迷子Ⅴ
「おいおい、一体どうしたんだよ」
マリーはユーキを受け止めながら、振り返ってフェイの方を見る。
だがフェイはマリーの言葉には反応せず、前を見続けていた。
「おい、フェイ。何が――――」
「マリー、静かに! 中のカーテンも閉じて!」
短く一言。話していることすらも知られたくないかのように告げたフェイは、雨を凌ぐための皮でできた覆いを窓にかけて見えなくした。
それを聞いて、クレアとメリッサが何かを察したのか。すぐにカーテンを閉じて外界との視覚情報をシャットダウンする。
ユーキはいきなりのことについて行けず、呆然と成り行きを見守っていた。
最初は豪華な馬車なので盗賊などの襲撃かと思って身構えたが、矢の風切り音も剣戟の金属音も聞こえてこない。
「……ウンディーネ。外の様子とかわかるか?」
「(……やめておいた方がいいです。下手に動くと面倒なことになりかねません)」
まるで何が起こっているかを知っているような口ぶりに疑問に思っている間に、馬車が再び動き出した。
だが、その速度は非常にゆっくりで、止めるべき場所を探しているようでもあった。暫くして馬車が停まると、フェイが窓の覆いを外す。
「すいません。お待たせしました」
「フェイさん。何かあったんですか?」
フランが不安そうに聞くと、フェイは困ったように頬をかいて目を逸らす。
あからさま過ぎる動きにどう反応していいか迷っていると、その答えはすぐにアイリスが見つけた。
「すごい……外が真っ白」
「え? 本当か?」
ユーキは驚いて、カーテンを開け放つ。
最初はこんなに暑いのに雪が降るなんて、と異世界の恐ろしさに震えそうになったが、その正体は地面ではなく空間全体に存在していた。
「霧、ですね」
雪ほどではないが、夏に霧というのは標高が高いか。或いは寒流がある海が近いなどの特殊な条件でもなければ起こらないだろう。
「なるほど、視界が悪くなったので速度を遅くして、隊列を纏めていたんですね」
「はい。不安にさせない様にと努力はしたんですが」
「大丈夫です。ただの自然現象でしょうし、特に問題はなさそうですね。ただ、このままだとホットスプリングスには、辿り着けそうにありません」
クレアは最初から不安そうにしていたが、マリーも途中で何かに気が付いたのか。顔が青くなり始めた。
「おいおい、冗談じゃないぞ。こんなところで立ち往生とか……」
「マリーさん、何言ってるんですか? 昨日なんてダンジョンの目の前で、しかも森の中だったから、外は虫が凄かったじゃないですか。魔法使って虫除けの臭い玉を撒かなかったら大変でしたよ。それに比べれば、まだここはマシじゃないですか」
フランの言うことはもっともだ。昨日の晩御飯の時には酷い臭いを嗅ぎながら食べることになったので、正直に言えばユーキも森の中で寝泊まりするのは馬車があっても御免被りたいと思っている。
「そ、そうなんだけど、それとこれとは話が別でさ」
「……地図のドクロマークの近く、ってことだよな」
「うっ!?」
ユーキは動揺しているマリーに狙いを定めた。
このまま通り過ぎてホットスプリングスに辿り着けるのならば聞くつもりはなかったが、そうもいかなくなった。
季節外れの霧にフェイたちの不審な動き。クレアとマリーの焦りようからすると、場合によっては命に関わる事態になりかねない。
「何かマズイことが起こっているなら、俺たちにも聞く権利はあるはずだと思うんだけど? このまま放っておいて、知らない間に命を奪われるとか嫌だしな」
そうユーキが伝えるとクレアとマリーは顔を見合わせて、黙ってしまう。
フェイも御者台側から二人の様子を見守っていたが、ユーキの右隣りから反応があった。
「クレア様、マリー様。こんなことが起こってしまっては、みなさんが心配なさるのも無理はありません。余計に怖がらせる可能性もありますが、何も知らないでパニックを起こすよりはマシでしょう?」
「そ、そうだな。その通りだ。本当は絶対に言いたくなかったんだけど、知っている人が多い方が心強いしな」
手を握りしめ、覚悟を決めようとマリーが目を閉じて何事かを呟いている。
余程恐ろしいのだろう。事情を知らないユーキたちは固唾を飲んで見守ることしかできない。
「マリー、無理なら言ってもらった方がいいんじゃない?」
「いや、これはあたしか、姉さんにしかわからないことなんだ。それに温泉に行きたいって言うわがままを相談したのはあたしだし、大丈夫だろうって安易な考えをしちまったのもあたしだ。だから、これはあたしが言わなきゃいけないことなんだ」
一息に言い切ると、腹が決まったのかマリーが目を大きく見開いた。
「……出るんだよ。ここら辺」
「出るって何がだよ。魔物か?」
「違うって。魔物なら魔法で吹っ飛ばしてやるよ。でもな、ここで会うならまだワイバーンの方がマシだ。アイツらには魔法が効かないんだ」
ユーキは頭の上に疑問符を浮かべていると、その怯え方で何か喉元まで出かかっているような感覚に襲われる。このような怯え方をして、攻撃が効かないトラウマレベルの存在となるとユーキにも一つだけ想像できる存在がいた。
「まさか……それって……」
「出るんだよ! お化けが!!」
ユーキの言葉を待たず、マリーが言い放った。馬車の中なのになぜか、山彦のようにエコーがかかって、何度もマリーの言葉がユーキたちの脳へと耳を通って入力されていく。
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