1.初めての学校
【一章 セルフィア入学編】
「ここが、学校……!」
なんだかワクワクする。
興奮を抑えきれない様子の少女が一人、国立セルフィア魔法学園の中にいた。ふんわりとした長い白髪。氷のように綺麗な瞳。通り過ぎる人々は思わず見惚れてしまう……はずなのだが。
「え、何あの小さな子。迷子?」
「でもセルフィアの制服着てるよ」
「ここにいるのは中等部の入学式に参加する子だけのはずだけど……もしかして本当に十二か十三歳なの?」
そう、この物語の主人公『リリア・アムール』は中等部の入学式な参加する者とは思えないほど背が小さいのだ。背伸びしても頑張って百四十センチが限界というところだろう。
すると、そんなリリアを落ち着けるかのように、手を二回、ポフポフと誰か優しく叩いた。漆黒の髪と瞳が特徴の少年だ。名は『キリヤ・アムール』と言い、この物語のもう一人の主人公だった。
「落ち着け、今日から毎日ここに来れる。勉強も受けられる。だから落ち着け」
「キリヤっ! ……友達も、作れる?」
「それはリリア次第だ」
リリアとキリヤの身長差は少なくともニ十センチはあり、制服を着ていなければ二人を親子と勘違いする人もいるだろう。それぐらいの差だった。リリアとキリヤの接し方で間違える人も多いかもしれない。
「ねぇキリヤ、どこ、行ってたの?」
「ん、セルフィアの生徒の
「わーいっ!キリヤ、ありがとう」
リリアはキリヤから
「どう、リリア、似合う?」
「うん、似合うよ」
「ほんとっ!? やったやった!」
セルフィアの制服はかなり人気が高く好評だ。何せ、国一番のデザイナーが制作に関わった力作であり高級品だ。セルフィアに通いたいと思う人の一部には、制服を着たいからと言う理由の者がいるほどである。だが、それでは誰がセルフィアの人間かわからないため、数年前にセルフィアは外套を入学式の時に配るのだった。
女子は白のポロシャツと靴下、紺のリボンとスカート、そして黒の
そしてもう一つ、セルフィアでは付けなければならない物がある。それはクラス
バッヂの階級は上からF、S、T。意味はファースト、セカンド、サードだ。リリアとキリヤのバッヂはF。つまり、一番上のファーストクラスの生徒を表している。周りの人間はそれに気づくとどよめき始めた。
「おい、あの二人、ファーストのバッヂだ」
「すっげぇっ!」
「えっ、本物っ!?」
キリヤはそのような反応を聞いても平然としているが、リリアはソワソワし始めた。恥ずかしいような、面映いような気持ちを感じたのだろう。
「き、キリヤ。わたし、どうすればいいのかな」
「何もしなくていいんだよ。堂々としていればそれでいいんだ。大丈夫、俺がいる」
その言葉を聞くと、リリアは安心したのか天使の笑みをキリヤに向ける。そして「ありがと」と言った。するとキリヤはリリアの頭を軽く撫でた。
キリヤはリリアに言った。
「どういたしまして。じゃあそろそろ入学式が始まる時間だから一緒に行こうか。人がいっぱいいるから、はぐれるなよ?」
リリアは首を縦に振り、キリヤの迷惑にならないよう、後ろからトコトコとついて行くことにした。そしてリリアはふと、キリヤについて考える。
キリヤ、大きいなぁ。
キリヤはリリアの兄だ。だが歳は同じでも双子ではないとキリヤは昔、リリアに言った。リリアはキリヤと記憶のある頃から一緒にいる。
キリヤは、優しくて、強い人。
だがキリヤのことを優しいと思っているのはリリアだけだろう。ほとんどの人はキリヤのことを無表情で怖い人だと言う印象を受ける。
それと、女の子に、人気。
これは本当のことだ。リリアが聞いたところによると、キリヤの素敵なところランキング一位はツンツンしているところだそうだ。
全然、ツンツン、してないのに。
キリヤが優しいのはリリアに対してだがということを、リリアはよくわかっていない。キリヤはいわゆる『シスコン』である。だがそのことを、何に関しても疎いリリアには理解していない。
だがどんなキリヤの噂を聞いても、リリアの中には変わらないことがあった。
どんな、キリヤでも、私は、大好き。
リリアは自分の願いを叶えてくれるキリヤが、いつも助けてくれるキリヤが、一緒にそばにいてくれるキリヤが大好きなのだった。
「あっ」
するとドンッ!と人混みに押されてリリアは誰かとぶつかってしまった。少し肩が痛かったが、リリアは治癒魔法を使う程度ではないと判断し、放っておくことにした。
それよりも、謝らなきゃ。
「あの、えと、ごめんなさい」
「……お前、名前は?」
「? リリア、です」
ぶつかってしまった男は何故かリリアの名前を聞いた。リリアは不思議に思いながらも自分の名を教える。すると男はリリアの手を掴み脅した。
「リリア、ねぇ。お前、俺が誰だかわかってるのか?なぁ、なぁ……!」
「……ごめんなさい、わからない」
リリアは素直に答えたが、男はそれに怒った。よほど自分の知名度に自信があったのか、はたまたリリアの態度が気に入らなかったのだろうか。顔を真っ赤にしてリリアに大声で言った。
「あぁん? わからないだと? ふざけるな!」
怖い……!
