——2

 プレゼント交換をしよう——? 誰かが発案したことでプールの後、午後はみんなバラバラで行動することになった。


「あれ以来緋花と連絡がつかない……ッ! 抜けた——⁉︎ 抜けたか‼︎⁉︎ ——」

「スイくん、恋愛の仕方誰かに教えて貰えたらよかったのにね。能力で好感度が最大になっててもフラれるのって、逆に難しくない? 破滅する様が見物」


 ルームサービスのケーキをカットしたナイフを手に、心臓にとても悪い雛蜂の声マネ(※上手かった)を澪がキメた。


「——……何で能力が効いてないんだッ⁉︎」


 ※緋花ではなく、俺に。緋花は今、俺と同じ能力を持っていて、その干渉は確かに感じられるが、しかし……結果として、俺は緋花を避けている。


 ——


 ——この時、俺は焦っていた。そうでなければ、あんな判断はしなかっただろう。



「ふっふっふーっ、お困りのようですね!」

「⁉︎ ——おまえパンツ見えてるぞ! 気をつけろ⁉︎」



 いつからいたのか、俺の背後から突然莉玖が顔を出した。黒魔女っぽいフードを目深に被った莉玖はポーズを取りつつ、パーカーの裾とお尻の間で折れて挟まれたスカートを直した。


「〜〜——コミュニケーションのことで、お困りのようですね! 彗星。それならあたしの出番です」

「おまえが……?」


 嘘ッだろ、おまえ⁉︎ ……笑わせてくるなよッ。

 一瞬、全員絶句した。

 ※澪すらマジ聞きしたそうな表情をしていて、エッチな格好でベッドに寝転んで虚無になっていた墨華もこっちを見たほどだった(※雛蜂は既に出かけている)。


「何を隠そうあたしはっ、コミュニケーションに困るプロです☆」


 ああ、と俺たち全員が思った(多分)。


「……⁉︎」

「聞きたくても聞けないことが世の中にはあります。『もしかして、あたし嫌われてますかっ……?』、そんな時の苦しみを分かちあうのが陰の者の輪。辿りつけない真実を、知りたいあなたに——これです」


 すると俺のスマホが鳴って、ギフトが通知された。

 これは……?


「 ——〈プレ・ラプラスプライヤー〉?」

「聞いたことないわ」


 それっぽい名前だが、オカルトマニアの澪が知らない? 一瞬、莉玖がぎくっとしたような表情をした気がした。

 ラプラス……?


「何だこれは……?」

「拡張スキルですよ。このスキル——〈プレプラ〉を使うと、見た相手の心の中を見られるのです。ダンジョン攻略システムの未来予測を簡易に再現したものだそうです」


 それでラプラス——この世の過去現在未来の全てを知っているという悪魔の名前が出てくるのか。

 莉玖はさらに言った。


「具体的には、数値化された相手からの好感度と、今何してほしいかがわかります。ダンジョン攻略者なら誰でも使えます。非正規で、スキルメニューには登録されていません。裏で流通しているものです」

「……噛まないなッ——?」


 ——


「必死に暗記した英文を、順番に読み上げる中学生みたいだッ。もっと言うなら全体的に、こう練習したスピーチのようだが?」

「そんなこと言わないで使ってみてください。仕込みに時間がかかっ、じゃなくてあたしがこのグループに馴染めたのは——〈プレプラ〉のおかげなんです! これであたしを見てください、さあ! ……っ、どうなるか早く見たくてっ。ぅぁぁ⁉︎ つい言っちゃっ、〜〜っ⁉︎」

「おまえ自分では試してないな‼︎⁉︎」


 じゃあ、と話の途中で澪と墨華は部屋を出ていき——俺は、心の中が見られるとしても。声を詰まらせて莉玖も出ていった。自分のを見たい気分だった。

 本当に俺には能力が効いているのか? これは攻略に関わる問題だ。俺が緋花を避けてしまうなら関係ないが、肝心な時にその逆が起これば——


 ——


「!」


 逆? ——待て。正確には、緋花が持っているのは俺と同じ能力……ということは俺の能力は今までずっと、緋花にだけは、こういう形で効いていたとも考えられる。

 つまり俺の持っている能力ではなく、受けていた効果を再現した——〈同じ能力〉なら、俺ではなく緋花の方が、俺を好きになる気持ちを抑えていて——?


