機械少女にアイを込めて

都月奏楽

Prologue:I am AI

01 江郷逢衣は転入生である。前編

 科学が想像以上に発展していった20XX年の東京。人々は行き交う人間の群に何一つ疑問を抱く事無く、目を留める事無く雑踏を掻き分けて社会に溶け込んでいる。その中にが紛れ込んでいるとも知らずに。


 ※


 東京都内に存在している何て事は無い普通のとある高等学校の教室は、担当教諭の何気無く放った一言によって大きく波紋を呼んだ。


「今から転入生を紹介する」


 転入生。言葉としては頻繁に出てくる単語ではあるが、現実ではあまり遭遇しない事柄である。そのような数奇な出来事に巡り合ってしまった事を実感したらしく、生徒達は狂喜乱舞した。騒がしくする彼らに先生は気怠そうに溜息を吐いていた。


「男っすか!? 女っすか!?」

「女子だ女子。イチイチやかましーんだよお前ら。……じゃあ早速入ってくれ」


 戸を引き、転入生が入室する。黒く艶のある長髪を靡かせ、ゆっくりと確かな足取りで教諭の隣に立ち、一礼してから真正面の顔を見せた。年相応の幼さと素朴さを残しつつも白く透き通った肌、目立ちはしないが端整な顔立ちで男子達の期待を大いに応えるものである。ただ一つ引っかかる点があった。それは無愛想な感じというわけでも緊張しているわけでもない様に見えるが、恐ろしい程に無表情である一点である。


江郷えごう逢衣あいです。これから宜しくお願いします」

「お父さんの仕事の都合で東北から来たそうだ。皆仲良くしてやってくれ。……じゃあ其処の空いている席に座ってくれ」


 転入生こと江郷逢衣は白墨でスラスラと自分の名前を書き、更に一礼をして自己紹介をする。拍手喝采の中、逢衣は顔色一つ変えずそのまま一直線に指定された窓際の一番後ろの席に着席した。それと同時にHR終了のチャイムが教室に鳴り響いた。教諭は次の授業の準備をしたいのか、終わりの号令を手短に済ませてから教室を後にしたのだった。其処からは怒濤の展開だったのは皆まで言わなくても分かり切っている事だろう。


「東北の何処から来たの!?」

「何か部活とかしてた!?」

「好きなYouTuberは!?」

「好きなタイプを芸能人で言うなら!?」



 拘束から解放されたクラスメイト達は一斉に逢衣の元へと駆け寄る。そして矢継ぎ早に質問という名の言葉のシャワーを無遠慮に浴びせていく。それでも尚、彼女の凍てついた様な無表情が変わる事は無かったが、仕草からして明らかに狼狽えている様に見えた。


「ほら皆落ち着いて。江郷さん困ってるでしょ。ごめんね江郷さん、うちのクラスってこう、騒がしいっていうか賑やかっていうか何というか――」

「……いえ。問題ありません」


 馬鹿騒ぎしている一同を瞬時に御した少女が一人。少しばかりダークブラウンに染めたミディアムカットが特徴的で、彼女からは活発的な印象を受ける。リーダー的な存在なのか、彼女の鶴の一声でクラスメイト達は落ち着きを取り戻していた。


「あたしは野上のがみ麻里奈まりな。一応このクラスの学級委員長やってるの。で、こっちが――」

日野ひの雄太ゆうただ!! 同じくこのクラスの学級副委員長だ!! それはそうと江郷は何か部活とかやっていたか!? もし特にやっていなかったら剣道部に是非入ってくれ!!」

