追撃Ⅲ

「フェイ……そういうことをやるってわかってたなら、その前に一言言ってくれないかな?」

「す、すいません。これくらいしか思いつかなかったので……」

「いや、いい。結果的にさっきよりも素早く移動できる。問題はティターニアの力の消費がどれくらいかかるかだが……」


 アンディは冷や汗を拭う。体全体を綿のようなものに持ち上げられる感覚に戸惑いながらも体を預けた。十数秒で全員が落ち着いて脱力してからは彼女のコントロールも更に上手くなっていく。


「ご安心を。ただの妖精時代ならまだしも、これくらいの力があれば疲れることはありません。それに、他の妖精たちも手伝ってくれてますから」

「え? 他の妖精もいるの?」


 慌ててサクラが見回すが、その姿は見当たらない。

 どんどん流れて行ってしまう地面や風景に、眼の処理が追い付かず蜃気楼のような妖精の姿を見つけられない。

 そんな中でユーキだけは魔眼を開くことで、妖精の姿を見ることができた。


「あ、迷子の人間だ。今度は僕たちが見えるんだね?」

「今度はってことは目覚めたときにいたのは、君たちか……!?」


 手のひらサイズかと思っていた妖精は幼稚園児くらいの大きさで、ユーキの周りを飛び回っていた。唯一人間でないと判断できるのは、その背中に着いた透明な羽があるからだろう。


「せっかく、遊ぼうと思ってたのにお迎えが来ちゃって残念だなー」


 もう一人の妖精も反対周りでユーキの周りを飛び回る。

 二人ともティターニアと同じ金髪に森の深緑を思わせるような緑の瞳だった。


「ユーキには、見えるの? 羨ましい」

「普段から人間には姿を隠しなさいと教えているの。この件が一段落したら、姿を見せるように伝えます」

「やった!」

「アイリス様。目的を間違えないでくださいね」


 メリッサが忠告するが、アイリスの思考は若干逸れてしまっていた。そんなアイリスの近くには見えていないが手のひらサイズの妖精が舞い踊っていた。


「妖精って色々いるんだな」

「そうですね。植物の大まかな種類で大きさが決まります。何故か、髪の色と目の色はみんな同じなんですけどね」

「おなじーおなじー。なかまーなかまー」


 ユーキにしか聞こえない大合唱が響く。

 そんな中で最初に話し掛けてきた妖精が心配そうに袖を引っ張った。


「でも、このまま出てったら危ないよ。また迷子になっちゃいそう」

「うーん。まぁ、それでも何とかやっていくしかないからね」


 大切な物を失ったままだが、むしろここから出て行かないと戻る道筋は見つけることができない。妖精の心配はありがたいが、ここに留まるわけにはいかないのだ。


「いえ、それでは間に合いません」

「もしかして、もう女の子は連れ去られちゃいましたか?」


 ティターニアの焦った声にフランは心配の声を挙げる。だが、今の声は他ならぬユーキに向けられたものだった。


「ユーキさん。あなたは自分が失ったものが何か気付いていないのですか?」

「え? 俺は自分の故郷への帰り方がわからないというか。記憶喪失みたいなものなんだけど……」


 いつだったかサクラたちにも言ったように記憶喪失だと誤魔化すユーキ。だが、ティターニアは大きく頷いた。


「はい、その通りです。記憶をどんどん失ってはいませんか?」

「……えっ?」


 一瞬、何を言われているのか理解できなかった。

 絶句するユーキに向けて、ティターニアは言葉を紡ぐ。


「それだけとは限りません。感情や感覚、そう言ったが、いつの間にか消えていませんか?」

「感情……感覚……?」


 混乱するユーキだが、それは周りも同じだった。

 話についていけなくとも、ユーキの身に何かが起きていることだけは察することができた。


「ユーキさん。本当に何ともないの?」

「あ、あぁ、特に思い当たることは――――ない」


 そう思いながらも、即座に言い切ることがユーキにはできなかった。

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