第2話 生徒会長戴冠式 上
「最初に言っておくわ!史部干城は入学式を遅刻した英雄になったわ!」
「誰に何を言っているんだか……」
だが彼女の言葉は事実だ。結局僕は入学式に遅刻した。式が執り行われている講堂のなか、衆目を一身に浴びて自分の席に座りに行ったあの気恥ずかしさは死にたいぐらいだった。そういう場合は心の有り様が行動にも現れることは往々にしてあることだが、僕はその怯懦の身体への発現をなんとか抑えて、虚勢を張りあたかも泰然として振る舞った。胸を張り、顎をやや上げてゆっくりと歩いて行ったのだ。折下学校長訓示の時であったので僕のそのパフォーマンスはタイミングとしては絶妙だったと言って良いだろう。
そして実は何故そうしたのか僕自身でさえもよく分からない。考えられるなかで最もあり得そうなのはヤケになったから、であろう。どうあがいても式には間に合わなかった。それで吹っ切れたのだ。それでも、それでもだ。僕よ、なんてことをしちまったんだ……。
「まぁ、いいじゃない。これで一年生を通して学園中に噂は広まり、あなたは集団に埋没することは無くなった。『個性』が求められる現代社会であなたは他に抜きんでて輝く綺羅星となったと言って良いわ!」
「そんなわけないだろうがよぉぉぉぉ!」
僕は叫ぶ。彼女はおもしろそうに笑う。うぅ、穴があったら入りたい。彼女はひとしきり笑うと急に申し訳なさそうな顔をする。
「……でも、それもこれも全部わたしのせいでもあるわ。そこは謝るわ、ごめんなさい」
彼女は深々と頭を下げる。僕は怒ってもよいのだ。彼女に全ての責任を負わせてもよいのだ。しかし不思議とそういう気持ちは起こらなかった。それは彼女の覇道に付き合うと決めたからか、それとも僕自身が非日常の何かを望んでいたからか。いずれにしても僕が遅刻は確定だからとヤケになってやらかした、それだけで十分なのだ。
「謝る必要はない。僕が勝手にやらかしたことだ、気にすることはないよ」
「……そう、なら良いわ」
彼女は少し釈然としていない様子であったが僕の顔をまじまじと見てこれ以上はよいと判断したようだ。またいつもの調子に戻る。
「さて、まずは目下のわたしの生徒会長戴冠式よ!そこであなたにやって欲しいことがあるの!」
彼女は僕の目の前の机にどこからか取り出した紙の束を置く。僕はその紙の束から一枚手に取ってみるとそれは便箋だった。
「あなたたちにはお手紙を書いてもらうわ!」
「あなたたち?」
僕が首を傾げているとドアの開く音がした。
「おや?ひょっとしてあなたが史部クンですか?」
「そうだが、君たちは?」
部屋に入ってきたのは3人の生徒たちだった。男が1人と女が2人、制服の校章の色やスリッパの色から上級生のようだ。
「紹介するわ!この背の高い男の子が
「物部攻だ。よろしく」
背の高くコワモテな顔をした男子、物部攻は手を差し出して僕と握手し、
「大伴よ、ユリちゃんとは幼馴染よ」
茶髪のショートボブの女子、大伴初江は眼鏡を直し、
「な、なんて事言うんですか⁉︎うぅ、中臣早苗ですぅ」
手で胸部を必死に隠しながら羞恥で顔を赤らめる女子、中臣早苗は涙目で僕を見る。僕に助けを求めても無駄だぞ?さっき僕もおちょくられたからな。まぁ、謝ってはくれたが。
「史部クンも大変ね、ユリちゃんに捕まってしまって。しかも入学式でやらかしたとか」
「何で知っているんですか!?」
すると襲ユリがスマホのグループLINEの生徒会メンバーのトークルームを見せる。おい、「www」とかつけんなよ。さっきの申し訳ない表情は何だったんだよ……。
「堂々と大立ち回りを演じるとは、俺はカッコよいと思うぞ」
物部先輩が慰めてくれる。ヤダ惚れそう。
「史部君のことはこのくらいにして、とりあえずもう一度言うわ、あなたたちはこれを書いてちょうだいな」
「これを誰にだ?」
「諸侯たちによ、粗相のないように頼むわ」
襲ユリは僕たちを席に座らせて先ほどの紙と4人分の羽根ペンと黒インクを僕たちの前に置いた。おいおい今気づいたがこの紙羊皮紙じゃないか、それにこの羽根ペンホンモノのガチョウの羽根を使ってるやつじゃないか。ずいぶんと諸侯の方々は貴族の気分に浸っていたいようだ。
さて、僕たちが書くことになった手紙の内容を要約すれば「生徒会長戴冠式を執り行うので来てください。臣従の礼をカタチだけでもよいのでとってください、お願いします」と言ったような感じだ。ここまでしないと諸侯たちは来てくれないらしい。驚きなのはこうやって手紙を書いて送っても来ない諸侯や臣従の礼をとることを拒否する諸侯もいるらしい。特に前生徒会長戴冠式の時は稀に見る酷さで40の全諸侯の内半数も来なかったそうだ。よほど前生徒会長は舐められてたんだな。
僕たちは何気ない世間話や教師の愚痴を話しながら手紙を書き進める。4、5枚ほど書き終わった時、ふと僕は頭に浮かんだことがあったので聞いてみる。
「ところでだが、入部届を出せば誰でも部活に入れるってわけではないのか?」
「当たり前じゃない、この学園において部活・同好会の部員・会員は各部・格同好会の長たる伯に部員・会員としてその爵位に叙されることによってなれるものよ。いわば騎士身分みたいなものね」
襲ユリがさもありなんと答える。
「じゃあ、この先輩たちは全員文芸部員に叙任したってことですか?」
「それは違うわ、彼らは生徒会の役員であって文芸部員ではないわ」
「それはつまり、先輩たちは普通の生徒ってことですか?」
「それも違うわ、彼らは生徒会長の直参としてその職位に就いているの。だから彼らは部活・同好会の部員身分に相当する『生徒会役員』に叙されているわ。いわば
「じゃあ僕の場合は文芸部伯の封臣として文学部員に叙されるわけですね?」
「そのとおりよ」
ということは文芸部は襲ユリ一人だけしか所属していないということだ。よく部活の体裁を保てていたな。
そして僕たちに手紙を書かせている間彼女は何をしているのかというと、手紙を丸め封蝋に
そして1時間もしないうちに手紙は全て書き終わって
その後も僕たちは生徒会長戴冠式の諸々の打ち合わせや春休み宿題テストなどをこなして生徒会長戴冠式当日を迎えることとなる。
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