——3
「そっ、ぉおおぉおお〜〜っ、そんなことしないですっ! あたし自身にだってかかっちゃうのに、そんなことする奴ヤベェ奴ですよ⁉︎」
「だがッ」
「ですが——」
莉玖は両手で口元を覆うと、一瞬目を泳がせ、渋々俺を見て言った。
「——〈エンハンサー〉の中でも最も高位の能力をもつあたしはっ、味方のスキルをバフするスキルをパッシブでもっていたりしまふっ。っっ〜〜、ですから結果的にっ」
「ヤベェ奴じゃないか⁉︎」
パッシブでバフ……? デバフ過ぎるッ。そこへ最近、半端な有名人になってしまったせいで絡まれてるわけか? いきなり押しかけてくるのは何か、だがこういう別荘地なら、なくもないことか。
「! ッ——」
その時いきなり黒髪ロングの方の女の子が俺を引っ張ると、腕を掴んだまま、かわいくウインクした。それから……体にぴったりしたミニスカの中に両手を入れると、履いていたものをずり下ろして、片手にぶら下げて小馬鹿にしたように言った。——
「〜〜っ、あーっ♡ アンダースカートなくしちゃったっ」
※効きすぎ。
「その顔っ、パンツだと思ったんですかーぁ?」
もう一人はラケットを後ろ手に持ちながら胸を張り、上品に嘲笑していた……能力ははっきりと効いている。やはり効きが強くなっているのか? だったらさっきのも、大丈夫だと思いたいがッ。
「ウシレースをご存じですか?」
「——ッ?」
突然、莉玖が言った。俺は思わず振り向いた。……は?
「ダンジョンのウシが無限に湧く層があるのですが、無限湧きのウシを調教し、育ててレースをさせる遊びが流行っているんですっ。ウシがよく走ればとても儲かりますし、ダメでも食べることができます。あたしは今まで百頭以上育ててきました……ですがっ、中々勝てず資金が減っていき……負債を埋め合わせようとダンジョンの奥へ奥へと潜るように——」
「おまえは何を言っているんだッ⁉︎ それで攻略者になったのか!」
しかも不正しようとしてるじゃないかッ——〈エンハンサー〉。陰キャで仲間もいないのに、他人を強化するロールなのはっ。
「……あたしっ、クビになるんですかっ? ですよねぇ……ぅぅぁ。あたしっ、わかってましたっ。こうなることは、わかってたんですっ……でもっ」
「——ッ⁉︎」
「やめられなかったんです……。だってっ、っっ〜〜、っ、だって収入がっ。次のウシを。……っ、ぁっ……それにっ——」
「何を言ってるんだ⁉︎ まだやるのかよッ、ウシ!」
よし、とりあえず——おまえはクビだ‼︎ ……と俺は、怯えた(※俺にではなく陽の気に)顔をする莉玖に向かって喉元まで言葉が出かかった。
しかし莉玖がいないとレベルが足りなくなる=それはできない。受け入れるしかないッ——受け入れるしかない⁉︎ そんなことあるか⁉︎
——(目的のために合理的な判断を下しているだけなのにッ、俺はどうして)
ダンジョンを攻略したいだけなのに……!
「やるぞ……!」
「ラケット持ったこともないです‼︎」
一音、一音の間で毎回息を吸って吐いたような——そんな大声出せるのかよ⁉︎ という声量だった。一瞬、誰か来るんじゃないかと(それにショックで能力が解けるんじゃないかと。いや、今まで解けたことも解かれたこともないが)俺は思った。
「やるしかないんだッ、俺もおまえも……! 組むぞ、莉玖——他の奴に説明するのは不可能だ……まず確実に誤解を受けるッ」
————
——
夕食時まで何試合かして、俺たちはコートを後にした。
最後、額にかいた汗を——意外と子供っぽいのはわざとかそれともメッキが剥がれたのか? すごくふつうな白いパンツで拭うと、俺はその布屑を少女達に放りかえした。背中に当たっても、一瞬ピクリと反応したきりで彼女たちは動かなかった。
「……はじめてみましたっ。リアルの、本物の全裸土下座っ」
「さて——?」
手近な方の頭の近くで、地面にボールを弾ませながら俺は言った。
「これが日サロの予約な。よかったな! お子様料金だし、紹介でいけるから、安くなる。セットで脱毛も受けれるぞ?」
「やだっ……ぁ、ぃっだごどない……」
「きれいな黒髪だなー? 明日から脱色してゆる巻き金髪ツインテというスタイルで生きていってもらうわけだが。ヘアアイロン届いたら、使い方よく読んでな」
「ママに怒られちゃう……ぅ」
……受け入れなければいけないなら、試すしかない。一体どれだけ効いているのか? 解析しないと先がない。
しかし、ここまでやっても——地面に涙と汗などの滲んだ痕跡を残しつつも、能力の解ける様子はない。気をつけて帰れよ、とそこで着替える彼女たちに言うと恥ずかしそうに微笑していた。すると莉玖が俺に、
「あのっ……」
「何も言うなッ」
正確に理解する必要があった。極論、俺が頼れるのはこの能力だけ。
——どうしてこうなったんだッ。
「陽キャの女子に勝った……? 信じられません……。あたしがいたのにっ」
夕食。テラスに戻るとバーベキュー台が運ばれてきていて、ちょうど夏の花火の日だったので、みんなで花火を見ることもできた。何か。こう。
何となく、何か起きる……という気がしていたので内心俺は恐怖を感じていたのだが、賑やかで美味しい夕食だった。しかし——
「スイくん。テニス楽しかった?」
「……」
——あっ! 俺(僕)、人狼だわ‼︎ 食後、人狼ゲームをみんなでしていて、俺と墨華がカードが配られると同時に叫んだ瞬間だった。精神戦は失敗し、俺は無事負けた。だが、その日は何事もなく、真夜中までテラスにいてから部屋に戻るのが面倒になりそのまま朝まで寝た。
翌朝だった。耳元で……ボールの弾む音で俺は目が覚めた。
「勝負しましょう。澪に勝ったら、このまえのことは特別の特別に許してあげる。けどッ」
「⁉︎ ッ——」
目が覚めると体のラインに沿うようなテニスウェアに豹耳と半透明なサンバイザーをつけた澪が、寝るときはうつ伏せ派の俺の頭部を踏んでいて——スキルで、俺はテラス端までバックステップした。
片手を手すりにあてて体重を受け止めると、ウッドデッキを濡らす夜霧がわずかな飛沫となって散り、朝焼け一条の軌跡を描く。尻尾を向けて、トスされたラケットをキャッチした……。
「もし負けたら、罰ゲームが待っているわッ」
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