第七十九層攻略戦——1/2

「——おまえ、強ェよ⁉︎ 世の中の超えてはいけないラインってのは、目指す目標じゃねえんだぞ⁉︎」


 回廊の地面を凄まじく退き、壁に俺は手をついた。……⁉︎ 一瞬焦った。焦るのが普通だろう。だが目の前でスカートを咥え、両手を後ろにいじらしくしているのは加遼澪で、澪はいつもこうなので。


 ——


 ——いつもの感じに戻っただけ(※ややエグみがあったが)。来てくれたのなら……早くボス部屋を探そう。マッピングを完了してしまえば、この層の攻略はどうにかなる。俺たちは昨日引き返した、二〇度ほど地面が傾いた主回廊にきた。その先地面は九〇度以上歪んで、元の地面から垂直に突き立っている。


「——っ」

「!」


 何だ。するとしかし、朧げだがわかる風音が垂直の回廊——頭上から聞こえた。刃が風切り、風衝が壁で弾ける。

 ⁉︎ 嘘だッ、と思った瞬間澪が驚いたように目を丸くした。


「壁が……⁉︎」


 天地が逆転。地面を踏めず猛烈な力に掴まれ、横から壁に投げ飛ばされる。

 澪……ッ⁉︎

 空中に投げ出されると、体が風音のした方向へ落下し輝く地面を見た。

 ほどなく俺は気がついた。地面にあった重力がその瞬間になくなって、一気に壁が迫った(そして衝突せず、すぐに止まった)のはシリンダー状に通路全体が回ったから?

 先程鳴った風衝をそして、俺は全身でまともに食らった。

 空中を落下しながら元は地面だった逆側の壁に激突。この回廊は——何らかの周期によって、回廊全体が一定時間ごとに回転し構造を変化する? 何かいる!


「⁉︎ ——」


 ——落下制御スキルを発動。そこにいて、風衝を叩きつけてきた超高速の何かと空中ですれ違いながら。スマホを操作し、呼び出した剣に激烈で受け止めきれない反動を感じた。

 対象を変更。

 ワンピースのスカートから落下風が入って、朝からずっとはいてないしほとんど胸の巨乳まで露わになっている豹耳に。


 ——


 衝撃で一瞬気絶した俺が目を覚ますと、周囲は浅い水辺だった。

 待て。一瞬……? 回廊から行きついたのは深淵を思わせる場所だった。落下中に地面が輝いて見えた気がした。それは水のせいだったらしいが、実際には俺はどれだけ意識を失っていた⁉︎


「何が——⁉︎」


 遠い風衝。足元の水面が細波立ち、電網の目を縫うようにして黒と深紅の軌跡が縦横に疾る。俺が我を疑ったのは、上空で連続して鳴る戦轟を耳にしたからだった——短剣を投擲し加勢する。

 空にいたのは、羽毛の密集と隻腕……猛禽類か⁉︎ 魔法円から斥力を放ち、翼で風壁を切り裂いて、吹き抜けとなった柱回廊を無尽に残像を残すほどの移動速度で駆けるそれは、跳ねて散る羽根一枚さえ五〇センチ余り。


「——起きた⁉︎ 起きたわねっ……〜っ、ねえ⁉︎ あんたの能力だけど、一体どうなってるの‼︎」


 白く、銀色の細い軌跡が空間を蜘蛛の巣めいて巡るや緋花が俺の隣に一旦着地し、散ッ! 得物の短剣を一振りすると、白い軌跡を滴るように血潮が伝い、一瞬でその色へ染まり発火する。だがっ——


「——⁉︎」

「誰にも全く、全然効かないんだけど⁉︎‼︎」


 ……! わからされた気分だった。ぐっと間近に、いるだけで皆を惹きつけてしまうような美少女がいる。顔を寄せてくると、揺れた緋色の髪の先がふれて、心臓が高鳴って二度と止まらなくなった——その能力。

 自分の中で恋愛対象になる全ての女子(=異性)がデレデレになる、前回得た俺と同じ能力によって。

 軌跡に伝染する血が発火し爆衝。猛禽は炎に撒かれながら爆風へ柱を掴んで抗し、風勢止むと琴声、歌かと紛う叫び声で両翼をかかげ、炭化した羽根屑を振り落とした。


 今は……ッ、スキルログを見る。——〈壊領全殺のクローズドサークル〉、残り四十二秒。


 一秒。


 〇S——三九秒。


 展開しているのは墨華の(※何気に個人の戦闘力が高く、うちでは雛蜂の次点だ)、一定の間敵味方を離れられなくするスキル。当人は遥か上空から、爆殺に合わせて射撃を撃ち込んだのが先程見えた。

 周囲、地上の俺の近くには……人間の操るサイズでは到底ない無骨な剣が、柄に鳥爪の絡まった状態で突き立っている。今の状況は——俺が落ちたフロアがボス部屋で、出現フラグが立ったから。


 そう。自分は回廊から落ちてきたはず、と思ったところで立て札が近くにあるのを見つけた。いや、そんなものはいい——と思ったのが大間違いだった。鳥の剣足を切り落としたらしい雛蜂が水辺でダウンしている。


「ふぇ⁉︎ ——あんたには効いてるの‼︎⁉︎ そ、そうっ」


 ※恋愛対象になる異性だけを、自動的に対象に取る広域催眠。認めたくなくて考えないようにしていたが、俺の能力は性癖チェッカーでもある(だから遥か年下の澪に——というか、きっかけはビーチの女の子だが、効いていたとわかった時死を感じた)。

 それが誰にも全く効かない⁉︎

 俺は! 俺が落ちたところは水溜まりだった。湖というほどではない泉から一帯に水が湧いていて、


「っっ〜〜——目を見て何とか言いなさいよ⁉︎ 好きって言った! いっ、言ったでしょ! あたしがあんたを好きだからっ。緋花ちゃん、なーんて一途なのかしらっ⁉︎ あっ。わっ、わかった⁉︎ あたしはいっっつもそのドッキドキ状態だったんだからね‼︎⁉︎」

「能力の効きで陰の方に行ったおまえと、幼馴染が墨華で妹がガブリエルの俺を一緒にするなッ! そこ何て書いてあるよ‼︎⁉︎」



 ——〈真実の泉〉。



 立て札には悪ふざけかと思う文言が、女の子のような文字で手書きされていた。


「——『この泉に浸かったプレイヤーの得ている、全ての効果を解除する。リキャスト1T』」


 読み上げると……再び四方の壁が回った。回廊が回転する。揺れた。その立て札は、つまり1T=このフロアへ初回進入時に発動し、ここへ落ちてきた人間にかかっている効果を解除する。バフをかけてボス部屋に突入したら引っかかる初見殺し。

 ……噂だがッ、ダンジョンの雑魚敵が落とす経験値は、攻略失敗してレベルが半分になった時のペナルティで賄われているという話があり、しかし。



「あいつッ‼︎ どこ‼︎ 行った‼︎⁉︎ ——」

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