瓶コーラ一本分の命
仁や美佳と別れたノアは、明理の元に戻り事務作業を手伝っていた。
「頼まれてた書類、完成しました!」
「どれどれ……おい、所々英文が混ざってるぞ」
「すみません。私、会話と読みは出来るんですが書くのが苦手でして」
「読めるだけでも十分凄いんだがな。まあ、他の仕事を――」
その時、明理の横に置かれた電話が鳴る。明理は即座に受話器を取り、耳に当てる。
「オレだ。何、討伐依頼だと? 今は七番隊が空いてるからそこに掛けてくれ……七番隊はボイコット中!? ったくあの馬鹿、二度とパワハラすんなって先週言ったばっかりだろうが……」
ばつが悪そうに頭を掻く明理。
「……待て、それだけは辞めろ。依頼ならオレが受ける。だから――」
ふと、明理とノアの目が合う。ノアは今までのやり取りから、これから自分がどんなことを任されるのかを瞬時に理解した。
「――と言いたいところだが、オレにはまだまだ捌かなきゃならん仕事が山ほどあってなあ。丁度今、オレのオフィスに民間の妖怪ハンターが来てるんだ。討伐はそいつに任せようと思う。何、依頼費ならオレが自腹で出すから安心しろ。お前らはさっさと依頼書をメールで送れ。大至急だ、頼んだぞ」
受話器を乱雑に戻す明理。それから明理は立ち上がり、ノアの隣に歩み寄る。
「討伐ですよね? であれば是非とも受けさせてください。人を食う妖怪を、長い時間野放しには出来ません」
「悪いな。そして、重ねてもう一つ謝らせてくれ。今からする討伐は誰の功績にもならない、つまりお前に何一つ利益がない討伐になってしまうんだ」
「構いませんよ。実戦形式の稽古だと思って飲み込みます」
「とはいえ、無償労働を強いるのはオレが独裁者になったような気がして不愉快だ。何か褒美を用意したい物だが……ああ、一つあったな」
明理は自分のデスクの下から一本の瓶コーラを取り出し、デスクに勢いよく置く。
「残念だが、オレからお前に権力を使った褒美は与えてやれない。だが、キンキンに冷えたコーラならやろう」
「コーラ一本、ですか」
「命を張る代価として些細すぎるのは百も承知だ。だがな、戦闘で疲れた体に流し込むコーラはうめえぞ? 言い訳がましくなるが、そんな些細な幸せのために頑張るってのも悪くないと思うんだ」
「……ふむ、悪くないですね。むしろ最高のご褒美でしょう! 好きですよ、コーラ!」
明理は微笑み、コーラを再びデスク下の冷蔵庫に戻す。
「よし、それじゃ出発の準備をしよう。そこのドレッサーの前に立ってくれ」
「わかりました――立ちましたよ」
「了解。ちょっと待ってろ……」
コピー機から紙を一枚拾い上げる明理。それから明理はドレッサーの鏡の縁を三回叩き、叩いた箇所から出てきたテンキーに数字を入力する。
入力を終えると、ドレッサーの鏡部分は即座に紫色の渦に変化する。
「これは?」
「ポータルだ。コイツに触れると、妖怪の出現報告があった周囲のどこかにテレポートする。またテレポートした地点にも簡易的なポータルが作られるから、帰ってくるときはそれに触れてくれ」
「おぉ……そんな便利な機能があったんですね」
「コイツを使えば職場から家にも一瞬で帰れるし、古くからあった鵺の設備で唯一手放しに褒められる物だ。さあ、心の準備が出来たらそれに触れ。良い報告、期待してるぞ」
「分かりました、ノア頑張ります!」
ノアは威勢良くポータルに触れると、ノアの視界は一瞬で紫一色に染まる。僅かな間それは続いたが、段々と視界は明瞭になっていく。そうしてノアが目にした光景は、ノアが予想だにしない衝撃的な光景だった。
彼女が飛ばされてきたのは、それまで見てきた和風の物とは全く違う北欧風の町並みだった。住宅と森林、そして川が同居している町並みはノアの心を強く惹き付ける。
(なるほど、この世界の全てが日本ベースに作られてる訳じゃ無いんだな。ここは……フィンランドっぽい?)
