4.波乱のお茶会




 汚れが見当たらない白い壁、緻密に施された金の装飾、そして、そのスケール。セルフィアの狭き門を幾度も通れた者にしか入ることを許されない教室ーーそれが、ファーストクラスの教室である。


 ここが、わたしのクラス……!


 リリアはそんなファーストクラスの教室に思わず見惚れる。そんなリリアをキリヤは手招きした。リリアたちが向かっているのはここではないからだ。


「リリア、俺らが行くのは庭園ガーデンだ。ファーストクラスの教室じゃない。どうせ明日からここに毎日来れるんだから、今は我慢して」


「……はぁい」


 リリアは渋々頷くと、キリヤとミズキの後について行った。


 ちなみに庭園ガーデンというのはセルフィアが管理している庭園のことだ。四季折々の花々が植えられており、生徒からも人気の場所だ。癒しの庭とも呼ばれている。


 少しすると、そんな庭園ガーデンがリリアの視界に映った。


「綺麗な場所……」


 リリアは感嘆の息をついた。


 そこには周り一面が色とりどりの花で埋め尽くされていた。チューリップ、スイートピー、ラナンキュラス、フリージア、アネモネなど、種類も様々だ。


「気に入っていただけたようで嬉しいです」


「わたしも、嬉しい、ですっ! ……あれ、キリヤ、なんか、いい匂い、しない?」


 花の匂いとはまた違った、洋菓子や紅茶のような匂いが、風によってリリアの鼻に触れた。キリヤも同じようで、ミズキに「茶会の場所が近いのか?」と尋ねた。ミズキは頷くと、二人を案内した。


 花のトンネルを抜けると、そこにはたくさんの菓子と、紅茶が用意されていた。そして複数の男女が座って待っていた。


 誰だろう。


 リリアが疑問に思ったその時だ。


「お、この子がリリアか」


 リリアの後ろから誰かが肩を掴み、そう言った。リリアは驚きで、声を上げる。


「ひゃっ!?」


「「レイ!」」


 ミズキと、誰かの叱責が飛んだ。レイと呼ばれた赤髪の男子は、ミズキと金髪の男子に捕まった。首を強く掴まれているからか、痛い痛いと言った。ミズキはすぐに頭を下げて謝罪した。


「レイの無礼をお許しください。……レイ?」


 ミズキが睨むと、レイは「すんませんでした」と言い、名乗った。


「ちょっと驚かせただけなんだけどなぁ。まぁ、なんかごめんね。俺は火神かじん族次期族長『レイ・ツァナータ』だ。よろしくな」


 火神族。

 火の属性を生まれつき持つ、亜神族のことである。赤系の色素の者が多く、好戦的で、他の族とは比較できないほど熱情的な(暑苦しいとも言う)人が多いと言われている。昔から戦うことに長けた一族なので、そういう性格なのだろう。かなり強いそうだ。


 族長選びは、一番頭が良く、強い人間が選ばれる。地位は関係ないそうだ。つまりはこのレイが火神族の中で、一番強い人だということである。


 レイは猩猩緋しょうじょうひの短髪に、べに色の瞳。制服は少し乱れているが、Fのバッヂをつけていることからファーストクラスの人だとわかる。身長はキリヤより少し小さいくらい、つまりは百六十センチぐらいで、よく鍛えられている。


 この人、強い。


 少なくともキリヤとは同レベル、もしくはそれ以上の実力があるとリリアは思った。


「まったく、本当に悪いと思ってる?」


「思ってます思ってます」


「本当に?」


「本当です本当です」


 ……この人、本当に次期族長なのかな?


