第47話 魔剣ブラフと闇夜の戦い
夜の偵察中、黒ポンチョの集団の突然話しかけられたかと思ったのも束の間。
俺の足先に黒塗りのナイフが突き刺さる。
「いった……くない?」
鋭い痛みが走るのを覚悟しぎゅっと目を瞑るが、一向にそれは訪れない。
よくよく見ればナイフは俺の靴だけを貫通していた。
どうやら、コンバースから履き替えたこの世界の微妙にサイズが合わない靴のおかげで助かったらしい。
俺は全速力で黒ポンチョ集団から距離を取る。
「随分と物騒な真似するじゃねえかおいこら」
最大限の殺気と警戒を露わに睨め付けるが、黒ポンチョ共は微動だにしない。
「今のは警告だ。その素人臭い足さばき、大方そこらの盗賊だろう? 金の為ならばここで身を引け。勇者の遺品はそこらではそもそも売り捌くことも出来ん」
やはり気味の悪い低い声で、黒ポンチョの一人、一際体格のいい奴がそう告げる。
なんだ、要するに自分たちにはその伝手があるプロ組織だから木っ端は手を引けと、そう言うのだろう。
確かに、不意打ちとはいえさっきの一撃は熟達の腕を感じさせるものだった。
……だが、こうも一方的に告げられるとむかつくな。
この二週間、毎日欠かさず屋敷の動向を観察していたのは俺と浅海だ。
それを横からかっさらわれるというのは面白くない。
「生憎と、こっちにも事情があるんでね。はいそうですかって引き下がる訳にはいかないんですわ」
「金にもならん骨董品を命を懸けて狙う事情が、貴様如きにあると?」
やはり、言葉の端々で俺を見下してきているな。
仮に俺がそこらの盗賊だったとして、勇者の遺品を狙うのがそんなにおかしいか?
確かに、屋敷は労力に釣り合わない厳重警戒だとは思うが。
それにしたって、この女の言う事はおかしい。
「かつて世界を救った勇者様の遺品だ。金以外の理由で欲しがるのがそんなにおかしいかよ?」
確かに、元の世界でもピカソだのゴッホだの、有名すぎる美術品を盗んだところで売り捌くのは至難の業だろう。
仮に売れたとしても、市場で競売にかけるより遥かに安い金額で買い叩かれるのがオチだ。
だが、勇者の遺品は違う。
内容は知らないが、仮にダンジョン攻略に有用な品の場合、用途はいくらでもある。
それを欲しがるのは何もおかしなことではないはずだ。
と、そんな風に思っていたから、俺はそう強気に言い返した。
――この世界において、その発言こそが異端そのものであるということには気付かずに。
「なるほど……そうか、貴様はただの賊ではなかったか」
さっきから俺に話しかけてくるボスっぽい女が低い声で頷く。
ようやく分かってくれたようだ。
「そういうわけだから、狙いが被ってるなら今後はフェアに――」
「歴史を掘り起こそうとする死体漁りめ……ここで始末させてもらう!」
いこうぜ、と言おうとした俺の言葉はとんでもない内容に遮られた。
興奮したからか高い声と低い声が二重に混じった声で叫んだのは、宣戦布告。
――その直後。
4人が一斉に散開し、闇に紛れて俺に襲い掛かって来る。
「おわっ!?」
突然の豹変に俺は驚き、それぞれ別方向投擲されたナイフを飛び退いてどうにか避ける。
最初に一撃貰っていたおかげで油断していなかったのがよかった。
警戒しながらも、冷静さを保てている。
「そっちがその気なら容赦はしないぞ!」
俺は敢えて叫び、腰の剣を仰々しく抜き放った。
浅海との依頼で貯めたお金で買った鋼の剣。
せいぜい中級者用の大したことのない得物だが、無駄に刀身が白く輝いているのがいい。
「——っ!?」
俺の狙い通り、剣を警戒して黒ポンチョ共の動きが止まった。
