道具屋『軌跡のカケラ』

河童

第1話はじめてのお客様は勇者の卵

 こちらは公式シナリオのリプレイです。ネタバレ踏みたく無い!と言う方はプレイしてから読んでください。リンクはあらすじの方にあります。






 一人、店のカウンターの奥に腰を落ち着け読書に励んでいた時であった。からんころん、とドアのベルが音を立てる。

 そちらに目をやれば一人の少女がひょこりとその先から現れ、まだまだ空きスペースばかりで寂しい商品棚を物色し始めた。

 この狭苦しい店で店員に声も掛けぬとは肝の座った奴だ。

 ふと、その姿が記憶の何処かに引っかかり首を捻る。

 初めて見るはずなのだが…としばらく思考を漂わせていたが酒場で耳にした噂を思い出す。新米の勇者がこの街に来た、というものだ。

 小柄でスマート、青い瞳、元気そうな笑顔を絶やさぬ童顔、焼きたてのパンを思わせるこがねいろの長髪を後ろで縛っているが飾り気は無い。しかしあちこちに細かな傷があり確かに戦いに身を置く者であると察せられる。そういった上げられていた容姿の特徴にピッタリ合っているのだ。

 既視感に納得のいく理由を見出せ一人満足し、頷く。

 そして、ひとつ声を掛けてみるかと未だ手にしていた本をカウンターに置く。するとその音に反応し『新米勇者』がこちらを向く。

「いらっしゃい、何をお求めかな?まあ、まだまだ品揃えは良くないがね。」

「わわ、挨拶も無くごめんなさい!店員さんがいるのに気がつきませんでした!」

 おっと、肝が据わっているのではなく気づいていなかっただけか。と、積み上げられた木箱のせいで入り口からだとこちらが見づらいことに気がつく。

「あー…いや、そういうことならこちらが悪い。まだ引っ越したばかりで空き箱も片付けられて無くてね。」

「なるほど、そうだったのですね!あ、えっと、用件ですよね。魔王を倒す旅を始めたばかりで、役に立つものはないかと探しに来ました!」

 と、結ばれた後ろ髪をぴょこぴょこと跳ねさせながら言う。

 魔王を倒す旅、というと噂の『新米勇者』で正しいらしい。これは自分の『生きがい』のためにも縁を持って置きたいが、あまりがっつくと避けられかねんよなと思いつつ商店らしく商品のアピールをすることにする。

「ふむ、そうなるとそこの『薬草』なんてどうだい?戦いに身を置くならば傷を癒す手段はいくらでも用意しておいた方が良いだろう。君は細かい傷も多い。傷つきやすい前衛で、それなりに攻撃を食う場面も多いと見た。」

「確かに回復手段は重要ですね、魔王を倒すためには生きて戦い続けなきゃいけませんもんね!」

「ほほう、立派なことを言うじゃないか。君なら魔王、というのとも戦える戦士になりそうだ。」

「なりそう、でなくって“なる”んですよ!それから戦える、だけでなく“倒せる”ようにならなくちゃいけません!」

 凄く“良い”発言をする子だ、これはなんとしてもまたここを訪ねてくれる約束を取り付けねば。と考えていると、トタトタと足音が店の奥、生活空間として利用している屋根裏部屋へ繋がる階段梯子のほうから響いてくる。

 何事かと『新米勇者』と一緒になって顔を向ければかなりの速度で駆け降りてくる影が二つ。

 呆気に取られている間にそのうち一方、先行している方が『新米勇者』と店員の間にあるカウンターを駆け抜け上がり飛び降り。

「わ!」

「ぬお?!ネズミ?!」

 それはネズミであった。あっという間に売り場へと抜けていく。

「ちっ!待たぬか!」

 さらに声が響く。その声は『新米勇者』でも店員でもなく、当然ネズミでもない。ネズミを追いかけてカウンターに乗り上げて来た第三者、白黒の猫のものであった。

「猫ちゃん?!」

 今回驚き声を上げたのは『新米勇者』のみであった。

「何やってんだよ、モノクロ…」

「む、客か。少し待っておれ。」

 店員のかけた声は無視し、『新米勇者』にのみ声をかけ、またすぐカウンターからネズミに向かって飛びかかる。ただでさえ狭い売り場に、空き箱が積み重なっているのだ。逃げ場はほとんど無くあっという間にモノクロと呼ばれた猫はネズミを制圧する。

「騒がせたな、まさか客が来ているとは思わなんだ。」

 空き箱の上で、捕らえたネズミを弄びながら尊大な態度でモノクロは言い放つ。

「ここは店だぞ、客がいる可能性くらい考えろよ。」

「こんな狭苦しいうえ、片付けすら済んでおらぬ店に客が来ると思えるような能天気な頭はしておらぬ。」

「え、えーと…飼い猫ちゃん、なのですか?」

 その、あんまりな物言いに店員はため息一つ程度の反応しかしなかったが『新米勇者』は戸惑いながら声を上げる。

「飼い猫、というより相棒、かね?」

「はん、いつもこの猫の手を一方的に煩わせておいて良く相棒などと言える。」

『新米勇者』はくすり、と笑みを溢し

「仲、よろしいのですね。」

 と言う。

 モノクロはその言葉には反応せず、まるで興味を失ったかのようにネズミをペチペチと叩いて遊び始める。『新米勇者』は笑みを困った表情に変える。

「あー、なんだ。照れ隠しのようなもんだ。あんまり気にするな。嫌われたわけではない。」

 ぺちぺちぺち。心なしかネズミを叩くペースが上がったように感じる。

『新米勇者』は

「あ、そうだ。喋る猫、となるともしかして『魔女』さんでしたか?」

「ん、あぁ。言っていなかったね。」

「『魔女』さんの営むお店だったら縁起も良さそうですね!あ、そうだ。さっきので話が途切れちゃいましたが薬草、買わせていただきます!」

 商品棚から薬草を一つ手に取り、カウンターへとお代を載せる『新米勇者』。

「ありがとう、ではまたここで買い物をしてくれるかい?その時までに品揃えは良くしておこう。」

 カウンターに置かれた硬貨を数えながら店員、改めて『魔女』は笑みを向ける。

「はい!モノクロちゃんも可愛いですし是非!」

「是非、その時は君の冒険を聞かせていただきたいな。」

 硬貨を数え終わる。

「ほい、ちょうど頂きました。毎度あり。」

「わかりました!とびっきりの冒険をして来ますよ!」

「待っているよ。では、君の軌跡に幸多からんことを。」

 『新米勇者』は元気にお礼を言いながら店から出て行く。購入した薬草を持って。


 ちなみに後日、約束通り『新米勇者』はこの店を訪れ冒険を語って聞かせた。薬の原材料になるキノコを取りにモンスターの出る森に行ったそうな。そこで多数のモンスターと戦うはめになり、多くの傷を負ったのだが買っておいた薬草のおかげでなんとか持ち堪えられたと笑顔でお礼を言った。

 なお、その話の中で『魔女』は『新米勇者』について色々と知ったがそれはまた別の機会に。




 これは、『魔女』カズと『白黒猫』モノクロの営む道具屋『軌跡のカケラ』のお話。

 最近のお客は『新米勇者』。これから、どんな軌跡を刻んで行くのだろうか。




「さて、モノクロ。アレは何?モノクロが屋根裏部屋でネズミを取りきれないことなんてある?わざとじゃないの?」

「ふん、そのおかげで話題が出来たろう。それでまた来る約束も取り付けられた。『新米勇者』とかいうの、カズの好みど真ん中であろう?」

「うーわっ、そこまで計算ずく?こっわ…。まあでも、あんがと。」

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