 リリアの知っている次期族長がミズキだけだったこともあり、こんな人……とは言ってはいけないが、イメージとちょっと、いやかなり違った人だったことに疑問を持つ。もちろん顔には出さなかった。


 すると黄髪の男子がリリアに近づいた。


「先程はレイがすみませんでした。自分は火神族次期族長補佐『ライガ・ツァナータ』です。レイとは従兄弟関係で、ミズキとは幼馴染なんです。レイはああいうところがありますが、根は悪いやつじゃありませんので、仲良くしていただけると嬉しいです」


 族長補佐。

 族長を支える人のことである。例えるならば、族長が社長、族長補佐が副社長のようなものである。


 ライガはだいだい色の髪に萌黄もえぎ色の瞳をしていた。制服はビシッ!と正しく着こなされており、ライガの性格を映し出していた。身長はミズキより少し高め。ライガもFのバッヂをつけていた。


 ライガさんの方が族長、向いてると思うけどなぁ……。


 しかし火神族にも色々あるのだろう。リリアはこのことについて考えないことにした。


「ミズキ」


 するとキリヤがミズキに話しかけた。


「茶番はそろそろ終わりにしろ。他の奴らも待っているんじゃないのか?」


「あっ……申し訳ございませんでした。主催者であるにも関わらず、失態をお見せしたこと、深くお詫び申し上げます」


「謝罪はいい。茶会を進めろ」


「かしこまりました」


 やっぱりキリヤはすごい。


 ごちゃごちゃだった雰囲気を、キリヤは一瞬にして整えた。レイとライガも座り、お茶会が今、始まろうとしていた。


「それでは改めまして、自己紹介をさせていただきます。水精霊族次期族長、ミズキ・シェルノーアです。本日はファーストクラスの生徒との交流を深めるために、このお茶会を開催させていただきました。よろしくお願いします」


 ミズキの自己紹介が終わると、皆は拍手をした。まだ十三であるにも関わらず、その話し方や内容は大人びている。


 今回のお茶会の主催者はミズキだった。


「では初対面の方もいらっしゃることですし、改めて順番に、時計回りで自己紹介をお願い致します」


「りょーかいっ! 俺は火神族次期族長、レイ・ツァナータだ。遊ぶのも戦うのも好きで、俺より強いやつはもっと好きだ。よろしくな」


 レイらしい自己紹介だとリリアは思った。するとレイは立ち上がり、キリヤを指さしてこう言った。


「ってことでキリヤ・アムール。 俺はあんたと戦いたい! 今度戦え!」


 そしてこの言葉から分かる通りレイは自由人だ。キリヤはレイを見た後、「今度な」と言った。レイはその言葉を聞くと、満足したのか席に座った。


 次に自己紹介したのはライガだった。


「火神族次期族長補佐、ライガ・ツァナータです。名前からお察しいただける通り、レイとは従兄弟で、主催者のミズキとは幼馴染です。よろしくお願いします」


 ライガもまたライガらしい自己紹介だった。簡潔で、ミズキとレイとの関係性も改めてリリアは知った。そしていよいよ、次はリリアの番だ。


「わ、わたしは、リリア・アムール、です。キリヤの、妹、です。よろしく、お願い、しますっ」


「特待生、首席、キリヤ・アムール。よろしく」


 リリアは緊張しながらも自己紹介をすることができた。一方キリヤはかなり簡潔に、そして平然と言った。兄妹でも違うものだと、お茶会に参加した者は思った。


 するとリリアの隣に座っていた女子が急に立ち上がり、自己紹介した。


「じゃあ次はチユの番っ! 命司族次期族長補佐の『チユ・セレナーデ』で〜す! 夢は友達百人! よろしくねっ!」


 か、可愛い……!


 チユは藤色の髪は下の方でツインテールにされ、青緑の細いリボンで結ばれていた。瞳はライガと同じ萌葱色。口は猫のようになっている。一目見た印象は元気ないたずらっ子というところだ。


 そんなやや興奮気味のチユを落ち着かせるべく発言したのは、チユの隣に座っていた一人の女子だった。


「こら、チユ。席を立たない」


 納戸なんど色の瞳。くるりんぱと三つ編みされている雌黄しおう色の髪。ミズキとはまた違った大人っぽさがあった。


「チユの幼馴染の『フィーネ・アクトゥルノ』です。よろしくお願いします」


 おそらくフィーネは風妖精かぜようせい族なのだろう。


 風妖精族。

 風の属性を持つ、妖精エルフ族のことだ。黄系の色素の者が多く、特徴としては耳が少し長いことぐらい。性格は無口な人が多いとのことで、フィーネそのものだ。


「フィーネはチユの自慢の幼馴染だよ」


「私からしたら、チユは妹みたいなものね」


「えぇー、そうかなぁ?」


 チユとフィーネは仲が良いのだろう。一見、正反対に見える二人だが、そういう者ほど馬が合うものだ。リリアとキリヤも同じようなものだ。


 するとーー。


「あの〜、俺も自己紹介していいですか?」


 瞳はやなぎ色。木賊とくさ色の髪。緑系の色素なので、おそらく樹守いつきもり族だろう。制服は少し緩めに着ているが、レイほどではない。話し方からして、少し気の弱い、だが話しかけやすい人柄だと見受けられる。


