第03話 待望の遭遇
魔王は夢・幻でも見ているのではないかと思い、何度もその目を瞬かせ、手でこすり、再びこちらに向かって来る陰を確認する。
人だ!! 間違いなく人である!!! この星に生きている人がいたのだ!!!
この一万二千年もの間、深い海の底に沈んでいた心は、水底から水面に湧き上がる泡の様に泡立ってくる!!!
これは希望!! 喜び!!!
魔王は自身が人族と敵対していた魔族の長、魔王である事を忘れて、まるで深い森の奥で遭難したものが、救助しに来たものを見付けた時の様に、喜びにと希望に満ちた顔で、声を上げ、大きく手を振る。
「おーい!!! ここだ!!! ここにいるぞ!!!」
魔王は一万二千年ぶりの他人の姿に、湧き上がる感情に思わず泣き出しそうになる。一万二千年という年月はそれ程までに魔王に人恋しさを感じさせていたのだ。
人影はどんどん魔王に向かって近づいてくる。それも人族では考えられない物凄い速さで飛翔してだ。
魔王は手を振りながら目を凝らして人影の姿を確認する。
人間にしては珍しい淡い赤…いや桜色と言った方が良いだろうか… 桜色の長髪で、その手足から察するに小柄な少女の体をしているが、重厚な鎧を纏っている… そしてその青い瞳で魔王を見定め、手には大剣を構えていた…
誰かは分からないが、人族としてその整った顔立ちは王族かも知れない… 今まで魔法か何かで眠っていたのだろうか… ともあれ、魔王以外でこの星に残る生命体である。
言葉を離せる距離になれば、まず何から話そうか… この星に生命の痕跡が消えて一万二千年経った事を伝える? いや、今更そんな事を話して何になるのか… これから二人で話さなくてはならない事は、再びこの星に生命を芽生えさせることだ。
もしかすれば、彼女は魔王の知らない生命の創造や復活を知っているかもしれない。
もうすぐ直接言葉を交わせる距離になる。魔王は浮ついた心で、期待と希望に胸を膨らませながら手を振り続ける。
「おーい!! おーっ!!」
キィィィーーーン!!!
手を振っていた魔王の脇を人影がまるで光の矢のように突き抜ける。それと共に、魔王が無意識に張っていた防御結界が突破され、振っていた腕に痛みが走る!!
「えっ!?」
魔王は一瞬、自分の身に何が起きたのか分からなかった。痛みを覚える腕を降ろし確認してみると、腕の一部が切り裂かれており、防御結界が再展開される。
「は?」
もしかして…攻撃された!?
魔王は慌てて、自身の脇を突き抜けていった人影を振り返る。するとその人影は、大きくUターンをしながら再び大剣を構え直し、魔王を目掛けて突進してくる。
わっ! 私を狙っているのか!?
突進してくる人影に、混乱する魔王は咄嗟に身を屈める。すると光の矢の様に魔王を通り過ぎる人影の大剣が、身を屈める前の魔王の首があった所を切り裂き、再び防御結界がジジジと音を立て両断される。
ここにきて魔王はようやく思い出す。人族が魔族を滅ぼし、そして魔王自ら人族を根絶やしにした敵対関係であったことを…
魔王からすれば、それは一万二千年前の話であり、共に根絶やしにするほど争った関係であったが、今では悔い改めて反省し、もはや敵対する意思も意義もない状態である。
だが、人族からすれば、そんな魔王の意図や意思など分かるはずもなく、一万二千年経とうが人族を滅ぼした敵でしかないのだ。
人族はまだ、私を敵だと思っている!!!
魔王は再び人影に振り返る。人影は先程と違って大きなUターンをせずに、魔王の城を破壊した後に残ったクレーターの淵を蹴り、先程よりも短い時間で切り返してくる!