リリアはその場から逃げようとするが、男はリリアの手を掴んでいたため逃れることができない。男は手をあげ、それをリリアに向けて振り落とす。リリアは目を瞑り、そして名を呼ぶ。
「っキリヤ!」
するとどういうことだろうか。痛みが何秒経ってもやって来ないのだ。恐る恐る目を開けると、リリアの前にはキリヤがおり、男の大きな手を掴んでいたのだ。男はキリヤの握力がよほど強かったのか、痛い痛いと言って苦しそうにしていた。
「おい」
キリヤは低い声で男に告げる。
「リリアに触るな」
男は慌ててリリアを掴んでいた手を離した。それを確認するとキリヤは男から手を離した。男は慌てて掴まれていた手をさすりながらキリヤを睨んだ。
「キリヤ……!」
リリアがそう言うと、キリヤはリリアの方を向き、「大丈夫」と聞いた。リリアは軽く頷く。するとキリヤは「よかった」と言って男の方に向き直った。
「で? 貴様は誰だ。学園内では身分を振り翳した言動は禁止されている。場合によっては退学も視野に入るが?」
男は一瞬ビクッとしたが、すぐに冷静さ取り戻してキリヤに聞いた。
「……お前が噂のキリヤ・アムールなのか?」
「噂なのかは知らないが……俺がキリヤ・アムールだとしたら何だって言うんだ。今の話には関係のないことだ」
二人の間で嫌悪の視線が飛び交い、場は無言と化した。リリアは周りの生徒はそこを故意に避けて通っていることに気づく。これ以上自分の不注意で第三者に迷惑をかけるわけにはいかないと思い、リリアはキリヤに話しかけた。
「キリヤ、もういいよ。入学式も、始まる。他の人の、邪魔にもなってる。わたしのために怒ってくれたことは、嬉しかったけど、もう……」
するとキリヤは数秒脳内で葛藤した後、リリアの意思を尊重することに決めた。
「……次はないと思え」
キリヤはぶっきらぼうにそう言って、リリアの手を掴んで歩き始めた。リリアは少しキリヤの掴む力が強いと思ったが、迷惑をかけたのは自分だったので、何も言わなかった。
また、迷惑かけちゃった……。
リリアはキリヤとはぐれた上に他者とトラブルを起こし、キリヤに迷惑をかけたことを恥ずかしく、そして申し訳なく思った。
キリヤは、何も悪くないのに。
キリヤが強いことをリリアは十分すぎるほど知っていた。だから男に手を振り落とされた時、咄嗟にキリヤの名を呼んだのだ。怖い時、何かあった時にはいつも必ずキリヤが来て助けてくれるからだ。
わたし、キリヤに甘えてる。
リリアには小さな夢があった。キリヤに頼らず一人でなんでもできるようになることだ。だがそれとは逆に、リリアはいつもキリヤに頼り、助けてもらっている。それがリリアには少し悲しく、嫌なのだ。
学校に行きたいと言ったのはリリアだった。キリヤはその意思を尊重し、二人一緒にこのセルフィアの入学試験に合格し、今に至るのだった。
ここでわたしは、頑張るの。
キリヤに頼らずに生きられるようになるため、リリアは全てにおいて頑張ることに決めたのだった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
場所は体育館近くに移る。
当初、キリヤはすぐに入学式に参加するつもりだったが、その前にリリアとはぐれてしまった。リリアを見つけ合流することはできたが、同時にトラブルも起こしてしまった。他生徒との喧嘩みたいなものである。