 樹守族。

 生まれつき樹の属性を持つ、守護者の末裔のことだ。緑系の色素の者が多く、陰で支える、補助することが得意な一族だ。戦いでは能力の底上げや、後方援助に回ることが多々あったと文献に載っている。


「えっと、『イツキ・ルルーシュ』って言います。樹守族ですが、特に皆さんのように重要な役職についているわけでもない、ただの凡人と思っていただけると幸いです。よろしくお願いします」


 するとイツキはキリヤに話しかけた。


「キリヤさん、でいいですか?」


「キリヤでいい」


「わかりました。ではキリヤ」


 イツキは立ち上がり、キリヤに近づくと、こう言った。


「俺、キリヤに認めてもらえるよう、強くなるよ。そうしたら、リリアと付き合っていいんでしょ? まぁ大丈夫か、だって俺、リリアと『両思い』だし」


「……は?」


 は、はい……!?


 先ほどとは一転しての挑発に値する言葉。そして謎の両思い発言に、イツキ、キリヤ、そしてリリア以外の五人は湧いた。


「えっ、なになに、付き合ってんの!?」


「……色々あるんだな」


「どういうことですか、リリア様!」


「おお〜! リリア、彼氏いたんだ!」


「チユ、誤解されやすい発言はやめて。……でも、気になるのは事実。私も同じ」


 きゃっきゃっ、と、はしゃぐ五人はリリアに詰め寄る。そしてあれやこれやと女子集はリリアに質問を投げかけた。


「リリア様、お答えください! イツキ様と付き合っているのですか? 教えてください!」


「え、いやいやいや、付き合った、覚え、ありませんっ! そ、それに、イツキ、くん、とは、初対面、ですっ! わたしも、なにが、起きている、のか、わからない、です」


 興奮しているミズキは、一番にリリアに聞く。リリアは混乱と焦りで早口になる。次に飛びついたのはチユだった。


「ちょっとリリアちゃん! 詳しく教えてよ〜! 本当は内緒で付き合っているんじゃないの? 秘密の恋なの? それとも禁断の恋? どちらにしても、チユは気になる〜!」


「ぜんっ、ぜん、違いますっ、チユ、さん!」


「うっそだぁ〜! あと、さん付けはやめて」


「ち、チユ……?」


「そ、今度はチユって呼んでよね」


「は、はいっ!」


 仲良くなれたことに嬉しく感じつつも、誤解を解こうと頑張るリリアに、フィーネが食いつく。


「リリア」


「あっ、フィーネ、さん?」


「フィーネでいい。それよりも……」


 フィーネはがしっとリリアの肩を掴み、じっと見つめる。リリアはどうしていいか分からず、フィーネを見つめ返す。そしてーー。


「兄妹間の禁断の恋、私は応援する」


 フィーネはビシッと親指を立ててリリアに言う。フィーネはまさかのキリヤとリリアルートを応援すると言ったのだ。


 リリアは心の内に深く刻む。ファーストクラスの女子は恋愛大好きだということを。


 そもそもリリアとイツキは両思いでもなんでもない。しかしイツキの発言によって周りは勘違いをし、フィーネに関しては禁断の兄妹間恋愛とまで謎に勘違いが拡大されている。


 リリアたち女子集を見守るのはレイとライガだ。よほど面白いと感じたのか、レイは腹を抱えて笑っており、ライガは苦笑いしている。


 微笑ましい光景のある一方で、非常に近づいては殺されそうな空間エリアも存在していた。そこはキリヤとイツキのいる場所であった。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


