見えざる魔法円Ⅱ

 久しぶりに借りている宿屋の硬いベッドに俯せに倒れこんだ。少しばかり埃っぽい臭いが鼻腔に侵入する。


「(やっちまったああああああああああああああああああああああああ…………)」


 人の間違いは指摘する癖に自分の間違いは放置する。間違ったことは嫌いとしながら自分の間違いを直そうとしない(直せない)自己中心人間。論理的に考えても感情で動いて迷惑をかける。その難儀な性格と癖と特性のせいか、周りの人間関係はあまりよろしいとは言えなかった。

 ――――いわゆる「ほぼボッチ」である。

 子供の頃からの自分と何も変わっていないではないか、と自分のやらかしたことに頭を抱えるユーキであった。大学時代はいい友人に恵まれ改善傾向にあったが、それまでの自分はある意味、黒歴史である。

 こちらに来てからも、その片鱗が出ていなかったわけではないが、確実に今回のは歯止めが利いていなかった。

 ため息を吐いて、オーウェンとのやりとりを思い出す。





 ユーキの言葉が彼の何かに触れたのだろう。目の光が一瞬消えたのを、その場にいた者は見逃さなかった。特にアイリスなんかは、いつもの能天気そうな顔からは想像もつかないほど怯えていた。


「――――聴講生には単位認定が行われない。しかし、聴講生という立場にありながら何も習得できなかった、というのでは学園の、いや我が国の沽券にも関わる。この国の未来を担う貴族として、それは見逃せない。最低限、学んだ成果というものを見せてもらおうか」

「それも結局そちら側の強引な主張なんだけどな」


 でも――――と、ユーキは思った。議論ではないにしろ、公爵級の相手がそれなりに具体的かつ公平な条件を出してきている。ここで跳ね除けるのも簡単だが状況としては最悪だ。

 相手が出せるすべて、ないし条件を提示して断った場合、相手からの歩み寄りはあり得ない。そうなると和解のためには、相手が出した以上の条件を提示しないといけなくなる。それは身分が離れれば離れるほど顕著だ。

 或いは、それより上位の者からの圧力で取り消すことも考えられるが、公爵に連なる者ならば、ほとんど起こり得ないことと考える方がいい。

 何より、「見下されている」感覚がして腹が立つ。世の中が正論だけで成り立つのなら、とっくに滅びるか息苦しい世界になっているだろう。

 逡巡の後、ユーキは相手の妥協点を受け入れることにした。気付かれないように深呼吸を一度ゆっくりして、オーウェンを見返した。


「一応、聞きますが、やり方はどのようにするんです?」

「君が参加している科目はこちらで把握している。『魔法基礎理論』、『魔法陣形成理論』、『初級魔法実践学』の三つの筈だ」

「――――聴講生如きの受けてる科目を覚えているなんて……。準備がいいですね」

「――――誉め言葉と受け取っておこう」


 二人の間で火花が散ったのを周りにいて者たちは見逃さなかった。いつも強気なマリーは、もはや気が気でなくなって涙目になるほどだ。


「それぞれの科目で過去三年間に出た試験内容から一つずつ、計三つを君に受けてもらう。その内、二つが及第点になるなら我々も聴講生として認めよう」

「…………いいですよ。期日はいつにしますか」

「学園のテスト週間と同様、五日間を経た後に試験を行う。出題数も少ないし、詳細な時間はそちらに合わせよう。明日には君のところに試験に必要なものと過去三年分の試験問題くらいは届けよう。何か希望することは?」

「では五日後の正午に、ここに集合ということにしておきましょう。他に何かあれば伺います」


 余りにも丁寧かつ良すぎる条件に裏があるのでは、とユーキは疑ってしまう。必然的に、若干にらみ合う形でお互いに見つめあった後、オーウェンは踵を返した。


「よろしい。…………二人共、他の役員を呼んできてくれ。次の仕事を終わらせよう」

「「はい」」


 オーウェンは、そのまま振り返ることなく生徒会役員たちと共に姿を消した。

 姿が見えなくなってからマリーがユーキの胸元を掴んで前後に揺すり叫んだ。


「お、お前。公爵家相手に喧嘩売ってんじゃないよ。心臓が破裂するかと思ったぞ、この野郎!」

「ああああああああああ」

「そ、そうですよ。いくら何でも無謀すぎます」


 マリーとフランは、この国の貴族に詳しいからか、その心配ぶりは異常だった。尤も、この世界ではそれが当たり前の反応なのだが。

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