8話:テニスの服ですかっ? あたし、あれ着れないんです……胸がっ 1

 ◇


 照らされた空間。無味乾燥な調度の講台、向けられた無数のマイク。床にある配線を避けて、俺が台のところまで行くと次々にフラッシュが焚かれた。

 しばらく俺が耐えていると、事が始まってフラッシュが一斉に強くなった——

 司会者が喋り出した……ッ。


「ええ、では本日これより——〈彗星の騎士団〉ギルド長、白良彗星氏の謝罪会見を取り行います。彗星さん、初めに何かございますか? 罪状について、ご自身の見解をどうぞ?」


 罪状。


「ご自身が、どんな罪を犯したか申し上げていただくことはできますでしょうか?」


  ——


「まず申し上げておきたいのは、俺がですね⁉︎ えー、年下の女の子が好きであると。そういう説がまことしやかに流れているわけですが、真っ赤な嘘ですよとねッ。向こうの方から来るんですよと」


 ロリほどよく効く——俺の能力は広域催眠、耐性により効果は減衰するが、その性質により……行動を決定するのに意識(≒思考)よりも、無意識のウェイトが大きい人間に効きやすい。

 大体常に、俺の周囲に女児がいるのはそういうわけだ。


「はい、『罪状について述べてください』ですね……わかりますッ。わかりますとも? ですが、まず知っておいてもらいたいのはこういう、今言ったような前置きがあった上でですね!」


 ——


 お名前で、とすぐに訂正が求められた——


「俺は……白良彗星は、ギルドメンバーである加遼澪かりょうみおさんのランドセルを紛失しました……ッ。——何故、澪さんのランドセルを彗星さんが紛失したのですか? というとこれは、借りていたからですッ。はい、澪さんが現役で使われているものをですねッ」



 ——どうして、なくしたんですか?


「スイくん……」



 ——どうして、借りたものを返せないんですか?



「もう一度、ゼロから説明させていただきますとですね⁉︎ 私は決してロリ好きではないわけですッ、自分にないものを人は求める。俺は、間に合ってるッ。願いが叶うと言われましてね、今回このランドセルの方を澪さんからお借りしましてッ。それを……コスプレをしている人にですね……。コスプレイヤーの方が『貸してほしい』という感じでして、貸しまして、その方が蒸発されたと!」



 ——信じられますか? 全部、本当のことなんですよ。



「今から、全身バラバラにしようか?」



 カチッ、キキーッ! と擦れるような音を立てて、風梓雛蜂かずさひなばちが心配顔をしながら、細い両手で胸に抱くようにして持ったカッターナイフの刃を出した……。

 俺たちは雛蜂の別荘にいた。遊びではなく、攻略を再開するために、安全な拠点が必要だった。


 別荘は静観な高原——白樺林を抜けた高台にあり、範囲的にはギリギリのところだ(※離れすぎなければ、ダンジョンには専用アプリケーションで出入りできるので)。

 会見前に、それでダンジョンに向かったのだが……攻略は順調とは言えない。


「……っ、一番奥が近づいてる感じがしますっ」


 探索を中断することにした時、美海原莉玖みみはらりくがちょこんと俺の横に顔を出した(※今日が莉玖を交えた最初の探索だったが、莉玖は既になじんでいた)。はっきりと顔より大きい巨乳を、前屈みになって両手で抱えながら、周囲を振り返るようにすると、期待で一杯な声で——


「きっとそろそろですよ……ふふっ、いちおくえん……。夢もいっぱい、おなかいっぱいっ。彗星、がんばろうねっ! たっぷりのお金のためにっ☆ ——。うわぁ、反応薄っ。予想はしてたし、わかってましたけどっ。えっちなことにしか興味ないんですねっっ、っっ」


 で——否、だった。途中まではよかったがどうしても陰の方へいくらしい。


「〜〜っ、どうせ裏切られるんだっ。あたしだけ仲間はずれで報酬を分けて貰えなくてっ、お金が欲しかったら胸をっ……くっ、好きにすれば……?」

「おまえうちに来て本当によかったな⁉︎ 絶対に他所に行くなよッ。それで」

「あと一区画だと思うけどね——?」


 雛蜂が開けて動き出した——〈擬態者〉。外見は宝箱に化けるミミックだが実態はもっと性質が悪く、ダンジョン攻略システムに擬態した仮想概念なにかである敵の残骸に、雛蜂の刀が錆びた残骸となって突き立っていた。

 この敵に、関連する損害は補償される。そして、前には……今立っている地面から時計回りに二〇度ほど傾いて、石畳の敷かれた回廊が広がっていた。


 ——


 俺が一人で少し進むと、最初の組になった回廊の柱の腕木に蒼い炎が音もなくついた。出迎えるかのように。

 ……回廊はやや行った先で分岐し、今度は九〇度以上——歪曲して上下方向に向かっていた。短剣の先(※俺の武器で、刀身が幾つも禍々しく分かれている)で地面を擦ると、巻き上げられた塵芥は垂直の地面……こちらからは壁としか見えない面へ、音を立てて吸い込まれる。


「出ると、思うか⁉︎」

「どうかな——」


 心臓が突然痙攣した。俺と同じ武器を携えた——暗殺者同士なので、性能上そうなるのだが、緋花が思案する顔になった。……ッ、出るとはつまり。

 計算できるのだ。ダンジョンに出る敵の総量、倒すと経験値を落とすために、それは割り振られる有限のリソース。ボスを除いて、日毎全階層をつうじて一定量が吐き出されると打ち止めになる。


「今倒したのは——〈擬態者〉、システムの範疇にない敵だった」


 上限は日毎に復活するが、言い換えれば一度打ち止めに達すれば、その日は状態が継続する。

 打ち止め状態中は、自分よりも低レベルの敵が出現しなくなる。余分な消耗を避けれる、極めて有利な状態なので、攻略を進めるチャンスなのだが——保証はないので微妙なところだ。


「スイくん、ランドセル集めるの好きなの?」


 しかし、その時突然雛蜂が(※勝手に宝箱を開けて擬態した敵に襲われ、一人で瞬殺した雛蜂が)俺に言った。……瞬殺したとはいえ、武器が壊されたので本日の探索は終了。

 それはいいのだ。そうではなく——究極の問題は、俺の前回の一件を何故だか、雛蜂が異様に気に入っていることだった。ことあるごとに絡んでくる。すると緋花は通路を興味深そうに観察しはじめ、隣にいた莉玖は俺の側から一歩下がってにこっ☆ と営業スマイル(=感情が無)になった。

 雛蜂は澪に尋ねた。澪は、っっ——と横目で俺を睨むようにして頷いた。


「とられたの?」



 スイくんの、舌切ろうか——?



「切るなよ‼︎⁉︎‼︎ ——ッ」


 ※武器がなかったからよかった。だが、困るのは——前回の出来事以来、澪が怒っているということだった(様子が変でべたべたして来ない……のはいいのだが連携がとれないと攻略に支障が出る)。


 白いローソファーが三つずつコの字型になって扇状に三セット並び、ミストのマシンが四台とEL液晶のスタンディングパネルが配されたテラスで俺は横たわっていた。他の皆は入浴している。


 ——

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