相手はキリヤにとって普通以下の雑魚だったため、キリヤは本気を出すまででもなかった。が、男がリリアの手を掴んでいたことやリリアが怯えていたことが原因で、キリヤは少し男の手を掴んだ時に力を入れすぎてしまった。(ちなみにキリヤはリリアに手を出したんだから当たり前だ、と思っている)そしておまけに魔力漏れを起こしてしまうところだった。
魔力漏れは情緒が不安定になった時に起こる現象のことだ。発動すると自分よりも弱い奴らは発作や呼吸困難に陥ることがある。そして最悪、死に至る危険なものだ。
キリヤは数少ないファーストクラスの生徒のため、もし魔力漏れを起こしてしまえば、周りにいた人々のほとんどがその影響を受けかねなかった。
だが間一髪のところでそれを防いだのがリリアだった。キリヤに声が届くのは、リリアだけと言っても過言ではない。キリヤにとってリリアは命に変えても守り抜くと誓った大切な人なのだ。
なのにーー。
「リリア、俺が言いたいこと、わかる?」
キリヤは少し声を低めにリリアに問う。リリアは何かキリヤを怒らせたかと思い、考えられることを次々に挙げて行った。
「え、えっと……キリヤとはぐれちゃってごめんなさい。あ、あと他生徒とトラブルを起こしちゃってごめんなさい。それと、キリヤに迷惑かけちゃってごめんなさ」
「そうじゃない」
キリヤはリリアの言葉を遮ってそう言った。そしてキリヤはリリアの手を掴み、かかっていた
「あっ……」
するとリリアの白く細い腕に赤い跡が現れた。先程の男に掴まれたからだろうか。とても痛そうだった。
「リリア、これはどういうことだ?」
リリアは最初、口をつぐみ黙っていたが、しばらくすると諦めたようで、正直に答えた。
「……さっきの人に、掴まれた跡、です」
「なんで言わなかった」
言ってほしかったのに。
「だって、キリヤに心配かけたくなかったから」
リリアはキリヤに頼ることをあまり好んでいない。もっと言うならば、自分のことでキリヤの手を煩わせたくないのだ。だがキリヤはリリアに頼ってほしいと、何かあったら教えてほしいと思っている。大切な人だから、大好きな人だからこそ、何も隠さずに教えてほしいと願っているのだ。
二人とも、互いを思うが故の行動なのだ。
「
「……魔法使ったら、声に出して言うからキリヤわかるでしょ? わたしはキリヤみたいに何も言わなくても魔法を使えないから、
キリヤは深くため息をつく。そしてリリアの手を軽く触り、
本当は
「……ありがとう」
だぎもちろん、喧嘩などに発展はしない。大概どちらかが謝るか、感謝して大事にならずに終わるのだ。
「……それは俺のセリフだよ、リリア。さっき、魔力漏れが起きそうになった時、リリアが俺に声をかけてくれなきゃ、俺は周りの人間を巻き込んでた。ありがとうな」
キリヤは屈み、リリアの頭を撫でた。リリアは少し頬を赤らめて下を見る。どうやら照れ隠しのようだ。キリヤと目が合わせられないのは、もっとドキドキしてしまうからだろう。愛らしい反応にキリヤは笑みを溢す。
「じゃあ行こうか」
「うん……!」
キリヤは立ち上がり、小さなリリアの手を優しく掴んだ。リリアはその手を強く握り返した。
後に『伝説の魔法使い』と呼ばれる生徒。それがキリヤとリリアだ。二人はファーストクラスに入れるほどの実力を持ち、且つ、誰かを思いやることのできる心を持っている。
これはそんな二人の物語。
思わず笑みがこぼれてるようで、
誰も想像しない壮絶な物語であるーー。
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