存在否定Ⅲ
日本の伝承に桃太郎という話がある。
道中でお婆さんから貰ったキビ団子を渡すことで家来にした猿・雉・犬と共に、鬼ヶ島に住み着く鬼を退治しに行く話だ。
猿と犬はまだしも雉では戦力不足なのではと思ったこともあったが、とあるテレビ番組での言葉が印象で、記憶に残っていた。
鬼の特徴を挙げるならば、筋骨隆々とした体にモジャモジャ髪。頭から生えた牛の角に虎柄のパンツ。これは方角の丑寅を意味して、別名を鬼門という。ほぼ逆の方角にあるのは裏鬼門。すなわち、申・酉・戌である。
正反対の位置にあるモノをぶつけ合うことで相手を倒すという話だった。つまり、戌の反対にいるのは――――
「――――辰。つまりドラゴンのことだと思うんだけど、サクラはどう思う?」
「確かに、正反対の位置にある場合、お互いに反発する関係にあるけど……。フランさんはドラゴンじゃ……」
「いや、正確にはあのペンダントだ。あれはドラゴンの炎によって魔力が溜め込まれている。逆に言えばドラゴンの魔力を使って発動した炎は、ドラゴンブレスと同じといってもいいんじゃないかな?」
ユーキの大胆な予想に、サクラは悩みながらも頷いた。
「実際に効果が出てるわけだから、フランさんの魔法には渾沌を倒す力があるのかも」
「……となると、問題は手数か。あまり魔力を使い過ぎたら、本末転倒だし何かいい手は……」
魔力が枯渇して吸血をしたくなってしまっても困る。そうなれば彼女が人間と一緒に住んでいくという選択肢が消えてしまうからだ。
しかし、それでもフランは杖を握って前に出た。
「いえ、やらせてください。まだ、この宝石には魔力がたくさんあります。さっきまでは怖くて使えませんでしたが、私の魔法で倒せる可能性があるのなら頑張ります」
「おい、フラン。あまり無理すんなよ!?」
マリーが心配して声をかけるが、フランは微笑んでいた。
「今度は私がみなさんを助ける番です」
大きく息を吸い込んだフランは詠唱を始める。
「『燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ一条の閃光なり』!」
マリーに比べると弱々しく見える火球が渾沌へと激突する。
多くの黒い泥が白い灰へと変わり、赤い斑点はあっという間に小さくなっていく。そんな状態の渾沌にフランの火球が連続で衝突し始めた。
一秒に三発ほどの小爆発が起き、その度に渾沌の体が散っていく。炭に風を送りつけると赤くなるような具合に、ユーキの魔眼にはどんどん傷口が白くなっていくのが見えていた。
「おい、フラン! それはヤバいって!?」
「だ、大丈夫です。以前よりは制御できてますから……!」
杖から放たれる火球は詠唱もないのに、銃の連射でもしているような速さで火球が放たれている。リズムよく一定の間隔で放たれるそれは、瞬く間に渾沌の体を燃やしていく。
「前に見た時より、火球の数も少ない。本当に制御できてる、かも?」
「わ、私も魔法学園で短い間ですけど、特訓してたんです! あわわ!?」
話し掛けられて集中が乱れたのか、二発ほど狙いが外れてしまっていたが、即座に修正する。慌てて杖を叩き落とされていた頃に比べると表情にも余裕があった。
驚異的な威力を誇った尻尾も燃え尽き、残りは頭部と前脚くらいになったとき、フランの火球が止んだ。
「どうしたの!?」
「す、すいません。ルビーからの魔力供給が追い付かなくて……何か手の感覚が……」
震える右手から杖がするりと抜け落ちた。
足にも力が入らなくなっているのか、膝からがくんと崩れ落ちる。
「フラン!」
「マリーは攻撃して、私が、見る」
アイリスが駆け寄ろうとしたマリーを押し留めて、倒れたフランを抱き起す。
「ごめんなさい。まだ、練習不足だったみたい」
「大丈夫、フランのお陰で、かなり小さくなった。休んで、回復したら頑張って。それまでは私たちが、時間を稼ぐ」
アイリスがフランを抱き止めながら渾沌へと杖を向けた。
その時、渾沌の閉じられた瞳の奥が光る。それと同時にアイリスの全身に鳥肌が立ち、蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまった。その原因である渾沌は、もはや動ける状態でないのに嗤っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます