第22話 愛の無い結婚



「 そなたに話がある。今から庭園に行かないか? 」

「 はい……わたくしもお話ししたい事がありますわ 」

 ルシオから誘われたソアラは、直ぐに女官の制服からドレスに着替えてルシオと共に庭園に向かった。


 夕暮れが迫る中……

 ルシオが案内したのは王族専用の庭園で、ソアラが足を踏み入れるのは勿論初めての事。



 ソアラ達の様な宮殿で働く者達に解放されている庭園も綺麗に手入れをされているが、王族専用の庭園はそれを遥かに越える見事な庭園だった。


 木々に囲まれた自然の小路を通り抜けると広々とした空間が現れた。 大きなガゼボがそこにあり、その屋根の下には何時でもお茶や簡単な軽食が出来るようにと、テーブルや椅子がセットされていた。


 緑いっぱいの草木の中で、季節の色とりどりの花が咲いているのを楽しみながら食事が出来るのである。



 その先にある小高い丘を見れば、既に木々の紅葉が始まっていて、オレンジ色の夕日にそまったコントラストがあり得ないくらいに美しい。


 小高い丘の向こうに行くと小さな池があり、水面には水鳥がいて。

 ピクニックに丁度良い場所であるとルシオは言う。



「 素敵だわ 」

「 秋が深まると紅葉が広がり、この辺りはもっと美しくなるよ……これからは朝の散歩はここですると良い 」

「 えっ!? 本当に良いのですか? 」

「 ああ、そなたが毎朝歩いている庭園よりも王族専用のこの庭園の方が警備がしっかりしている 」


 これからは自由に入れるようにすると言って。


 ルシオの案内で王族専用の扉から出て来たから分からなかったが、この庭園に入るには警備員が常備している大きな門を通らなければならない。

 王族の許可無しには誰も入れない事になっているのだ。



 坂もあるから歩き甲斐があるわ。

 秋が終わる位まではここに居られるだろうから、その頃までここを歩けるのは嬉しい。


「 有り難うございます。喜んで歩かせて頂きます 」

 ソアラは目を輝かせた。


 嬉しそうに微笑むソアラの顔を夕日が照らしていて。

 その顔をルシオが眩しそうに見ていた。



 2人でガゼボに向かってゆっくりと歩いて行く。


 ソアラをエスコートしている手にどうしても気持ちが集中してしまう。


 今まで数多くの女性をエスコートしたが……

 何故彼女の手をこんなに意識してしまうのだろうか。


 ルシオはそんなソアラにだけ沸き上がる感情を楽しんでいた。



「 ドレスは……気に入ってくれた? 」

「 あっ! 有り難うございます。あの色はわたくしの好きな色です 」

 大事に着させて頂きますとソアラが嬉しそうに言う。


「 好きな色…… 」

 ルシオは少し俯いて口角を上げて。


 僕の瞳の色が好きな色と言うのは……

 僕の事が好きって事?

 これって遠回しに僕を好きだと告白してる?


 自分に自信がある男はこう考える。



 しかし……

「 デスラン伯爵家とのディナーの時にも着ていけますから…… 」

「 えっ!? 今……何と? 」

 聞き間違いをしたのかと、ルシオは歩くのを止めて横にいるソアラを見た。


「 あんな素敵なドレスならきっと彼も素敵だと言ってくれると思います 」

「 !? ……な……ソアラ! 君は僕からのプレゼントを他の男と会う時に着て行くと言うのか? 」

 ルシオはエスコートしていた手を思わずソアラから外した。


 えっ!?

 嘘……

 名前を呼び捨てにされた。

 口調も変わった。


 これは怒っている?


「 あの……お気に触ったのなら申し訳ありません……でもあんな良い物を一度だけしか着ないなんて勿体無くて…… 」


「 あのドレスは僕の瞳の色のドレスだぞ!? 」

「 はい……わたくしの好きな色のドレスをプレゼントして下さって、有り難うございます 」

 ソアラはそう言ってルシオに向かって頭を下げた。



 好きな色って……

 ただ自分の好きな色って言う事なのか?


 もしかしたら……

 舞踏会の時のドレスも好きな色だから着ていただけなのか?


 あの舞踏会での若い令嬢達は、皆が皆ルシオの瞳の色である紺やブルーの色のドレスを着ていた。

 自分アピールの為に。


 だから……

 ソアラが紺のドレスを着ている事に、ルシオは心が躍ったのを覚えている。



 また妙な話になっては駄目だと、ルシオは本題に入る事にした。


 明日の両陛下とのディナーまでにはこの誤解を解いておく必要がある。

 でないとこの令嬢は両陛下にとんでも無い事を言い兼ねない。

 何せ今までの全ての言動が、全く予想も付かない事ばかりなのだから。



「 君は……何か誤解をしているみたいだが……君が僕の婚約者候補になったのは王命が下されたからなんだよ!? 」

「 誤解? 王命はわたくしが財務部での極秘調査をするから下ったのですよね? 」


「 いや、勘違いをしている! 婚約者候補と言うのはあくまでも正式に婚約をしていないから候補と付けているだけで、君が僕と結婚する事は王命によってもう決まっているんだ 」



