追撃Ⅴ

 バッタの様に起伏を跳び越え、燕が滑空するかのように地面を駆けていく。

 飛んでいるユーキたちの方が圧倒的に早いはずなのに、追い付くのには時間がかかりそうだ。


「よーし。じゃあ僕たちが先に行ってくるー」

「待ちなさい、あなたたち!」

「大丈夫だよ。それになんだから、助けてあげないと!」


 そう言うや否や一気にその場から飛び出していく。遥か上に広がる大木の枝が揺れるほどの早さを出し、下に見える土や落ち葉を巻き上げた。


「クロウさんも……何かを失っている?」

「はっ、人間に生きてりゃ大切なものの一つや二つ無くすことも有るだろうさ。国を裏切ってまで抜け出してくれば、な」


 フランの呟きにマリーは、当然だとでも言いた気に目を細める。

 もし貴族である自分がクロウと同じ立場だったと考えれば、失うであろうものは計り知れない。国での活動はもちろん、家族や友人の命もないだろう。自分が生きるためには愛する者すらおいて逃げるしか手はない。

 追いかけている男は、それを実際にしてきたのだと思えば、妖精たちに迷子と呼ばれるのも不思議ではない。どんなに体や魔法が強くとも、人の心はあっさりと砕けてしまう。

 そこまで考えたとき、ふとマリーは疑問に思った。自分がティターニアに出会った時、自分もまた何かを失っていたはずだ。時間の経過で受け入れ、薄れていくことはあっても、何もかもを忘れて思い出せなくなってしまうなんてことがあるだろうか。


 ――――ドンッ!


 けして軽くはない音が響いてきた。

 別のことに気が向いていたマリーは驚いて顔を上げると、遠くの方で土煙が上がっていた。


「何だ!?」

「あの子たち……加速したまま風の魔法を使うなと何度言ったらわかるのかしら……」


 ティターニアが呆れて手でこめかみ辺りを押さえる。

 地面が抉れ、クロウの姿が見えなくなっていた。


「そろそろ、あの子の場所にも近いです。見失ったら意味がありません。仕方ありませんが、スピードを上げましょう」

「あと、どれくらい?」

「もう一分とかかりません。みなさん、少し怖いかもしれませんが我慢してください」


 先程、妖精たちが一気に加速したようにティターニアもまた加速を始める。流れていく大木の幹があまりにも早く、そして近くを通り過ぎていくものだから、耳元に届く風の唸りを感じるたびに心臓が跳ね上がりそうになる。

 操作を一歩、いや、一手誤れば即座にミンチになることは確定だろう。

 そんな早さで迫っていくと妖精が二人、嬉しそうに飛んでいるのが目に入った。


「彼はどこに?」

「聞いてよ。聞いて。あの人すごいよ。風の塊をぶつけようとしたらね。腕をブンって振り回して消しちゃった」

「彼がすごいのは、わかりました。それで、どこに行ったんです?」

「えーとね。このまま、真っすぐだよ?」


 それを聞いてティターニアは僅かに顔を歪めた。


「やはり、幻惑の魔法を突破していきますか。まずいですね」

「守りの結界を突破された、と考えてよろしいですか?」

「はい。どのような方法かわかりませんが、彼には目的の場所へ行く正しい道が見えているようです」


 ――――見えている。

 そう言われてユーキは自分の魔眼で、進む先へと目を凝らす。相変わらず緑の光に包まれているが、綺麗な青い一筋の光が、小川のように煌めきながらティターニアへと伸びているのが目に入った。

 蜘蛛の糸のように細く、普段より集中してみていなければすぐに風景に紛れて見えなくなってしまう。


「この先に……」


 クロウが探す少女がいる。

 フランは、無事に保護されることを願っているようだが、果たしてあの男がそこまで信用できるのか。ユーキの心の中ではどちらかというと否定的だった。


「……みなさん。もうすぐ着きますよ!」


 ティターニアの声に全員、気を引き締める。

 陽の光が急に射し込まなくなり、鬱蒼とした木々の合間を抜けること数秒。急に目の前に明るい空間が広がった。

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