第40話 森を抜けて

「ふっ、ふっ、はっ!」


 一振り一振り丁寧に、呼吸を合わせてひたすら木剣を振る。

 水魔法で簡易的な鏡を作り、剣筋が荒れれば修正、姿勢が乱れればまた修正。

 そんなことを繰り返すのが、最近の俺の日課だ。

 

 何故か修司たち全員が魔法を使って来ていたが、謎スキル《純粋無垢》さんは”努力次第で何者にもなれる”と言っていた。

 ならば、魔法以外のことでも効果があるのではないかという実験である。


 ま、それらは建前で、一番の理由は暇を持て余しているからなのだが……


「オウガイさーん! そろそろお昼ご飯ですよ~!」


 背後から世界一綺麗な声に呼ばれて、俺は木剣を振る動きを止めた。


「しかしまあ、よく毎日続けますねぇ」


 チクチクする麻布で汗を拭いていると、メアが呆れた表情を向けてくる。


「だって、他にやることもないしなぁ。最近じゃ、調理どころか狩りすら手伝わせてくれなくなっちゃったし」

「みんな遠慮してるんですよ。オウガイさんは疲れてるだろうって」

「でも、俺と同じことしてる石紅は引っ張りだこだし……え、俺って要らない子?」


 などと話しながら戻ると、倒木で焚き火を囲んだ野営の定番のような空間に、香ばしい匂いが充満していた。

 俺とメア以外はみんなもう着席している。


「遅いよ葛西! もう私お腹ぺこぺこなんだけど!」

「悪かったよ。ついキリのいい回数までって思ってな」

 

 石紅に急かされながら俺の分の皿を受け取る。

 その間ずっと、俺はみんなの視線を一身に受けていた。

 

「はぁ……今日も俺なのか。じゃあほら、いただきます」

「「「いただきます!」」」


 ため息を吐いて音頭をとると、全員で唱和して昼食を摂り始める。

 今日のメニューは鹿の香草焼きだ。


 なんでか知らないが、食事の度に学校給食みたいにみんな揃っていただきますをするのが俺たちの間で暗黙のルールとなっていた。


 まあ、気持ちは分からなくもない。

なんというか、みんな日本人らしさのようなものを失いたくないのだろう。

 そういうのは捨てるのは簡単だが、後から取り戻すのは難しい。

 少し前まで無気力に呆然と過ごしていた彼女たちからすれば、最近ようやく異世界生活がスタートしたって感じだろうしな。

 

「しかし、何故毎度俺が音頭をとらされるんだ……? 別に俺そういうの向いてないと思うんだけど」

「でも、みんなをここまで連れてきたのは葛西でしょ?」

「んー、でもそれだって全員で頑張った結果だと思うんだけどなぁ……」


 そんな風に、石紅と軽口を叩きながら食事を終える。


「じゃあそろそろ休憩終わり! また移動するよ!」 


 石紅の指揮でテキパキと片づけを終え、全員が馬車へと乗り込む。

 みんなは荷台へ、俺とメアが乗るのは御者台だ。

 そして、馬車は再び深い森の中を走り出した。


***


 さてと……村に着いた後の話をしようか。

 

 村、というかその近くの広場に拠点を構えた俺たちは、3日程そこに滞在し遠出の準備をした。

 といっても大したことはしていない。進むのは食糧豊富な森だし、メアがいれば道に迷うことも、獲物が見つからないことも心配いらない。

 なので、適当に村周辺の魔物を狩って食料を集めつつ、その素材を村で換金して香辛料や調味料、後は女子たちの日用品なんかを買い集めるだけでこと足りた。

 魔物の素材は修司たちへのブラフに使った街まで持って行けば高値で買い取ってくれるらしく、売却金を頻繁に売れるわけではない服なんかで使ってくれるのはありがたいと、村の人には大層喜ばれた。

 俺たちが定住しないと告げると、以前世話になった酒場の夫婦には残念がられたが。


 それから、結局他の男たちが追手に来ることもなかった。

 警戒だけはずっとしていたが、うんともすんとも音沙汰はなかった。

 俺たちの向かった先が分からなかったのか、指揮官を失い戦意喪失したのかは分からない。

 

 とにかくそんなわけで、無事準備を終え出発した俺たちは当初の予定通り北にある大都市を目指し森の中を進み続けているのだ。


 村を出てからはかれこれ2週間になるが、移動のペースはかなり順調だ。

 

 石紅が運転出来るようになったおかげで、二人で交代しながら進めるのが大きい。

 20人近い人数を乗せた重たい石造りの馬車を運転するのはかなりの重労働だ。

 俺一人では魔力が持たずに倍近い時間がかかってしまっただろう。

 

 ペースが上がった分休憩は長めにとるようにしていて、その間女子たちはメアに付いて狩りに行ったり、石紅や静さん達から魔法を学んだりと生きる術を学んでいた。

 何故かやたらと気を遣われていてやる事がないので、毎回俺だけ一人で木剣を振る羽目になっているが。


 唯一問題があるとすれば、プライベート空間がないことくらいだろうか。

 ただでさえこう、女子たちの振る舞いも段々無防備になって色々と見えちゃいけない部分がチラリと覗くようになっているというのに、周りには常に人がいるのでメアともすっかりご無沙汰になっていた。

 正直さっき全裸を見たのもかなりやばい。

 当然メアも俺の我慢が限界を超えていることに気付いていて、ここのところ御者台で一緒になると、それはもう思い切りニヤニヤしながら俺の身体を焦らすようにまさぐってくる。

 悶々としている俺を見るのが楽しいらしい。

 というか、「いっぱい我慢させた後、獣のようになった鷗外さんに襲われたいです」と面と向かって言われたので、俺の方も期待に応えるべく日々必死に耐えている。


 そんな風に移動と休憩を繰り返しながら森を進むこと、更に一週間。

 

「見えてきました……あれが、大陸でも有数の商業都市【ノルミナ】です!」


 森を抜けた俺たちの目に飛び込んできたのは、想像を絶するほどに巨大な都市だった。

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