「……日野君。いっつも思うんだけどもうちょっと声のトーン下げれないの?」

「ん!? うるさかったか!? それはすまんかったな!! ワハハ!! 剣道は掛け声が大事だからな!!! ワーハッハッハ!!!」


 雄太は指摘を聞いている上に自覚もあるのだが直す素振りを見せない。大笑いを上げるだけ上げて形だけの反省を取る男に、麻里奈は辟易していて大きな溜息を吐いた。


「……まぁ、取り敢えず部活の事は置いといて。何か学校の事とかクラスの事で分からない事があったらあたしに聞いてね! 分かる範囲なら教えるから!」

「……有難う、ございます」

「ていうか敬語じゃなくていいって! 同級生なんだしタメでいいよ!」

「……分かりました」

「って全然分かってないじゃん! カタいなぁ、江郷さんって」


 些か、否、とても堅い印象を与えているものの、逢衣は一先ひとまずクラスメイトと打ち解けた様であった。


 ※


 転入生こと江郷逢衣はルックスだけでは無かった。数学の授業ではまるでスーパーコンピュータの様に方程式を瞬時に解き、英語の授業では翻訳アプリかと思う程に饒舌に英語を喋る。


 体育の授業で行われたバスケットボールの紅白戦では、コート内で飛び交うボールを眼で追い掛けるだけ追い掛けて突っ立ってるだけである。運動は出来ないのだろうな、とクラスメイト達は痩身矮躯で役立たずの彼女を憫笑していた。

 チームのミスで逢衣にボールが結構なスピードで飛んで来た。危ない。そう思った瞬間、彼女は難なく受け止める。コート内の生徒達が唖然としている最中、逢衣はテンポの良いステップと共にドリブルをし、流れを断ち切る事無くシュートを放ち、見事にネットの中に入れて点数を決めたである。


 勉強も出来る、運動も出来る、おまけに顔立ちもいい。クラスメイトは忽ち逢衣の虜になり、視線を掻っ攫っていった。それなのに彼女はさも当然かの様に無表情を崩していない。それは余裕の表れなのかは誰も知る由は無かった。


 ※


「江郷さん、一緒にお昼食べよ」

「分かりました」


 午前の授業が全て終わり、昼休み。クラスメイト達が机を動かし、それぞれの友人と共に昼食を取ろうとしている中、逢衣は微動だにせずただ自分の席で茫然としていた。そんな様子を見兼ねたのか、麻里奈は彼女を昼食に誘った。一人で居たいだけなのかと思いきや、逢衣は快諾して席を移動して麻里奈を始めとする女子グループと食卓を囲んだ。


「それにしても江郷さんって何か不思議だよね」

「不思議、とは何がでしょうか?」

「うーん、何ていうか。あんだけ勉強も運動も出来るって凄い事なのにそれが出来て当たり前みたいな感じでやってるのが、ねぇ?」


 一人の女子の同意を求める声に逢衣以外は大いに頷いていた。


「それでも何かイヤミっぽく感じないって言うか、江郷さんならやってのけても納得っていうか当然っていうか」

「いわゆる解釈一致って奴~?」

「それは違うっしょ」


 皆がそれぞれの昼御飯を食べながら談笑している最中、彼女だけが弁当も水筒も用意せずただ傍観しているだけという事に麻里奈は真っ先に気付いた。


「そういや江郷さん、お昼ごはんは?」

「私は食べなくても大丈夫です」

「……江郷さん、もしかしてダイエット?」

「そういうわけでは――」


 逢衣の言葉を遮り、麻里奈は彼女の手首付近を掴んでみた。骨と皮だけにしか思えないような、軽く捻っただけでも捩じ切れてしまいそうな、まるで小枝の様な脆さを感じる細腕であった。


「十分細いって! 江郷さん死んじゃうよ!」

「大丈夫です。死にません」


 そう断言する逢衣。彼女の言葉からは虚勢などではない謎の説得力を感じた。普通の人間ならばエネルギーが枯渇すると頭も回らなくなるだろうし体も動かなくなってしまうに違いない。だが逢衣はまともな食事を摂らなくても今日の大活躍を発揮する事を可能としていた。


「江郷さんって何かよね~」

「あーそうそう、何かとかとか? ……っぽいよね」

「……そうですか」

「あっ……、ごめん、何か地雷踏んだ感じ?」


 思わぬ失言だったのだろう。逢衣の表情と声色が変わる事は無かったが、如何にも落ち込んでいる様に見えた。人間らしさは皆無であったが、存外感情を表現出来る事が可能だという事に気付いた麻里奈は驚いた素振りを見せていたが、直ぐに謝罪してその場を取り繕ったのであった。


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