第163話 悪名轟く 2

「わかるかお嬢? この短期間でルペリオス教主を倒し、ガルシアを倒し、ルーンフェルグとの共闘とはいえ魔族を率いたカーラまで葬った。そしてそいつはエクシードにも容赦なく手を上げる荒くれ者ときた! 王国としては、そんな危険因子は今のうちに消してしまえという判断に至ったってわけさ! エクシードに逆らったという罪状はそれを正当化するための方便にすぎないわけだ!」


 そりゃなんとも……勝手な理屈だ。

 俺の世界征服の野望はさておき、今の時点で俺が王国に甚大な損害を与えた事実があるわけじゃなし。

 だが王国としては不安要素は消し去りたいということのようだ。

 まったく出る杭打つにも程があるだろ!


 ギルはゆっくりと腰を上げる。

 そのまま襲い掛かってくるのかと思いきや、武器を取る様子は無い。

 両手を腰に当て、背を反り俺を見つめたまま口を開く。

「以上、ここまでが王国の判断だ。そしてここからはオレの意見を述べさせてもらおう。お嬢、お前オレのヴァレットにならないか?」


「はぁ? な、なに??」

 意味がわからん。

 どういう理屈でその流れになるんだ??


「お待ちくださいアルティウス様。王国はユーティア・シェルバーン様を殺せと命じたはずです。勝手な判断は許されません!」

「それは違うなイリス。オレはお嬢を始末しろと命じられただけだ。殺せとは言われていない。今はお嬢の正体が掴めず危険性ばかりが取りざたされちまうもんだから、お偉いさん方も早合点をしちまうんだ。だがお嬢が王国に忠誠を誓うオレのヴァレットになれば、王国にとっても無害であると証明されるだろう。それも始末をつけたと言えると思うがね?」

 やや苦しいものの、不合理とまでは言えぬ論理展開。

 抗議したイリスも、納得はできないという表情ながらも口を閉ざす。


「こんな状況でこんなことを言うのもなんだがな、オレはお嬢のことを気に入っている。実力があり頭も切れる。そして若さゆえに自信過剰で無鉄砲が過ぎるところまで含めてな。これからの王国を背負うにはお嬢のような人材も必要と思うわけだ。だからこんなところで見捨てたくはない。なにもヴァレットになったからといって戦地に行かなきゃならんわけでもないぞ? オレは秘書が欲しいと言っていただろう? とりあえずはオレの苦手なデスクワークを手伝ってくれりゃいい。どうだ? 悪い話じゃないはずだ!」


 そしてギルはさらにことさら緊迫感を含んだ声音を俺に向け放つ。

「言っておくがお嬢、くれぐれもこの話を蹴るなよ? 一度拒否すれば後戻りはできん。オレはお嬢を本当に始末しなきゃ――殺さなきゃならなくなる。これが最大限の譲歩だ。そして間違ってもオレと戦って勝てるだなどと思わないことだ。第二等位エクシードの戦闘能力は人を超えた神の領域! ましてオレ相手に魔法士が単体で勝つ可能性はゼロだ! いくらお嬢が喧嘩っ早くとも、命知らずってわけじゃないだろ? ならば、自ずと答えは出るはずだ!」


 ギルは俺の瞳をジッと見つめる。

 まるで俺が首を縦に振るのを待ち侘びるかのように。


《受けましょうリュウ君! 良い話じゃないですか! 私はアルティウスさんのことはまだよく知りませんが、優しく誠実な方だと思うんです。なにせ見ず知らずの私達にここまで気を遣ってくださるのですから。私達にはもったいない話ですよ!》


 ユーティアは諸手を挙げての賛成派のようだ。

 ま、こんなおいしい話ならユーティアでなくても乗るだろうが。


「そうだな、従位とはいえ第二等位のエクシード。地位に名誉に高収入まで確約されたようなものだ。誰もが羨む好条件、笑いが込み上げてくるよ。クク……あっはは……あっはははぁ!!!」

 俺は天井を見上げて思わず高笑いしてしまう。


「ああ……失敬、笑ってる場合じゃなく返事をしなきゃいかん場面だったな。まぁその話なんだがな――もちろん断る!!!」

 俺は頑として言い切った!


「なっ! 正気かお嬢!! 死ぬ気か!?」

「黙れ王国の犬め! 犬コロに垂れる頭なぞ端から持っちゃいないわ! 言っただろうが、俺の目標は世界征服だとな! 俺は誰も信じないし、誰にも支配されるつもりはない! 信じたところでどうせ……裏切られるのだから! この世界はな、俺に不都合にできてやがるんだよ! 現に今もしょーもない理由で殺されかけているだろうが! だからその世界を統べるまでは止まるつもりなんてないんだよ!! お前こそ退くなら今のうちだぞ? 武器を捨て降伏するなら見逃してやる! だがあくまで俺様に歯向かうというのなら、ここで殺すまでだ!!」

 大上段に構えた俺の物言いに、ギルは眼を血走らせる。

 そして大きく息を吐き、椅子に立てかけてあったハンマーを引っ掴むとドスリと床に突き立てる。


「交渉は……決裂のようだな。ならばどちらかの命が消えるまで戦うまでだ!」

 俺を睨むその瞳には、炎が宿っていた。

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