27.参戦計画


「……で、何で人数が増えても俺の部屋なんだ? 別に構わないが、不思議でならない」


「何でだろうね。クリス、わかる?」


「わからん。わからんが、別にいいだろ。本人も構わないって言ってることだし。というか、俺の部屋でもある」


 宿では、ガブリエラが一部屋使用、デニスとフェリクスが同室、ヴィルフリートとクリストフが同室という部屋割に決まった。夕食前、自分の部屋に荷物を置くと、ヴィルフリートとクリストフの部屋に全員が集まる。


「集まったついでに聞いておくが、レッドドラゴンの周辺には今、結界が張られている。間違いないな?」


「いつまでもつかはわかりませんが、間違いないです」


 デニスの返答に、ヴィルフリートがうなずいて片方の口角を上げ、笑みを作る。


「俺らは、その中で戦闘するんだ」


「……結界の中……、いいかもしれませんね。結界は炎も遮断してくれるから、危なくなったら出ればいいってことで」


「まあそうだな、たぶんそんな余裕はないと思うが。決行は明日。倒したらまたここに戻って来て、レオンの軍が着く頃におまえらを連れて辺境伯に会いに行くぞ」


 ヴィルフリートの説明にデニスが首を傾げ、軽く右手を上げた。


「すみません、質問が三点あるのですが」


「はい、デニスくん、どうぞ」


「レオンというのは、公爵様のことですか?」


「そうそう」


「細かい指示がないとはいえ、辺境伯にすぐに会いに行かなくていいんですか?」


「指示に従ったって事実を、最終的に作れればいい」


「何で公爵様の軍が着く頃なんですか?」


「レオンにおまえらの処遇を決めさせるためだよ。あいつは真面目で善良なやつだから。よし、三つ答えたな」


 全ての質問にヴィルフリートが答え、デニスが「処遇……」とぼそりと小声で言ったあと、少し目を伏せた。そんなデニスをフェリクスが心配そうに見やる。


「あのさ、デニスとガブリエラも戦闘に参加してもらうって、どうだろう」


「こいつらに? うーん……、当然勝つつもりではいるが、万が一ってことがあるからなぁ。まだ若いのにやらせるのは……」


「でもほら、レッドドラゴンを倒したってことで、処遇内容が良くなるかもしれないし」


「ああ、そういうことか」


 フェリクスの提案に、ヴィルフリートは顎に手を当てて考える。フェリクスの言う通り、二人を戦闘に少々参加させるだけでも、レオンハルトの覚えはよくなるだろう。


「それなら二人のことを把握しておきたいんだが、戦闘で主に何を使う? デニスは両手剣だよな?」


「そうです。魔法は簡単な炎魔法しか使えないですね」


「お、クリスとほぼ同じ」


 ヴィルフリートの質問にぱっと顔を上げてデニスが答えると、ガブリエラもそれに倣う。


「私は片手剣で、風魔法だけです。上級まで使えますが」


「上級? それなのに使い捨てにしようとしてたのか。辺境軍って馬鹿なんだな」


「私は……、その、上司と折り合いが悪くて……」


 バツが悪そうにガブリエラがぼそぼそと言葉を発する様子を見て、ヴィルフリートは短くため息をついた。


「俺からするとくだらない理由だ。まあいい、それでフェリクスが考えてることって何だ?」


「デニスがレッドドラゴンの宝石を崖の上から攻撃して、デニスを地面に衝突させないように受け止めるのが、ガブリエラの風魔法で……って、できないかな?」


「ほう」


「え、いや、俺では無理かと……」


「無理かどうか、今の時点は判断できないだろ。じゃあ、結界もあることだし、決行を一日延ばして明日ちょっと試してみるか?」


「そうだね」


「俺が楽になるってことか」


 フェリクスとクリストフは大きくうなずき賛同するが、デニスとガブリエラは少々うろたえている。「そんなこと……」とガブリエラが小さく口にし、こめかみに手を当てて何かを考え始めた。


「……いえ……、できる、かもしれません。落下地点に……でも、圧縮すると温度が……いっそつむじ風で……」


 考えていることをぶつぶつと声に出し、うつむいたままでいるガブリエラに、ヴィルフリートは目を細めた。同時に、こうして目の前の課題に真面目に取り組もうとしている若者に捻じ曲げた正義を押し付けた辺境伯に、苛立ちを覚える。


「ガブリエラ、明日までに考えておいてくれ。夕食はどうする? 宿の食堂でいいか?」


 ヴィルフリート以外の四人が首を縦に振り、一斉に立ち上がる。


「魚はないだろうなぁ」


「ここらは海が遠いからなぁ」


「川魚ならあると思いますよ」


「お、川魚もいいね」


 デニスに名物料理について尋ねながら食堂へ行くと、メニューに川魚の焼き物が書かれていた。おかげで、ヴィルフリートの機嫌は良好だ。


「ガブリエラも無詠唱で魔法使えるようになろうよ」


「おー、そうだな、そうしよう」


「んぐっ」


 まるで「明日お菓子買いに行こうよ」と同じくらいの気軽さのフェリクスの誘いに、ガブリエラは目を丸くした。あやうく喉に根菜を詰まらせるところだったと、落ち着いて口の中のものを飲み込んでから、ゆっくりと息を吐く。更にヴィルフリートまでが二つ返事で賛成しているのには、戸惑うしかない。


