ひとりぼっちの魔王と分からず屋の勇者

にわとりぶらま

第01話 プロローグ

 玉座に座る巨躯の魔王がその玉座の肘掛けを握り締める程の凄まじい揺れが、魔王の城全体を襲い、誰かが腹の中で太鼓を鳴らすような腹まで響く轟音が鳴り響く。



「一体何だっ! 何が起きたのだ!!!」



 ガラガラと天井より落下してくる石材をその身体に浴びながら、魔王は突然の事態に声を漏らす。


 そこへ幹部の一人が慌てふためいて玉座の間に、転がり込んでくる。


「魔っ! 魔王様っ! 大変ですっ! 大変でございます!!」


「何事が起きたのだっ!!」


「外っ! とりあえず外をご覧くださいますかっ!!」


 普段、長い言い回しが多い幹部が、最低限度の説明をせずにそんな事を言ってくる。恐らく、この地震に関係する事だと思うが、予想以上に被害が出ているのであろう。


 地響きは続いているが、揺れは少し収まってきたのだ、外に促す幹部に引き続いて魔王は玉座の間から外へと出る。



「なんだっ! あれはっ!!!」


 

 その目に飛び込んできた光景に魔王は驚愕の声を上げる。そこにはまるで天に届くほど巨大なキノコの様な雲が魔王たちに覆いかぶさる様に立ち上がっていた。



「魔王様… 人族の領地から巨大な槍の様な物が飛翔してきまして…落下したかと思ったらあのように…」


 ゴゴゴと響く地響きに四方八方から湧き上がる民たちの悲鳴の中、普段は出さない大きな声で幹部が説明する。


「これを…人族の連中が… 我ら魔族の領地に打ち込んで来たというのか!?」


 魔王が沸き立つキノコ雲を見上げながらそう言葉を漏らすと、キノコ雲の脇の空に煌めく物体が見える。


「魔王様っ!! アレです!!! アレでございます!! アレが人族の領地から飛翔してきた巨大な槍でございますっ!!!」


「アレが…天に届く巨大なきのこ雲をもたらす、人類の槍… 一つだけでは物足りず、あれだけの数をっ!!!」


 最初に輝いて見えた槍に続いて、後に続く何本もの槍が見える。


 最初の一撃を生き延びた魔族の民たちも、再び飛翔してくる槍を見て恐慌状態に陥り、この安全と思われる魔王の城に我先にと雪崩の様に押し寄せてくるのが見えた。


「魔王様! 民たちが! 民たちが押し寄せてきますっ!!」


 城門を見下ろす幹部が叫ぶ。


「開けてやれ!!! この城があの槍にどこまで耐えるか分らぬが、生身で表におるよりかはマシであろう!!!」


「分かりました…魔王様… 一人でも多くの民を城内で保護します…」


 覚悟を決めた幹部が翼を広げて城門の方へと飛び立つ。


「しかし…どれだけの為を城内で保護することが出来るのか… そもそもこの城はあの槍の攻撃に耐える事ができるのか?」


 魔王は憤りに奥歯をギリリと響かせながら、正門へと続く堀の渡櫓橋を渡る民たちを見つめる。


 すると雪崩の様に押し寄せる民の数に橋の太さが足りずに、ポロポロと橋から零れ落ちるものが出始め、遂には大雨で決壊する堤防の様に、一気に押し出された民たちが落ち始める。そして、その中には赤子を抱える母親の姿もあった。


「マズい!! 赤子を抱えた女まで!!!」


 魔王は咄嗟にその赤子を抱える母親の元へ飛翔するが、母親は魔王の姿を見ると、魔王に赤子を投げて渡す。


「魔王様っ!! 私の娘をお願いします!!!」


 母親はそう言い残すと城の掘りに落ちていき、その上から雪崩となった民が降り注ぐ。そして、堀には次々と民が落ちていったことにより、赤く染まり始める。


 魔王は胸元に赤子を抱えながら呆然と赤く染まっていく堀を見つめる。


「すまぬ…すまぬ… 名も知らぬ民よ… だが、お前が最後に託したこの赤子は我が受け取った… この赤子だけは魔王の名にかけて守り抜いてやる…」


 魔王はそう呟くと、身をひるがえし、玉座の間に戻る。すると、城に逃げ込んできた民たちが既に玉座の間にまで、溢れかえっており、皆、不安と恐怖の顔を浮かべ、皆身を寄せ合ってガタガタと震えていた。


