早起きは三文の徳Ⅵ
悶々とする中でユーキがどうしようかと悩んでいると、不意に妙案が思いつく。
「(俺が出て行かなくても、サクラたちが出て行くのを待てばいいじゃん!)」
自らリスクを背負って出て行く必要などない。そんなことをしなくても、必ず出て行くのだからそれまで息を潜めていればいい。
そう思いついた途端、ユーキの肩から力が抜ける。後はのぼせない様に、じっとしていればいい。
岩で後頭部を冷やしながら音を立てない様に息を潜める。
そんなユーキを嘲笑うかのように、アイリスの口から飛び出た一言にユーキの心臓が口から飛び出そうになる。
「サクラ、あの岩冷たくて気持ちいい。潜って熱くなったから、ちょっと行ってくる」
「あ、私も行ってみたいです」
「じゃあ、私も行こうっと」
ザバザバとお湯をかき分ける音が近付いてくると、再びユーキの心臓の鼓動が早くなっていく。
揺れるお湯に明らかに床と違う色が反射して、それだけ近くに三人が来たことが分かる。覗き見ると僅かにサクラかフランの肩が見えた。
髪の色からして、恐らくフランだろう。岩を挟んで入口側からサクラ、アイリス、フランの順に背を預けているようだ。
これ以上、アイリスが移動しないように祈りながら目を閉じる。
「(マズイな。三人より長く風呂に浸かってるせいで、くらくらしてきたぞ。立ち上がって冷ましたいけど、この距離だと確実に気付かれる)」
それでも倒れたら洒落にならないので、岩に体を預けながら徐々に体を湯から出していく。
体からも湯気が立ち上り、多少ではあるが楽になった。
「(普通、こんなことがバレたら、今後みんなと合わす顔がないよな。そして、確実にフェイにやられる未来が見えてる、マジで!)」
正直、覗きたい気持ちよりも自己保身の気持ちが勝ってしまっている。どうにかこの場から救われたい。その気持ちだけでいっぱいのユーキの頭の上に、お湯で濡れた何かが落ちてきた。
その感触を感じた瞬間に、ユーキは全てを悟った。この時のユーキの脳裏に人生で計算したどんなものよりも早く、次の結果が浮かんでいた。
「あ、あっちに行っちゃった」
「もう、アイリス。タオルは投げて遊ばないの。しょうがないなぁ――――」
飛んでいったタオルを追って、サクラが身を乗り出した先には、顔面にそれが張り付いてしまっているユーキの姿があった。
「――――え?」
「……………………」
目の前の光景に脳の処理が追い付かないのだろう。
サクラの口から間抜けな声が漏れる。
「どうした、の?」
サクラに拾いに行かせるわけにはいくまいと、後を追ってきたアイリスもまた、サクラと同様に動きを止めてしまう。
その表情は、困惑とも羞恥とも言えぬ複雑な表情をしていた。
「どうされたんですか? もしかして、こっち側に落ちたとか?」
二人がなかなか戻ってこないので、反対側から身を乗り出したフランも、目の前の光景に固まる。
三人の中での判断基準としては、男の人がいるけれど(今この瞬間は)裸を見られたわけではないので、悲鳴を上げるかどうかの微妙なラインにいる。
もし、ここでなんらかのアクションをユーキが起こせば、間違いなく悲鳴が響き渡る可能性が高い。それでもユーキはここで意を決して口を開かなければならなかった。
「見てません! けど、ごめんなさい!!」
両手を挙げて降参の姿勢を取りながら、ユーキは謝罪する。
誤解は後で弁解できるが今は謝るのが先決だ。なぜならば、この四人の中で被害があるのはどうあっても、ユーキ以外の三人しかいないからだ。
「三人が来てから、出るに出られずここにいただけです。ごめんなさい!」
弁解をしながらも最後の締めは謝罪で終わる。目を閉じているため、三人がどんな表情をしているかわからないが、ユーキにはもうこの場では謝ることしかできなかった。
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