非才は時に才と成るⅣ

 気付けば、日は高く上り、正午になる直前くらいだった。

 腕を半分泉に突っ込み、倒れている。なぜ自分が倒れているのか、意識が覚醒しきっていない頭で数秒間、その姿勢で考えた後、飛び起きた。

 

 「(魔力が枯渇する感覚だったが、魔法は行使していない。物理的に殴って気絶させたのなら外傷があるはず。それでもないなら、魔法を使われたとしか考えられない)」


 剣を握るため、右手を腰に持っていきかけて、開いた手から何かが零れ落ちた。緑の草の合間に転がったのは、青い透き通った石だった。掌に収まるかどうか程度の石は太陽の光を受けて煌き、掌へ青い光を浮かばせている。

 もはや日常になっている魔眼による検査を石にも行うことにした。魔眼を開くと今まで見た薬草とは段違いの勢いで白い光が放出される。暗闇でいきなりスポットライトで照らし出されたかのように、網膜が焼け付く。思わず、魔眼を閉じて石を握りこんだ。

 きっとギルドに持っていけば、何やら凄い回復剤として引き取ってくれそうな気がする。

 しかし、ユーキはそれをマズイと考えた。


「(クレアが言ったのはあくまで、薬草であって石の話なんてなかった。そして俺のランクの冒険者が持っているとするならば明らかに不自然だ。何より――――)」


 そう考えて、周りを見渡す。先ほどまでの泉とほとんど変わらない。風が頬を撫で、鳥が木々の間を飛び交っている。至って、平和な光景だ。


「(どんな理由にせよ。俺が気を失う何かがあった。はっきりするまで表に出すべきものじゃない)」


 薬草用の革袋にではなく。ズボンにある複数のポケットのうちの一つに突っ込む。

 万が一、この気絶が何者かによる攻撃だったとしても、体調不良や魔力の枯渇にしても、ユーキは一刻も街に戻るべきだと感じた。原因不明というものは、この世界において命を落としかねない要因の一つに他ならない。

 城の門のある方向に向かう為、周りを警戒しながら泉に背を向ける。数歩、足を踏み出すと後ろから風が耳元を通り過ぎるとともに、微かな声が耳に届いた気がした。

 すぐに振り返って魔眼を開いても、そこには何もいない。草木と泉の放つ光以外、何もなかった。冷や汗を拭って、再び城に歩を進めるが同じように声は聞こえてこなかった。

 しかし、ユーキの耳の中には、その言葉が耳から離れなかった。確かに、声が聞こえたような気がしたのだ。


「さっきはごめんなさい。それは私からのお詫びの品です」


 そのまま、振り返ることなく足早に森を抜けてギルドへ向かう。城門に辿り着いたときに、あまりにも挙動不審だったらしく、衛兵から声を掛けられてしまった。街の中に入ると、ある程度落ち付いて、コルンに会う頃にはいつも通りの精神状態には戻れていた。

 ギルドに着くと、レプロテル薬草を見たコルンが叫びそうになって、口を両手で抑える。

 耳を立たせて十秒ほどたっぷり検査して、間違いないことを確認すると、コルンが耳を畳んで頭を抱えていた姿は、なかなか面白いものであった。

 依頼書を新しく貰い、受け付けた後に流れ作業で、そのまま完了を報告する。数日前の数時間で稼いだ額が、そのまま目の前に置かれる。ある意味では、理不尽にも感じるが、これが冒険者のうま味なのかもしれないと感じた。


「そもそもメテル・エテル系こそ多いですが。プロテル系以上は、かなり珍しい部類です。さらに上のものを探すとなると、それなりの土地でないと見つかりません。今回は、非常に運が良かったですね」


 そう猫耳ギルド職員が教えてくれた。薬草は今までのの三種類に始まり、ブテル・ペンテル・へキテル・ヘプテル・オクテル・ノテル・デテルの十ランクに分類されるらしい。下位五種までは自然豊かな場所なら見つかるが、上位五種は高密度の魔力などの霊的加護を受けた地でないと見つけることができないらしい。

化学式のように一度に言われてもわからない、と答えるわけにもいかず、また見つかれば持ってくる程度に話を終えておいた。

 ギルドを出ようとして、近くにある姿見の自分を見る。どうにも、周りの人に比べると鎧があるからマシになっているが、衣服がしょぼい。そう気付いてしまうと、人の心理とは不思議なもので、何とかしないといけないと思ってしまう。

 そのままギルドを出て向かった先は、メインストリートにある服屋である。その中から、速乾性を重視のインナーと下着を数点、普段着用も同様に購入する。

 何でできているかを店員に聞いたときに「それを聞いてしまうのですか」と言われてしまうと怖くて聞けない。後で知った話ではあるが、蜘蛛の魔物や虫の魔物の糸を利用して作ることが多いらしい。