「違うか。——」


 能力が効いてないなら緋花が——〈彗星の騎士団〉にいる理由がない。するとその時スマホが鳴った。ワンコールだけ着信音が響いて、しかしすぐに切れると今度は背後で、部屋の扉が音を立てた。


「——⁉︎ はッ——‼︎‼︎⁉︎」


 ◇


「えっ——〈プレプラ〉ですか?」


 お土産を買いながら聞かれた美海原莉玖は、かっと顔を赤くして答えた。


「……あれはっ、その? あれは、あたしがつくった奴です。実際の機能はない偽アプリです。だってっ——」


 恋人っぽいことしたくて。


 ————


 ——


「かまってほしかったんですっ……バレても多分、クビにはならなそうですし……。勝手に能力をブーストしちゃった時もセーフでしたからっ」


 ※好感度MAX——

 デレ方は人それぞれです。


 ◇


 ——その音を、俺は扉が開いたのかと思った。だが違った。押さえていた扉を離した手が俺を捉え、視界下端に禍々しい枝分かれした凶刃短剣、このレベル帯で最適解であり、俺も愛用する武器が閃く。

 着信を鳴らして注意を向けさせた。それで密着された——⁇ 息ができなくなり、身体と身体のふれあったところからドクドクと血管の鼓動を感じた。


「緋花か⁉︎ 手口がガチ過ぎないか‼︎⁉︎ 暗殺者としてっ」

「〜〜ッッッ‼︎‼︎ なにが⁉︎ ねえ⁉︎ バカにしてるでしょ、ねえ! なにがタイトルコールよ‼︎‼︎ どうして催眠に抵抗するのそんなにあたしのこと嫌い⁉︎ ——ッ、ムカついてるだけなんだからあ‼︎」

「違う! ッ——」


 首筋に刃の這う感触がした。思わず身を引こうとすると背後にいた緋花が、スマホを持ったままだった俺の手首を掴んだ。動くなと言っているのがわかった——いや死んで堪るか! 物の弾みで片がつく体勢、こんなバカなことでッ。

 何か言わないといけなかった。

 緋花を怒らせてしまったのは疑いようもないが、それでこの行動に出たのなら……それなら、こっちはどうする⁉︎


「——プールに来てくれなかったからっ⁉︎」


 落ちつけ! 否——自分でも驚くほど俺は冷静だった。確固たる事実が一つあった。今この場で、狂っているのは俺じゃない。ちょっと煽っただけで殺られる方がおかしいだろ‼︎ という話で。


「買い間違えたなんて言って水着を見せてくれないから、……。何でそんなに怒っているんだ?」

「〜〜っっあ、ああそう‼︎⁉︎ そうよね⁉︎ だと思ったわよ! ——」

「絶対に思っていなかったはずだが⁉︎」


 気にするなよ、大したことじゃないだろ? ——と、その方向で俺は話を進めようとした。

 だが、緋花がノリに任せて押しきったみたいな言い方で、一息に言った。



「じゃあデートしましょう! いいわよっ。水着が見たけりゃ見せてあげるわよ……ぅぅ」



 その時……言われたことを理解するのに俺は相当時間がかかった。というか、理解できなかった。頭の中が急速に真っ白になっていった。


「俺と……?」


 デート——? 能力に、思考が置き去りにされた。その加速感が自分のどんな感情から来ているのかわからなかったが、少なくとも緋花の禍刃が皮膚に食い込んできているのは確かだった。急所判定の攻撃が成立するまで、紙一重——刃が離れる。


「あたしはいそがしいの! プライベートの時間がすごくすっごく少ないの‼︎ その間をぬって来てあげてるんだからっ。ありがたいと思って、じゃなくてっ。〜〜っ、一回くらいあたしと遊びなさい‼︎ よ! ね、絶対楽しいんだから……水着着て来てるからっ」

「え?」


 ……水着着て来てる? 突然解放されて振り返ると、恥ずかしそうな顔をして——薄く血のついた禍刃が光のパーティクルとなって消える。


「——え?」


 ——そこには。なんというか。

 上半身裸で、ハイライズのショーツだけを身につけた緋花がふわふわと拠り所を探すようにして立っていた。両目を半分閉じるようにして顔を真っ赤にしている。

 視線が触れて刺激されたかのように、真っ白な乳首がツンとしつつ、ぷっくりと膨らんでくる。



「買う時はビキニだと思ったの何も言わないでくれる⁉︎ 言っとくけど海外ではこれが普通なの! パンツの柄と、ほら形もかわいいでしょ‼︎⁉︎ 上がついてないやつを海の向こうではみんな着てるの! だからっ——だから守ってよね⁉︎ ……こんな格好見られたらっ、終わり」



 ! ——俺は急速に現実に立ち返った。どうする? どうすればいい。世界とは突き詰めればそれしかない。そして、その瞬間、閃きの火種がスパークした。


 ——『見た相手の心の中を見られるのです。数値化された好感度と、今何してほしいかがわかります』


「……」

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