街路に目を向けると、そこは人に溢れ活気に満ちていた。大声で店の商品を紹介するキャッチ、仲睦まじく話す親子、うわごとを言いながら地面に座り込む酔っ払い。
――ここにもまた、地球と変わらぬ人間社会が築かれているんだ。
街の光景は、ノアにそんな事を思わせた。
「おねーさん! おねーさん!!」
突然下から聞こえてきたその声に、ノアは驚く。下を向くと、自分が既に大勢の子供に周囲を固められている事に気づく。
「おねーさんの服装珍しいね! どこから来たの?」
「どこ、とは?」
「ここはフィルディア! 貴女の街にも地名、あるでしょ?」
「待てよ? この子の服装、僕見た事ある! たしかハカマって言うんでしょ? この子、ヒノモトから来たんじゃないかな?」
「ヒノモトから? って事はこの子も『サムライ』なのかなあ?」
「……なんですって?」
「そんなワケ無いよ! だってサムライは――」
少年の言葉を遮るように、街路の遙か遠くの方で爆発音が発生する。音がした方を向いたノアは、五階建てのアパートを優に超える背丈を持つ――銀色の化け物を見た。
化け物はアパートを殴って壊し、今もなお歩きを止めずに居る。
「皆さん逃げてください! ここは私が食い止めます!」
蜘蛛の子を散らす様に逃げ出す子供達に目もくれず、ノアはその化け物の居る方向に駆け出す。化け物との距離が近づくにつれ、手足に当たる部分が茶色く錆びているのがわかる。
(血は付いていない、きっとまだ人を殺す前なのだろう。今ココで私が止めないと……しかしどうする? 大きさがまるで違うし、恐らく体も硬いだろう。まともには戦えない――)
その時、ノアの頭に天啓が降りる。
――体が硬い敵には、武蔵了戒を使おう。
『武蔵了戒!』
ノアの手に長い刀が現れる。それと同時に化け物もノアの存在を察知し、一歩踏み出して殴りかかる。それに対応してノアは飛び上がり、街に被害が行かないよう拳の行く先を誘導する。
(体に任せよう。コイツの使い方は、きっと体が知っているはずだ)
ノアの体は、刀で妖怪の拳を受ける事を選んだ。背丈ほどもある妖怪の拳が刀に触れたその瞬間――刀を中心に拳が真っ二つに切れていく。
妖怪が拳を振り抜く頃には妖怪の右腕の上半分が消失しており、やがて力なくだらんと垂れる。切れた半分は空中で消失し、妖怪は残り半分も自ら切り離して消滅させた。
(思い切りのある奴だ。そして……この刀の切れ味、凄まじいぞ! 恐らくとんでもない硬度を誇るであろう妖怪の体を、いとも容易く斬り捨ててしまった。切断面が再生する気配もないし、これは――)
突然、ノアは激しく咳き込み出してしまう。咄嗟に口を押さえたノアだったが、押さえていた手に大量の血がこびりついて居たのを見て大層驚く。
(なんだ、これ……そういえば体もダルくなったような。もしやこの武蔵了戒、1モーションごとに所持者の体力を削る効果があるのか!? 妖刀にも程があるだろう!)
血の付いた手を懐から取りだした懐紙で拭き取り、汚れた紙を懐にしまう。
「もう一撃で終わらせる。死ぬ覚悟を決めろ、妖怪」
ノアは妖怪の体を凝視し、三本の生命線を見いだす。再び地面を強く蹴り、空中で妖怪と相対する。妖怪は左の拳を突き出そうとし、ノアは再び刀を横にしてそれに対抗する。
(仕方ない。手間が一つ増えるのは体力的にとても不安だけど、攻撃をモロに食らって死ぬよりはマシだと思って受け入れよう)
しかし刀に拳が当たる事は無く、その直前で妖怪は手を大きく広げた。
「……なんだって?」
そのままノアの全身を握り込む妖怪。それと同時に、ノアの視界は一瞬で闇に包まれるのだった。
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