「聞けぇ!!! 皆の者!!! この城に避難する民たちはまだまだおる! だから、出来るだけ身を寄せ合って場所を作ってやるのだ! 後、魔法の使えるものは城の防御に協力するのだ!」


 魔王は民に指示を飛ばすが、殆どの物は震えるばかりで、動こうとはしない。皆、最初の攻撃で骨の髄まで恐怖を植え付けられているのだ。


「くっ!! 何も力の無い普通の民… もはや天に祈るしかないようだな…」


魔王も玉座に座り、その巨躯で託された赤子を包み込むように抱きかかえる。


 次の瞬間、視界の全てが凶暴なまでの閃光に覆われる。それと共に凄まじく暴力的な轟音が鳴り響く。しかし視界を覆う閃光も鼓膜を破壊する轟音もすぐに無意味になる。視覚も聴覚もあまりにも暴力的で過負荷な情報量に耐え切れず、焼き切れてしまったのだ。


 しかも焼き切れた感覚は視覚とだけではなく、一瞬、灼熱した鉄にでも触れたようなヒリっとした温度感覚や、巨大で重圧な壁に挟まれたような触覚など… 外界を感じる全ての感覚が一瞬…いや刹那の間に過負荷により焼き切れてしまう。


 そこから、まるで手足を奪われ、まるで脳だけの存在になったような時間が始まる。


 魔王は手足を動かそうとするが、手足の感覚が無い…



(感じない…何も感じない… もしかして私はあの槍の爆発で死んでしまったのか…)



(民は…民はどうなったのであろう… そして、託された赤子は… たとえ私の身体が朽ち果てたとしても、あの赤子さえ生き残れば…)



 そのように魔王が自分の死を受け入れ始めていると、死んだと思っていた自身の身体の感覚が微かであるが、微睡から徐々に意識が戻るかのように目覚め始める。



(感覚が… 私は… 私は… 生きているのか…?)


 

 自分の体があるという体感覚、周りの温度や風の流れも感じ始める。そして、最後に霞みながらも視覚が回復し始め、最初はぼやけた世界が次第に明瞭になる。



「!!!!」



 魔王の目に映るもの… それは城の玉座の間ではなく、砂塵が舞う景色… 魔王のいた城もそして避難していた為の姿などどこにもなかった。


 凄まじい爆発に立ち昇る粉塵が静まっていくと、城のあった場所、いや、魔族の町があった場所にはその面影は微塵もなく、ただ巨大なクレーターがあるだけ…


 呆然としていた魔王はふと赤子の事を思い出し、自分の腕の中を見る。


 そこにはピクリとも産声を上げる事のない、ただの炭化した塊… その塊も魔王が確認する為腕を開いた事で、塵と化して崩れていく…



「クッ……」



 魔王は微かに残った赤子だった物を握り締める。だが、そんな僅かな形跡すら、手の指の間を塵となってすり抜けていく。



「許せん… 許されん… こんな事…」



 魔王は手のひらにはもう何も残っていないのに、拳を握り締め怒りに肩を震わせる。



「一つの種族を…民族を根絶やしにするなど…許されるものかぁぁ!!!!」


 

 魔王は天を仰ぎ雄叫びを上げる。



「我が一族が根絶やしにされたように、人族!! お前たちも根絶やしにしてやるぅぅ!!! 一匹…一匹残らず殺しつくしてくれるわ!!!!」



 魔王は怨嗟の思いを天に轟かせると、人族の領地に向けて飛び出した。



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