人影がクレーターの淵を蹴り、魔王に切りかかってくる僅かな時間で、魔王は考える。
私は長きに渡る間、人族と戦い、人族も魔族も…そしてこの星に生きる全ての者が死に絶えた事を後悔し続けてきた。そして、その中で互いに争わず、共に生きる道は無いのかとずっと考えてきた…
これは一万二千年ぶりにようやく訪れた再びやり直すチャンスなのである!!
こんな機会は二度と訪れないであろう!!
もう二度と間違える事や失敗することは許されない!
魔王はそう自分に言い聞かせると、全身全霊を込めて人影に相対する。
「待て!!! 話し合おう!!!」
魔王はあらん限りの声量で人影に声を掛ける。だが、人影は躊躇う事無く、魔王に剣戟を繰り出す!!!
ガキィィィィーーンッ!!!
甲高い金属音が鳴り響く。
魔王は全神経と全魔力を手に集中させて、人影の剣戟を受け止めていた。
「私の話を聞いてくれっ!!!」
魔王は祈るような気持ちで人影に懇願の声を掛ける。だが、人影は魔王の手からスルリと大剣を引き抜き、そしてくるりと身をひるがえして、再び剣戟を繰り出してくる。
「聞いてくれ!! お願いだっ! 私の話を聞いてくれ!!!」
魔王は人影の剣戟を受け流しながら必死に話しかける。しかし、人影は魔王の言葉など一切聞こえない素振りで鋭い剣戟を幾度となく繰り出してくる。
もしかして…人族の一般共通語が通じてないのか?
そう考えた魔王は、一万二千年もの間、一度も使う事が無かった人族の方言や他言語を必死に思い出す。
「ウィリーヤ…ダバクッ!」
人影は反応を示さない。
「ダルバイア ガッジリーダ!」
「エク・トリ・ア モスタ・ルイーッ!」
「ンダア・ボルザルゥ… アイ・ヌイ・ングナ!」
魔王は思い出せる限りの言葉で人影に話しかける。だが人影は魔王の呼びかけを意にすることなく、その桜色の長い髪をまるでそれ自体が生き物の様にたなびかせて剣戟を繰り出す。
他に無いのかっ! 私の意思を伝える方法はっ!!
その時、魔王は人族の少数民族で、ボディーランゲージを使って会話をする者たちの事を思い出す。
私がこれだけ話しかけても、彼女が応じるどころか、気合の声も発しないのは、キット声を発することが出来ないその少数民族に違いない!! ならばっ!!
魔王は咄嗟に人影から距離をとり、一万二千年も前の記憶をたどり、少数民族が使っていたボディーランゲージで話しかけようとする。
確か…話し合おうは… 先ずは抜き手を天に掲げて…それを振り下ろす!
魔王がその動作を行った時、魔王の振り下ろした抜き手が、魔王に剣を振るってきた人影の腕に当たってしまう。
「あっ!!」
魔王が小さく声を漏らした瞬間、人影の左腕が切り落とされ宙を舞う。
その光景に、魔王は血の気がザっと引いていくのを感じた。
やってしまった!! 必死に話しかけようよ思わず力んで振り落とした抜き手が…彼女の腕を切り落としてしまったっ!!
二度と命を殺めないと心に誓っていた魔王は、ようやく一万二千年ぶりに現れた生命を傷つけてしまったと、後悔に襲われる。
だが、人影は、はっとした顔で切り落とされた左腕を見ると、すぐさま剣をシュッと何処かに納め、宙を舞う左腕をパッと掴む。
そして、くるりと反転し、魔王に背を向けると、まるで稲妻のような速さでこの場を飛び去って行った。
「なっ!?」
あまりにも突然の状況に魔王は困惑する。そして、ボディーランゲージをする途中であった腕をだらりと垂らす。
当たりはいつもと変わらぬ黄砂が舞い全てが黄色で覆われた景色…
私は夢でも見ていたのであろうか…
そんな事を思いながら、視線を降ろすと、一本の桜色の髪の毛が落ちていた。
「夢ではなかった… 確かに、彼女はいたのだ…」
魔王は小さく呟きながら、彼女がいた証拠である髪の毛を拾い上げたのであった。
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