「どういう意味だ、イツキ・ルルーシュ」


「そのままの意味だよ、キリヤ」


 むかつく、そしてなんなんだ

 キリヤとイツキのいる場所は今、どす黒い戦場と化していた。現在の新入生の中で最もすごいとされる首席と、謎の発言をした得体の知らないファーストクラスの生徒。


 女子集は恋バナに夢中で目に入っていなかったが、レイとライガはその空間エリアの存在を知り、敢えて知らないふりをして女子集を見ていた。関わらないのが一番と判断したのだろう。実際その通りである。


「リリアと両思い? んなわけあるか」


「それがあるんだなぁ、キリヤ。ただの妄想に過ぎないと思うのならばそれでもいいよ。リリアと両思いなのは事実だし。残念なのは、それをリリアが覚えていないことなんだよなぁ。本当に残念だよ」


 くっそムカつくちんちくりん……と判断しなくもないが、どうにも怪しいんだよな、イツキ・ルルーシュは。


 キリヤは考えを巡らせ、頭をフル回転させる。


 イツキにファーストクラスに入れるだけの実力があるのは間違いなかった。だがキリヤはイツキがただの変人とは思えなかった。そして何より、イツキにはリリアと面識がある様子。


 『アレ』の関係者か? だとしたら、もっと魔力がないとありえない。くそ、一体誰なんだ、イツキは。


 イツキが何者なのか、キリヤは知らない。それがキリヤは腹立たしく、悔しかった。


「まぁいいよ。リリアが俺の存在を忘れているのなら、思い出させるか、もう一度俺を好きになればいいだけだし」


「……認めるわけ、ないだろ」


 その言葉でキリヤの怒りは限界を超えた。


 キリヤは領域魔法エリシュアンデスを発動させる。範囲はキリヤを中心に半径三メートル。領域魔法エリシュアンデスを行使した状態での魔力漏れならば、領域内のみ影響が及ぶからだ。


「怖い怖い。領域魔法エリシュアンデスか……。こんな高等魔法、誰に習ったのさ。独学なら相当すごいよ、キリヤ」


「貴様に褒められても嬉しくなどない」


「あ、独学なのは認めるんだ。すごいね〜」


 会話は噛み合っていない。そんな二人を(目を合わせずに)様子を伺っていたレイとライガは冷や汗をかく。キリヤの魔法の技術と魔力量もそうだが、そのキリヤ相手に平然としているイツキがすごいと思っているのだ。


 イツキもまた、キリヤほどではないが領域魔法エリシュアンデスを使っていた。それによってキリヤの魔力漏れの影響を受けずに済んでいるのだ。


「でも、まさかキリヤがリリアの兄としてセルフィアに入学するだなんて、思ってもいなかったよ」


 そしてイツキはキリヤに近づき、耳元でこう、小さく囁いた。


「本当の兄妹でもないくせにね」


「っ! ……死ね」


 バリバリッと大きな音を立てたかと思えば、キリヤの領域内が凍った。キリヤが氷結魔法ウィリアルーアを行使したのだ。だがイツキはケロリとした表情でいる。火焔魔法フォルシデートで防いだのだ。


「危ないじゃん、キリヤ」


「……もう一度やるか?」


「それって殺す方のる?」


「さぁな」


 キリヤは氷を、イツキはほむらを手に出す。小さいが、侮ってはいけない。その中には二人の魔力が濃縮されてできている。当たれば一般人は即死のレベルだ。


「魔力勝負といくか?」


「そうだね、いいよ。やろう」


 二人は限界まで魔力を籠める。そして同時に放つーーはずだった。思わぬ人物が二人の間に割り込んできたのだ。リリアだ。


「だめだよ! 魔法、誰かに、当てちゃ、めっ!」


 リリアはそう言うと、キリヤに抱きつく。キリヤは氷を消し、領域魔法エリシュアンデスを解除した。それに合わせてイツキも同じように解除する。


「今は、楽しい、お茶会だよ? 喧嘩したら、だめだよ。いくらキリヤでも、だめ」


「……ごめん」


 キリヤが謝るとリリアは満足したのか、キリヤと一緒に菓子を食べようと提案する。キリヤはもちろんその提案に了承し、椅子へ座った。


 そんな二人を見て、イツキもまた椅子に座り、菓子を頬張る。そして楽しそうなリリアとキリヤを見て、呟くのだった。


「リリアは返してもらうからね、キリヤ」



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