渾沌、七竅に死なずⅥ
土塊や岩が上からパラパラと落ちてくる中で、ゆっくりと前に翳していた両手を下げていく。
そこには今までとは比較にならないほどの砂が舞い、ほとんど前が見えない状態だった。
「さ、さっきの化け物は……?」
フランが怯えながら問うとビクトリアは杖を構えたまま、土煙の向こう側を凝視する。
「正直、あれで倒せるほど甘い相手ではないと思いたいわね」
そう告げた瞬間、土煙に動く影が映った。
無言でビクトリアが火球を放つと、一瞬のきらめきと共に両断される。川の向こう側からそのまま飛び移る影を見ていると、それが伯爵とフェイだったことが分かった。
「おい、せめて姿を確認してから撃ってくれ」
「大丈夫よ。あなたならちょっと骨折する程度の威力で撃ってるから」
「それ、十分危ないからな……」
伯爵は担いだフェイを降ろすと、まだ煙の晴れない向こう側を見る。
何度も打ち合った。いや、何度も攻撃を弾かれたという手に残った感触が、伯爵に警戒を解くなと言っていた。
「あれは……まだ生きてるだろうな」
「あれだけの威力でも、まだ足りませんか?」
「あぁ、ありゃ、かなりの化け物だ。ダンジョンの深層にも滅多に出ないレベルだ。王族の近衛部隊とかも総動員しなきゃいけないくらいの、な」
片腕をぶらぶらさせながら緊張と疲れをとろうとする伯爵。まだ、体は動くようだが、表情から長く戦える状態ではないことがわかる。
そんな中でウンディーネの声がユーキの胸元から響いた。
「川の水を操って索敵しました。恐らく、渾沌と思われる犬の残骸を確認できます。……まだ動いているようです」
「誰でもいい! 風で土煙を吹き飛ばせ! 奴の姿を視認するのが最優先だ!」
伯爵の掛け声でビクトリアを始めとして、何人かの騎士が風を巻き起こす。
だんだんと晴れて行く土煙。その中に黒い歪な姿が移り出した。
「う……あれは……!?」
そこには思わず目を背けたくなるような光景が広がっていた。
立ち上がろうとする渾沌。その四肢は未だ健在だったが、首の根元から尾の付け根に至るまで。胴のほぼすべてが吹き飛んでいた。首の皮一枚で繋がるという言葉がこれほど適している状態はないだろう。
それよりも恐ろしいのは、その弾け飛んだ胴体部分だ。傷口が黒い液体のように波打ち、周りへと零れ始めている。
それに留まらず、地面に零れた液体からはタールまみれになったような腕や足が生え始めていた。遠目で見て判別できるのはそれくらいだが、近くで見れば、他の部位も見えたかもしれない。
立てない渾沌は這いずるように伯爵たちの下へと少しずつ近寄り始めていた。そして、近づくにつれて、渾沌から何か音のようなものが聞こえることに気が付く。
「何か……。聞こえないか?」
「さっきの、犬の、嗤い声、かも? 気持ち悪いし、聞きたくない」
アイリスが思わず耳を塞いでマリーの後ろへと隠れる。
クレアがアイリスの頭を撫でながら杖を構えた。
「これでダメージを与えられることは確定したね。復活する前に、さっさと攻撃を再開し――――」
「――――それでは、ころ、せない」
渾沌が初めて人の言葉を話した。
正確には渾沌の傷口からあふれ出た泥の中にある顔の一部が話し始めたのだ。
「あれは……さっきいた指揮官か……?」
「こいつには……二重の不死の力が、ある。渾沌としての、再生能力。もう一つは、戌、としての再生能力……!」
泥の外の部分からも顔のようなものが出現し、苦悶の声を上げる。いくつかの腕が話している顔へと覆いかぶさり始め、これ以上話せない様にしようとでもしているかのような動きを見せる。
「寅と午がある限り、三合火局の陣は破られ、ぬ。せめてどちらかを、潰し、て――――」
それ以上の言葉は、複数の腕に顔を沈められ聞くことができなかった。
そして、渾沌は川の反対側まで辿り着こうとしていた。
「私が一番機動力があるわ。他の所にいる騎馬だか虎だかを倒してくれば、あいつは倒せるのかしら?」
「はい。三合火局は確かに寅と午が合わさることで完成します。まさか、二つが揃っているだけで、三つ目を強引に呼び寄せるだなんて、そんな都合のいいことがあるはずが……」
「もしかしたら、ダンジョンの召喚の仕組みも使われているのかもしれないです。帝国にそこまでの技術力があるかどうかはわかりませんが」
サクラとフランの話を聞いて、ビクトリアは飛び上がった。ついでとばかりに渾沌に火球をプレゼントしながら。
「今から潜んでいる敵を探してくる。殺し尽くすか、最低でも足止めをお願い!」
「おいおい、ここからさらに耐久戦か? 勘弁してくれ」
文句を言いながらも伯爵は剣を構える。
「こっちに侵入してきたら、思いっきり吹っ飛ばしてやる。それまで、全員撃って撃って撃ちまくれ!」
「了解!」
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