非才は時に才と成るⅥ

 学園長の部屋を出た後、ユーキとサクラの間には気まずい空気が漂い、沈黙の時が過ぎた。

 どちらも扉の前で立ったまま動かず、ユーキはサクラの横顔を恐る恐る覗く。


「――――しました」


 正面を見据えたまま、サクラは呟いた。


「心配しましたよ。ユーキさん」


 目尻には涙がたまっている。でも、その表情はいつになく真剣で怒っていた。


「その、すまない。俺もこんなことになるなんて思ってなかった」

「ガーゴイルに連れ去られるユーキさんを見て、心臓が止まるかと思いました」


 自分の不注意で、こんなにも心配させてしまったことにユーキは罪悪感を感じた。そのまま、サクラは続けて言う。


「――――私が、何で怒ってるかわかりますか?」


 俯いたサクラの表情はユーキからは見えない。先ほどたまっていた涙が一つ、二つと床へとシミを作る。


「その……サクラのいないところで、あんな風に魔法を使ったからか?」


 サクラは首を縦に振った。


「はい。ユーキさんは危ないことをするような人ではないし、無茶もしないだろうと思っていました。でも、一歩間違えれば大怪我をしていたかもしれないんですよ」


 たった数日の付き合いなのに、ここまで心配してくれるサクラに、ユーキは申し訳なさで気持ちがいっぱいになる。


「その……俺が軽率だった。危険なことをしないとは言いきれないが、できるだけこんな行動はとらないようにするよ」


 袖口で涙をぬぐったサクラは覗き込むように顔を見てくる。黒い瞳に自分の顔が映るのが見える。


「約束できます?」

「あぁ。もちろん」


 サクラは頷いて、小指を差し出した。これはおそらく、小さいころからユーキも経験したことのあるだろう。ユーキも同じように小指を差し出した。


「ゆーびきーり、げーんまん、うーそつーいたらデテル薬草のーます! ゆ――――」

「――――待った」


 ユーキは離そうとした指に力を入れて、もう一方の手を上げる。

 彼女は今何と言ったか。聞き間違いでなければ、最上級の薬草の名前だったはず。ユーキとしては、なぜそれがここで出てくるのか理解できなかった。


「危ないことしたら怪我すると思うし、回復させないとまずいですよね?」


 当たり前のようだと言わんばかりに返答があった。こんな時まで優しいとは、聖女か何かなのかもしれない。


「あ、ただし、デテル薬草自体はすごい苦いらしいですよ。あと、すごく高いです。多分」


 前言撤回、天然腹黒聖女という称号がユーキの中で彼女に与えられた瞬間だった。返答後でも表情を変えないサクラはきっと大物に違いない。

 その後、ゆびきりを終えて、毒草地帯へと向かう。年季の入った壁からは、ほんの少しカビのような臭いが漂ってきた。

 階段を下り、そのまま外に出れるかと思ったら、廊下で隣の塔へ。また、下ったと思ったら更に違うところの階段へと続く。

 冷静に考えてみれば、一番高い塔に直通の階段を作るということは、敵に攻めてくださいと言っているようなものだ。それ故に入り組んでいるのだろうが、外に辿り着いた時には十分くらい経過していた。

 もし、学園長室に呼び出されようものなら、次の授業へは遅刻を覚悟しなければならなそうだ。

 そんな話を振るとサクラもいつものような笑顔に戻り、会話も弾み始めた。そのまま、サクラがいないときの依頼の話などにも会話を広げると、サクラの食いつきもよく、王都の外の話になると普段出れないためか、真剣に話に耳を傾ける。


「へー、そうなんですか。この都市から離れていないところに生えるなんて、珍しいこともあるんですね」


 先日のレプロテル薬草をクレアに教えてもらった時のことを話すと興味津々な辺りは、普段から魔法などに触れる人間は新しい知識に貪欲なのかもしれない。そんな話をしているときに、ふと気づいたことを口にした。


「そういえば、サクラって、会ったときには敬語をあまり使ってなかったけど、急に使いだしたよね」


 クレアにタメ口を使うように言われたことを思い出して気付いた。きょとんとしていたサクラだったが、途端にばつが悪そうに笑う。


「ほら、ユーキさんって魔眼持ちで苗字があるじゃないですか。もし、どこかの偉い人だったら大変なことになっちゃうなーと思いまして」


 昔の日本でも苗字を名乗るのが許されたのは武士や貴族だった――――というようなことが教科書に書かれていたような気がした。

 サクラは一緒にギルドでプロフィールを見ていたはずだ。確かにそういう事情なら、身分として相手が各上の貴族だった場合は、相手によってまずいことになる。

 慌てて、ユーキは目の前で掌を振った。


「安心してよ。俺はただの平民と同じだよ。むしろ、そういう意味じゃ俺の方が敬語を使わなければいけないんじゃないの? コトノハさん?」


 ルーカスがサクラを呼んだ時の名前は「ミス・コトノハ」だった。つまり、彼女のフルネームはサクラ・コトノハになるはずだ。


「私は代々家が魔法使いの家系なだけで、そう名乗っているだけで身分は没落貴族のようなものです。『言の葉』――――つまり詠唱をする『言葉』を扱う家ということで付けられた苗字だそうです。だから、今まで通りに接してください。じゃないと、本当に怒っちゃいますよ?」

「そうか、お言葉に甘えさせてもらうよ。サクラも楽な話し方で大丈夫だよ」

「あはは、最近ユーキさんには敬語しか使ってなかったから元に戻るかなぁ?」


 その後、毒草のある場所に辿り着き、他愛もない話をしながら門までユーキは送ってもらった。どうやら当分、サクラに頭は上がりそうにない。

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