「なろうよ、って、そんな簡単に……んっ? 『も』ってことは、フェリクス様は無詠唱魔法できるんですか?」


「うん、僕たち三人はできるよ」


「うわぁ……」


「何で引いてんだよ。明日特訓するぞ」


 驚きすぎて、手にフォークを持ったまま椅子の背もたれに背中を預けて体を反らしていると、ヴィルフリートから指摘が入る。


「えっ、えっ、本当に私もやるんですか? 全然自信ないんですけど……」


「あんな湿地に足と手突っ込んで他人の物探しまくることができたんだ、根性あるってことだろ。きっとできるようになるさ」


「そうでしょうか……」


 おだてられるとすぐに得意になるガブリエラでも、さすがにレッドドラゴンとの戦闘には怯んでしまう。根性があるというのはほめ言葉なんだろうかと疑問を持ちながら、か細い言葉を返した。


「それまでに、どんな方法が一番よさそうか決めておくといいな」


「うっ……、わかりました」


「絶対に、俺らが倒すんだ」


 ヴィルフリートの水色の目で射抜かれ、『俺ら』の中に自分が入ったと、一気に緊張感が増す。ガブリエラは自身の発した「はい」という短い返事を、咀嚼したパンとともに飲み込んだ。



**********



「一晩考えた結果、デニスが多少怪我をしてもいいという結論になりました」


「なりました、じゃねえよ。また調子乗ってんだろ」


 キリッとした表情で言うガブリエラに、デニスが眉根を寄せて苦言を吐く。


 ヴィルフリートのいう『特訓』は、町の南側から湖の方へ歩いた草原で行われることになった。空は晴れているが、強い風が容赦なく体温を奪っていく。


「だって、フェリクス様が聖なる治癒ホーリー・ヒール使えるじゃない」


「俺も使えるぞ」


「えっ、ヴィルフリートさんもですか? うわ、まぶしっ」


 太陽はもう地平線を出て地上を明るく照らそうとしており、ヴィルフリートの白髪交じりのプラチナブロンドの髪が陽光を受けているのを直視したガブリエラが、率直に感想を口にした。


「誰がハゲだ、まだハゲてないわ。神聖なる蘇生ホーリー・リザレクションも使えるぞ。もちろんフェリクスも」


「ハゲとは言ってませ……んっ? 神殿にいたことがあるんですか?」


「いや、そうじゃないけど」


「ガブリエラ、この人、軍で有名な双剣の氷月だから」


「……デニス、知ってたのか……。何だよ有名って。もうそれやめてくれよ、かなり昔のことなんだから……」


 町を出てから髪と目の色を元に戻したフェリクスは、クリストフを風よけにして立っている。その横で、デニスに昔の二つ名を出されたヴィルフリートが、長身の背を丸めてうなだれる羽目になった。


「……うん、いちいち驚いてたら身がもちませんね! さ、説明しますよ!」


「お、ガブリエラは優秀だな。こういう時はいつも俺がヴィルの取扱説明をしないといけないんだが」


「飲み込んでおいて、消化するのはあとでいいかな、と」


「はは、そうか。消化不良になるなよ」


 ガブリエラとクリストフの軽快な会話の最中も、ヴィルフリートはうなだれたままだ。


「何で西の辺境にまで……くっそ……あ、もしかしてあいつか? あいつここに異動になってたからな……。今度会ったらただじゃおかねえ」


「ヴィルは相変わらず愚痴が多いね。ガブリエラ、説明してくれる?」


 クリストフの懐に収まるようにして寒がっているフェリクスが、ぶつくさと愚痴を吐き出すヴィルフリートの代わりに説明を促した。


「落ちてくるデニスを風の力で受け止めればいいんですよね? デニス大きいから、怪我はすると思いますが……地面に落ちる衝撃を和らげるだけでいいなら、落下地点につむじ風を起こして、まっすぐに落ちないようにするだけでも違うと思います」


「つむじ風かぁ、なるほど。他に何かある?」


「あっ、つむじ風より風防御壁の方がいいかな……。んー、あとは……、風を圧縮することもできるのでクッション代わりになりそうなんですが、圧縮すると温度が高くなるんですよ。それにつむじ風より範囲が狭いので、ちょっと危険かなと」


「へぇ、すごいね、一晩でそこまで考えたんだ。じゃあ聖なる治癒ホーリー・ヒールは僕かヴィルに任せて、デニスは安心して額の宝石を狙うってことで」


 「自信ないんですが……」と低い声を出すデニスをよそに、ガブリエラは時々襲ってくる魔物相手につむじ風を起こしたり風防御壁を展開させたりなど、張り切っている様子を見せた。それからヴィルフリート直伝の無詠唱魔法のコツも併せて『特訓』していると、いつの間にか太陽が空の真上まで到達していた。


 「一旦町に戻ろう」「腹減りましたね」などとヴィルフリートとデニスが会話しながら歩いている。そのすぐ後ろを歩くフェリクスに、クリストフが話しかけてきた。


「フェリクス、髪と目の色変えなくていいのか?」


「あ、忘れてた」


 そう言いながら、即座に魔法を発動させる。魔物が出現する場では魔法は解除するが、もうすっかりブラウンの髪と目に馴染みができており、変えるのを忘れてしまうと気付いてから落ち着かない気分になってしまいそうだ。


「フェリクス様のその魔法、便利そうですね」


「うん、僕やレオンにとっては。この色の人けっこう多いから目立たなくて済むんだ」


「確かに、ほぼ同じ色合いの人はよくいますね。さっきも町の店先で見ましたよ。あ、昼食はその店にしましょうか。定食屋だったので」


「そうだね」


 疲れてはいそうだが、フェリクスと話すガブリエラの表情は明るい。「腹減ったよな」と腹に手を当てるクリストフに「早く行きましょう」と告げて先頭を歩く彼女の背中は、フェリクスの目に数日前より頼もしく見えた。

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