしかならないのは当然のことで。


「聞き捨てならんな。……今日中ボスに来たばかりの初心者集団が、我々相手に強行突破出来る気でいると?」


 ずい、と身を乗り出して来たゴリマッチョが怖い顔で睨んで来る。


「話聞いてなかった? 出来るけどやらないであげるって言ってるじゃん。むさくるしいからあっち行っててよ」


 尚も挑発する石紅。ゴリマッチョさんの額にピキ、と青筋が浮かぶ。


「そんなに自信があるなら、一つ勝負をしようじゃないか。1対1でこの俺に勝ったらここを通してやろう」

「だって葛西。サクッと倒してきてよ」


 石紅が予想外の力で俺の背中を押す。


「……お前、こうなるの狙ってたろ。俺たち目立っちゃダメだって忘れたのか?」

 

 俺が背中の石紅に小声で囁く。


「大丈夫だよ。あんなプライドの塊みたいなのが自分の負けを吹聴するわけないじゃん」


 その辺りはしっかりと計算済みらしい。

 ……まあ、石紅が大丈夫というならいいか。


「貴様が相手か?」

「ま、そうらしいな」


 俺とゴリマッチョは一定の間合いを空けて対峙する。

 周囲にはゴリマッチョ以外の蒼の剣狼のメンバーと、俺の仲間が散らばっている。

 

 ゴリマッチョさんは背負った両手剣を引き抜いた。

 見た目通りパワータイプらしい。

 

「そういや、この世界で純粋な剣士タイプを見るのは初めてかもなぁ」


 これまで対峙してきた相手はみんな魔法を絡めて来ていた。

 見るからに脳筋だが、やはりこいつも魔法を使うのだろうか。


 開始の合図とともに、ゴリマッチョが斬り込んで来る。

 

「うおっ! はやっ!」


 体格に似合わずその動きは速い。

 魔法で身体強化している風でもないのに、どういう仕組みだろうか。


「ぬんっ!」

 

 更に、ゴリマッチョが剣を振うと衝撃波が発生。

 俺は腰からミスリルの剣を抜き、剣の腹で受け止める……フリをして風魔法で衝撃波を散らす。剣士ブラフはまだまだ健在だ。


 しかしなるほど。剣士というのは魔法ではなく、別の体系の中にいる存在だと思った方がよさそうだ。恐らく魔力は使っているのだろうが、メアの言うような所謂魔法の起こりというのがまるで見えない。


「……なんだそのなまくらは。殆ど棍棒じゃないか。それでも剣士か?」

「さて、どうだかな」

 

 まあ実際このミスリルの剣は形こそ剣だが刃が殆んど死んでいる。

 刃物としては野菜を切るのにも使えない。男の言う通りなまくらだ。


 ニヤリと笑い、ゴリマッチョが斬り込んで来る。

 その動きはさっきより更に早い。

 

 ……せっかく剣士と呼ばれた事だし、ここは剣で決着をつけるとしようか。


 俺は全身の力を抜き、意識を剣先に集中。

 深く意識の底に潜り、思い出すのは変態さんとの戦いのときの感覚。


 そして、ゴリマッチョの放った鋭い一撃が首元に迫ったその瞬間——


 ズガン! と激しい音が響き、俺の手が不自然な早さで男の剣を迎撃。

 そして鍔迫り合いすらすることなく、青白い光を纏ったミスリルの剣は肉厚の両手剣を真っ二つに折っていた。


「……まだ全然出力が出ないな」


 俺は驚愕に顔を染めるゴリマッチョを余所に、一瞬で輝きを失ったミスリルの剣を見てため息を吐く。

 

「じゃ、そういうことで! 私たちが先にいかせてもらうね! いやー、爽快爽快!」


 そうして呆然としたままの蒼の剣狼の連中を置き去りにして、上機嫌な石紅を先頭に俺たちは中ボスの部屋へと入って行ったのだった。

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