 それはおかしいわとソアラは首を傾げる。

「 ……アメリア・サウス公爵令嬢様とリリアベル・イースト公爵令嬢様も殿下の婚約者候補だったではありませんか? 」

 何処が違うのかと言う目でソアラはルシオを見た。



 やっぱりそこだな。

 勘違いをしたのは。


「 アメリアとリリアベルの場合は……僕の婚約者候補と言われていただけで正式に王命が下された訳では無いんだ。君の場合とは違う 」


「 ………えっ? 」

 ソアラは目を見開いて驚いている。

 口をパクパクとして声が出て来ない。

 どんどんと顔が青ざめて行く。


 そんな所も可愛いと思ってしまう自分がいる事にルシオは驚いている。



「 何故!? 私は財務部の…… 」

「 最初の婚約者候補の話の時は、財務部の仕事の話は無かっただろ? 」

「 そうだけど…… 」

「 母上が新しい血が必要だと考えて、君を選んだんだよ 」

「 だから……何故私なの? 」

「 それは……僕にも分からない。だけど君を選んだ事は正解だったと言っておられた。財務部の醜態がその後に露呈されたからね。それで父上が王命を出したと言う訳だ 」



 その時に……

 僕が君に想いを寄せていると父上が思ったと言う事は、まだ君には言いたくない。


 それはまだ自分の気持ちに追い付いていないからで。

 今は……

 君をもっと知りたいと思う気持ちが強いんだ。


 ルシオは自分に酔いしれるタイプである。



「 私が殿下と……結婚? 」

「 そうだ! それが父上の出した王命なんだよ 」


「 そんな……お断りします 」

 ソアラはそう言って丁寧に頭を下げた。


「 何故だ!? 」

 まさか再び断られるとは……

 1度目に断られた時よりは2人の距離は近くなった筈だ。


「 君は……僕の妃になるのが嫌なのか? 」

 あらゆる貴族令嬢がなりたいと望む王太子妃だぞ?


 2度も断られるとは。

 ルシオは大きなショックを受けてのだった。



「 そんな……そんな政略結婚が……殿下は愛がなくても構わないのですか? 」

「 それは心外だな。君だってトニスを愛があって選んだ訳では無いだろ? 」

 ルシオは呆然と立ち尽くしているソアラの髪を、1束手に掬った。


 女官の制服の時は後ろに1つに束ねているが……

 ドレスに着替えて来たソアラは髪を下ろしていた。


 茶色の細い髪がサラサラとして触り心地が良い。


 ブロンドの髪に巻き毛の多い王族と、公爵家の4家には無い髪質だ。

 ルシオは……

 王家に新しい血が必要だと言った王妃エリザベスのに改めて感銘を受けていた。



「 ……そ……れは…… 」

 ソアラは口籠った。

 片手を口元にやり考える。


 丁度良いからトニス・デスラン伯爵令息を選んだのだとはここでは言えない。

 いや、殿下もこの王命を丁度良いと思ったのだ。

 間違いなく。


 でも……

 家格も釣り合うから良いと思った私の丁度良いと、殿下の丁度良いとは訳が違う。



 口籠るソアラを見てルシオは安堵する。

 トニスに対して愛がある訳では無いのだと。


「 だから……君は僕の婚約者なんだよ 」

 アメリアやリリアベルとは違うんだと言ってルシオはソアラの髪に唇を寄せた。


 これから2人で愛を育んで行けば良い。

 恋人同士になって2人で何時も一緒に食事をしたい。

 色んな場所でデートしたい。

 イチャイチャしながら。


 しかし……

 この時の会話はルシオのポンコツ振りを発揮した。


 ソアラに向かって……

 自分達の結婚はだと言ったも同然の言動をした事に、この時のルシオはまだ気付いてはいない。



 ***



『 愛の無い結婚 』


 この言葉はソアラの胸の奥の深い場所に突き刺さった。



 今まで自分の存在を気付いて貰える事はあまり無かった。

 それは……

 ソアラの隣には可愛らしいルーナが何時もいたからで。

 明るく愛らしい彼女は何時も皆の注目の中にいた。


 称賛してちやほやする女の子の横で、スルーされる女の子がいる事を皆は知らない。

 そのスルーされる女の子がどんな気持ちでいるかなんて。



 だから……

 その女の子は普通の生活をする事に家族の誰よりも拘った。

 普通の生活をしていれば傷付く事も無い。

 欲を出さなければ良いのだと。


 元々そんな家系であった事から家族達も普通の生活を大事にしていた。

 普通にしていれば争い事に巻き込まれる事も無く、毎日が平穏に過ぎるのだと。


 フローレン家の人々は『 出る杭は打たれる 』と言う家訓を忠実に守って生きていた。



 そうして年頃になり。

 夫となる人の事を考えた時……

 勿論、同じ家格の人を選びたかった。

 父母がそうして来た様に。


 それがこれから先の人生に何より大切な事だと思っていた。


 結婚をして……

 同じ価値観で暮らして行く内に慈しみ合う夫婦となり、家族で笑って暮らせる生活を望んでいた。



 なのに……

 私は愛の無い結婚をするのか。



 杭の出まくった状態で……

 この王宮の中で生きて行かなければならないのだ。







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