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「……くっ!」
床に手をつくと、赤褐色の土の地面が天井ごと波打って俺の身体を後方へ圧した。
今。
攻略ギルド——〈彗星の騎士団〉を結成しギルドマスターとなった俺の目前には、筋骨隆々な両腕に大鉈を持った山羊頭の化物が二体……幾らでも沸いてくる影体の猟犬を伴って立ちはだかっていた。
周囲は等間隔に支柱が並んだ回廊。このフロアを突破する階段は、二体が守っている先にある。
「そっちを頼む! ——」
だが、この戦いも既に大詰め。山羊頭が俺に注意を向けた瞬間、その背後から、烏の羽毛に包まれた刃人形が踊りかかり回転しながら切り裂いた。
操っているのは、
フリルのついた白ワンピースのお尻側の裾が、配信映えする豹柄の尻尾で軽く持ち上がっている……。
「——それ、あたしに言ってるのよね⁉︎」
怯んだところに、俺と同じ職業・暗殺者である
「僕にだと思ったけど」
「雛にだよね」
「あたしに言ったんじゃないの⁉︎ 嘘っ‼︎⁉︎」
——からーん、と金属音がした。二体いた山羊頭の内、倒したんじゃない方の最も近くにいた探偵(※ダンジョン界隈ではたまにある職業らしい)。育ちの良さそうなぎりぎり黒髪と言える色素の薄い黒髪に制服っぽい白シャツとミニスカート姿の十五歳、
「誰かなー? 彗星くんさぁ、『誰でも良いから、もう一匹をどうにかしてくれませんかね⁉︎』って顔してるけど。僕は、君のそういう顔——好きだよ」
俺は目を瞑った。表情なんて、わかるわけないだろと思いながら。
位置関係的に孤立した俺を標的にもう一体の山羊頭が段平を振り翳し——これを直撃すれば、俺は死ぬ。
反動で動くことが出来ず、回避は不可能。ダンジョンでは、死ぬとレベルが半分になる。そして、そうなれば俺は攻略の最前線を退くことになるだろう……あの日以来、今の俺にとってそれは最悪の死を意味する。
しかし、そうはならなかった——その時、無数の閃光が疾った。
山羊頭の化物は俺の目前で、背後から、天井に衝突する程に斬り上げられた。
「雛に言ったんだよね……? ねぇ、そうだよね……。スイくんが好きなのは雛だから。違かったら——……舌切っちゃうよ————?」
俺は声を上げそうになった。跳ね上げられて、空中でめちゃくちゃに斬りまくられた山羊頭の巨体が俺の真上から降ってきた。直撃する間際。その体を貫通し、日本刀の刀身が突き出てきて、俺の鼻先で止まる。
空中で突き刺された死骸が彼方へ投げ捨てられると、地上へ降り立ったのは。
「スイくん、雛のこと好き————?」
やたらに目立つ、小柄な美少女がそこにいた。金糸を贅沢に使った深紅の和服姿に透明感のあるライトオレンジの髪。華奢で身長も低め、有無を言わさない大きな瞳が実年齢より幼く見える。
持ち武器の日本刀——〈舌切り雀〉を地面に引きずりながら、
「——嘘ついたら、舌切っちゃうから」
好きと言ってないが⁉︎ ——というわけで、最初はけっこう順調だった。祝福で与えられた俺の能力が、『異性に好かれる』のではなく、『自動的に催眠がかかり、対象の好感度を強制MAXにする&疑問を持たないように知能指数をやや下げる』ものだとわかるまでは。
もっと言えば、風梓雛蜂に出会うまでは——。
『この中の、どなたを選んでも死にます』
祝福の変更を申し出た俺は、きっぱりと言われた(※当然、変更はできなかった)。以来、折に触れて思い出す。この言葉を。
『あなたが築き上げたギルドは、ハーレムではなくデスゲームです』
「——いつか、素顔を見てみたいなぁ」
雛蜂が動けない俺の仮面、というか顔を隠す被り物をぺたぺた撫でながら囁き声で言った。そう。希望はある。暗殺者である俺は、素顔を隠してダンジョン攻略者をしていた。
つまり、まだ、雛に顔を見られたことがない。
そして本来——〈祝福〉はダンジョンの最深部へ到達し、完全踏破した攻略者に与えられる特典。
世界にダンジョンは数多あり、優秀な攻略者は一つクリアしたら次もよろしくね? というものだが。
それは一人一つしか、持てない。
故に……このダンジョンをクリアすること。それさえできれば俺は、新たな祝福を得て全てをリセットすることができる。既に攻略は終盤。
八十から百のいずれかの階層にいると目されるボスモンスターを討伐することができれば、完全攻略者になれる。
アニメのような恋愛をしたい、という俺の気持ちは今も変わっていない。だが今のままでは。
雛蜂以外と付き合う→雛蜂が殺す。
雛蜂と付き合う(!)→一緒に死のう?
自分の辿るであろう末路が易々と想像できてしまう。奇跡に奇跡が重なって、全てが上手くいったとしても詰みだ!
けれど攻略を完了できれば、やり直せる——それが俺の唯一の希望だった。
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