 そのまま、店員に支払いをしようと思った時に、視界に入った服があった。手に取ってみるとそれは紺色のコート――――にしては、インナーより厚いはずなのにそうとは思えないほど軽く感じる。何より造形が変わっていた。肩や腕の部分は厚く、逆に肝心の胸から腹、背にかけては薄手なのだ。

 そして腰のあたりから再び厚くなり、若干外側に広がるようになっている。店員に言って、鎧を脱いで試着してみると、驚くほどに体にフィットする。

 まるで自分の体格に合わせたオーダーメイド品のようでもあった。そして、あることに気付いてユーキは、そのまま革鎧を着てみた。

 革鎧が覆う部分は薄手になっていて、それ以外の部分が厚手に作られている。つまり、鎧を上に着ることを前提に作られたコートだとわかった。腰下の広がりも足の動きを阻害しないほどの長さで、さらに外側に広がっているため、非常に動きやすい。

 おまけにコートのくせに暑く感じない。むしろ革鎧との間が蒸れず、涼しいくらいだ。思わず、コートの値段を確認したが、その値段は銀貨五十枚であった。正直な話、日本円換算五万の服を生活費を割いてまで買うかと言われると微妙だ。

 服を前に悩んでいると店員が話しかけてくる。


「それなら、もう少しお安くしてもよいですよ。その製作者からはただで譲り受けていますので、目を付けていただいたお客様に服も買っていただきたいでしょう。ただ――――」


 タダで譲り受けた服をぼったくり価格で売りつける店だ。何か条件でもあるのかと、ユーキが身構えると店員は笑って羊皮紙を差し出した。


「――――その服の着心地や性能などのご感想を教えていただきたいのですが、よろしいですか?」


 いわゆるサンプル・モニターなのだろう。聞いてみると、胡散臭い男が自分の作った服を店においてほしいと押しかけてきたそうだ。

 一応、魔術ギルドに属している前科なしの者だったことはすぐに確認できたことと、特に金も要らないということで引き受けたのだとか。

 ところがいざ売りに出してみると、性能も耐寒・耐暑に優れているため、魔法使いにぴったりの装備かと思いきや「布の厚みが気になる」と批判があり、ここまで売れ残ってしまった。

 結局、タダより怖いものはない、という気持ちから、生活維持費のためにコートを買わず、最低限の物だけ購入して宿に戻る。

 採取生活で生活する身なのだ、戦闘など平和ボケ国家日本で生まれ育ったユーキからしてみれば、面倒ごとに自分から突っ込む必要はない。

 そう考えて、部屋に荷物を置いて汗をかいた服を着替える。ギルドのシャワールームやレストランが使えるのはDランクから、今は湯に濡らして絞ったタオルで我慢しなくてはいけない。


「早いところ、日本で過ごしていた生活水準に近づかないと、心が折れそうだ。せめて生活魔法が使えればな……」


 ベッドに横になりながら、一人呟く。

 まだ、この世界に来て一週間と経たず、故郷が懐かしく思える。無性に母親の料理が食べたくなってきた。あちらでは一人暮らししていたため、時々思うことはあったが、こちらにきてからは、その気持ちが強くなっているのを自覚する。

 今日なんて、その欲求は今日の朝食に出た料理で完璧に揺さぶられてしまった。


 ――――帰りたい。


 その想いを再確認し、頬を一筋液体が伝う。

 今日は疲れた。もう寝よう。そう考えても陽はまだ高い。気絶していたせいもあって、眠気もない。


「あぁ、最悪な気分だ。さっさと寝て、この気分を消してやりたい」


 体を起こし、指を立てる。頭に浮かべるのはろうそくの火。


「『――――火よ灯れ』」


 一度、魔力枯渇を起こしたかもしれない身だ。それならさっさと魔力をもう一度使い切って体を疲れさせて寝た方が早い。そう考えて、指先に火を灯す。心なしか、指先の火が以前より大きくなった気がした。

 嫌な気分も火を生み出し続けることに没頭していると、気付かないうちに消えていく。どれくらい続けていたかも忘れたころ、唐突な疲労感に襲われる。それでも、気絶はできず。指から火が消えるだけだった。


「今日は……厄日だ」


 もう一度、ベッドに横になった。窓の外の明かりを見ると、どうやら夜のようだ。腕時計を見やれば、短針は7を刺していた。そのまま疲れに身を委ね、寝ようと目をつぶる。


 ――――ぐうぅぅ


「……飯、食うか」


 どうやらユーキの場合、三大欲求でも食欲の方が睡眠よりも優先されるらしい。さっきまでの悩みは何だったのかと馬鹿らしくなり、部屋を出ていく。下の食堂から漂う匂いが、鼻孔をくすぐり、ユーキの足取りを軽くするのだった。

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