【完結】義を見てせざるは勇無きなり(白麗と萬姜)
明千香
序章
第1話 神が戯れに造られた人の世
遥か悠久の昔。
天上界に住まわれる神々は、あまりにも長い彼らの日々の無聊を慰めるために、下界に箱庭を造ることを思いつかれた。皆で見下ろして、あれやこれやとお喋りのネタにすれば、さぞや楽しいことだろう。
まずは、広大な箱庭の東西南北の四方を閉ざす。
東は果てのない大海原。
西は屏風のごとく連なる山脈。
南は灼熱の砂漠。
北はすべてが凍りつく氷原。
けっして越えられない壁に囲まれたその真ん中に、神々は天上界と同じく山と草原と川を造り、木々と花々を植え獣と鳥と魚を放った。緑豊かに葉は繁り季節の花々があざやかに咲き乱れ、生き物が命を輝かす。それは下界の楽園だ。
そしてある日、ひとりの神が気まぐれに思いついた。この箱庭に自らの姿に似た〈人〉を住まわせたら、さぞやおもしろいに違いない。その思いつきをどうしても試したくなったその神は、一つかみの土塊を手にして泥人形を作り下界に放り込んだ。
悠久の時が流れ過ぎ去った。
知恵と欲を併せ持つ〈人〉はまたたくまに箱庭に満ち溢れ、下界の生き物たちの頂点に立った。
またまた悠久の時が流れ過ぎ去った。
あれほど神々を喜ばせた下界の箱庭だったが、過ぎ去る年月の中でいつのまにか忘れ去られていた。宇宙のすべてをつかさどる神々は常に忙しい。〈人〉の想像外の心配ごとや愉しみごとが、彼らには多々あるのだ。そして飽き性でもある。たかが箱庭の一つを忘れることになんの差しさわりもなかった。
しかし、ごくごくたまに、下界を見下ろす穴のその蓋が開く時がある。
時に、天上界の掟に背く神がいる。忘れ去られた下界の大陸は、そのような神を追放する場所として使われた。そしてまた自ら蓋を開けて大陸へと飛び降りる神もいた。
しかしそのようなことは、悠久の日々を過ごす神々にとっても滅多に起きることのないごくごくたまの出来事だ。追放された神や自らの意思で飛び降りた神の名前が刻まれた木簡が、天上界の記録処の棚の上で、厚く積もった埃に埋もれているほどだ。
それゆえに、下界の箱庭に溢れた〈人〉が自分たちの住む大陸を〈中華大陸〉と名づけてそう呼んでいることも、天上界のほとんどの神々は知らない。中華大陸に多くの〈国〉というものを作って、〈人〉が憎み合いながらも時には深く愛し合って短い一生を精一杯に生きていることも、また、天上界の神々は知らない。
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