内通者Ⅱ
後ろの馬車でアイリスの腋と額へ、急拵えの氷嚢を設置する。意識が朦朧とはしているものの返事をすることができるくらいにはなっていた。
「なるほどね。汗で出た塩を補充できるのか。こんな乾物のどこがいいんだと思ってたけど、先人の知恵ってやつはすごいねぇ」
「ユーキさんって、物知りだね」
「いや、偶然知ってただけだよ。偶然ね」
「魔法使いの学生さんが倒れたと聞いたんですが、大丈夫ですか?」
苦笑しながらユーキが誤魔化し方を考えていると、馬車の
「アルト様。いくら何でも不用心です」
「私たちを守るのが役目とはいえ、ただじっとしているのは、我慢なりません。少しでもお力になれればと……」
アイリスの隣まで歩み寄り膝をついて胸の中央へと両手をかざす。一言呟いたかと思うと、アイリスの体が薄く白い光に包まれる。
「これは、いったい……。治癒魔法とは違うように見えます」
「これはただの祈り。私ではなく天の神々が授ける奇跡……いうならば神聖魔法と呼ぶべきものでしょうか」
「なるほど。貴族の娘さんと聞いていたけど、教会の巫女さんが身代わりとは世も末だ」
「……ワイアット」
「はいはい。大人しくしてますよ」
翳していた手を下ろすと、微かにではあるがアイリスの頬の赤みが引いていた。ほっとするユーキたちをじっと見つめた。最初に、その視線に気付いたのはマリーだった。
「あたしの友達を助けてくれてありがと。それで、巫女さんは何か?」
「いえ、馬車の中に先程の会話が聞こえてきていたので」
「先ほどの襲撃者で、まだ問題が残っていると言っていましたね」
女騎士が鋭い目でワイアットを睨んだ瞬間をユーキは見逃さなかった。当の本人は聞かれていたことに気付いていなかったのか、渋い顔をしている。
「私のせいで誰かに迷惑をかけたくはありません」
そのまっすぐな灰色の瞳には力強い意志が感じられた。サクラやマリーが戸惑っているとワイアットが口を開いた。いつの間にか、ワイアットからも笑みは消えていた。
「そういえば、まだ問題の途中だったな。ユーキ、お前はどう思う?」
「この護衛集団の中に裏切り者がいる、と感じた」
ワイアットは口笛を鳴らして、それ以上は何も言わなかった。逆に隣の女騎士は聞かなければよかったと頭を抱えている。意外なことにアルトは慌ててはいなかった。
「騎士団が護衛しているというのに、襲撃するデメリットの方がはるかに上回る。おまけに一撃目は森の中からの狙撃。突発的な行動とは思えない。緻密な計画を立てないとできないでしょう。――――暗殺計画ともなれば」
「あまり、外で吹聴しないでもらいたい。隊の士気に関わる」
「そうですね。軽率でした」
女騎士が目を細めて忠告する。抜き身の刀のような佇まいに、一瞬だけユーキは身震いする。
「(ま、誰かもわからないのに裏切り者だなんて、迷惑以外の何物でもないよな)」
「いずれにせよ。今日の日没より前には町に入れる。今は少しでも前に進むんだ。アルト様、あとは我々が見ますので、お戻りください。あちらの馬車の中の方が涼しくて快適でしょうから」
「……わかりました。よろしくお願いします」
女騎士は周囲を警戒してアルトを幌から連れ出した。
しかし、ワイアットはユーキの方をじっと見て動かない。先程から笑ったり、真面目になったり、無表情だったりとコロコロ顔が入れ替わる。
「アルトのいる馬車って涼しいのか?」
「まぁ、水の魔石とかを使っていればできると思うぜ」
マリー曰く、本来は魔法の効果を増幅させる役目があるのだが、貴族の中には魔力を蓄えた結晶体である魔石を使って、冷房や暖房の代わりに使っている人が多いらしい。アイリスも一緒に休めれば、と考えていたところをサクラが話を元に戻す。
「それで、怪しい人は誰なの?」
「言った所でどうもできないから言わなかったんだ」
魔眼のことなど自分の主観でしか説明できない状態なので言葉に困ってしまう。どんなに確証はあっても、それを提示できないのはナンセンスだ。
「一応、言うだけ言ってみろよ。もしかしたら、大当たりかもしれないだろ」
「先入観をもって見ると視野を狭めます。あまり得策ではないかと」
「でも糸口になるかもしれないだろ」
ユーキは目を閉じて考え込む。もうすぐ出発の合図がかかってもおかしくない時間がた経っている。もし、その人物を当人に知られないようにするならば、今この瞬間が最適だろう。
「俺が疑っているのは――――」
五分後、予定より遅れて護衛部隊は出発した。
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