魔道具店には黒王の秘水晶よりも更に高い値段で魔剣なるものも売っていた。
魔力を通すことで切れ味が上がったり、剣自体に魔法が付与されていたりするあれだ。
最上位の冒険者ですら、めちゃくちゃ貯金してようやく買えるくらいの代物のそれらは、大半が魔力を帯びた金属で出来ているらしく、刀身が輝いている。
ちょうど、俺の持っている鋼の剣のように。
「おらぁっ!!!」
俺が大仰にその場で剣を振り下ろすと、全員がその場で回避行動をとる。
狙うのはその隙だ。
襲って来たのは向こうだ。容赦はしない。
修司にやったように、胴体をぶった切るつもりで最大限まとめ上げた全開の風魔法を黒ポンチョの一人にぶち込んだ。
だが、
「ぐっ……!」
風魔法は腹ちょんぱすることはなかった。
せいぜい包丁で横に広く裂いた程度の深い切り傷を与えたに留まり、女は腹を抑えてうずくまる。
「——っ、防御魔法か!」
恐らくメアと同じ対魔法用の防御魔法によって威力を減衰されたのだろう。
完全に相殺されはしなかったようだが、やはりこの世界の魔法は強い。
それに比べて俺の魔法はまだまだ発展途上だ。
「ちっ……妙な魔剣を使う」
仲間をやられて、黒ポンチョのボスが俺を睨みつけてくる。
俺が剣を見せびらかしているのは何も魔剣ブラフで隙を突く為だけではない。
真の利点は魔法の隠匿にある。
この世界にも感覚派の魔法使いは一定数いるとはいえ、あくまで少数派。
それは理論派の魔法の方が強いからだとメアは言っていたが、それは少し違うのではないかと俺は思った。
恐らく、感覚派の魔法は対策がしやすいのだ。
この世界の防御魔法は優秀だ。
必要魔力が多いのだけが欠点だが、それ以外はちょうどスマブラの丸い防御みたいに、一定の威力までの攻撃は殆ど無力化出来る。
そんな防御魔法に対抗するのは、余程の才能があるか、俺たちのように元の世界で創作なんかに触れていて様々な使い方を予め知っているわけでもない限り厳しい。
理論であれば受け継いで攻略していく事が出来るが、感覚派は仮に一人が攻略法を見つけてもそれが広がらないからな。
その欠点を補うための、魔剣ブラフだ。
魔法が付与されたタイプの魔剣は、極論素人が振ってもある程度の威力が出る文字通りの魔道具だからな。
ノルミナの街までの一月剣を振り続けたにもかかわらず、未だに剣術スキルのランクがⅠという剣術適正からっきしの俺でも、これなら相手を警戒させるのに十分な効果を発揮させられる。
「この剣の威力は今見せた通りだ。仲間の命が惜しいなら引いたらどうだ?」
魔剣を警戒する黒ポンチョ。
攻撃する隙を伺う俺。
そんな風にしばらく硬直する盤面が続いた後、俺はそう声を掛けた。
——だが、
「悪いな……遊びは終わりだ」
深々と被ったフードの下で、ボス格の女が笑った気がした。
俺はそれに妙な悪寒を覚えて、その場から飛び退こうとする。
――だが、遅かった。
直後、俺の首筋に鋭い痛みが走り、ぐらりと大きく身体が揺れる。
痛んだ首筋から異物感が全身を駆け抜け、そのまま俺は屋根の上に倒れ伏した。
「5人目、だと……」
倒れている最中、俺は見た。
いつからそこにいたのか、気付けば意識の外、警戒していなかった方向にもう一人、黒ポンチョの女が立っていた。
けれど、その事実に驚いていられたのは一瞬で。
俺の意識はすぐに闇の底へと沈んでいく。
「よし、連れて行け」
意識を失う直前、そんな言葉と共に体が持ち上げられるのを感じた。
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