第29話 公判・原告尋問2

「失礼ですが、インストラクターとは名目だけで、実際にはトレーニングの知識はないのですね?」

「………」


「良いです。次に行きます。問題の前屈ですが、被告人はこの前屈ストレッチをアウトドアで効率よく行いたいが、腰が硬くなりできなくなったそうです。どれだけ有効なものであるか貴女に理解して欲しく、習得して貰おうとして教えようとしたのです。で、先ほどの貴女の説明とはかなり違いますが、まず実際貴女がした姿勢をそこで取ってみて下さい」


 原告、不安そうに検察官を見るが促されて前に出る。


「裁判官の方を向いてやってみせて下さい」

「はい…」


 原告は単純に両手を前に垂らして前屈をする。被告席からはその様子は見えない。神野は不満だらけである。


(ど真ん中でやりゃあいいものを)


「分かりました。じゃあ実際の、腹筋台からの2人の動きを説明して下さい。ここに現場の間取り図が有ります。後で裁判官、検察官にもお渡ししますので正確に記述して下さい」

「………」


 弁護人、一枚の紙を持って、原告の前に立つ。


「じゃあ、最初に腹筋台で腹筋をした時の両者の位置を丸印で、被告人は”H1”、原告は”G1”と記入して下さい」

「これで良いですか?」


「はい。次に、前屈現場を同じように記入してください」

「こんな感じ」


「途中、何か動きはありませんでしたか? 腹筋台から前屈現場までに何か動きがあればそれも同様に記入して下さい。因みにこれは貴女が警察署で記入した現場の図です。参考にするならどうぞ」

「これの説明は?」


「G1とか、H1とか動いた順に番号を入れて、横のスペースに何をされたか説明を加えて貰えますか?」

「はい。前に描いたのと同じ描き方で良いですか?」


「良いですよ」


 大友裕子は、神野も何度も見た事のある、彼女自身の描いた図とほぼ同じものを描いた。

 描き終わった後、弁護人はそれを裁判官に示しながら、


「これは現場の位置図ですが、これに従って尋問しますが必要ならコピーを取ってもらいますか?」

「ああ、コピー取りますわ」


 裁判事務官が迅速に行動した。すぐ階下でコピーを4枚ほど取ってきて原紙は弁護人に、コピーは原告、裁判官、検察官2名に渡した。神野にはくれなかった。


(オリジナルは脳裏に刻まれているし、後で弁護人に見せてもらえば十分だ)


「それでは今原告から描いて頂いた図に沿って尋問します。原告、良いですか?」

「はい」


「腹筋の後、被告人は真っすぐ西へ3mほど移動してますね。それに対して原告は腹筋台を南に降りた後、その場で最初の前屈をしてますが、これはどうして?」

「被告人が、『やってみせて』と言ったので」


(何だって~!)


「ええっ! 被告人が? 何の為に?」

「分かりません」


「分からないのに、前屈したんですか?」

「はい」


「その時、被告人はどこにいたのですか?」

「H2の位置です」


「H2の位置に居る被告人がG2に居る原告に前屈を要求したのですか?」

「はい」


「それは考えられません。それだけ離れていれば、説明のしようがありません。原告は偽証してませんか?」


 ここで、検察官から抗議の声がかかる。


「裁判官、これは原告の正直な発言です。弁護人、偽証の根拠は何ですか?」

「検察官、まあ落ち着きなさい。私は偽証と断言はしてませんよ。ではないかと質問したのです。これだけ離れていてどうやって指導するんですかね? 検察官、貴方ならどう指導します?」


「指導が目的でなく、触るのが目的なら」

「それなら尚更、無理でしょう」


「先ず、第1ステップかも」

「検察官、貴方は現場を見てますか? 私ははっきり確認してます。あんな狭い腹筋台の真横で、H2の位置から前屈をするハムストリングのストレッチング指導はできません。例え、不純な目的の第一歩であってもです。もう一度、現場を見てきたら良いと思いますよ」


「分かりました。偽証ではないでしょう。原告にはそのように聞こえたという事でしょう」

「原告、それで良いですか?」

「はい、そう聞こえました」


「その後、貴女はどうしました?」

「痴漢された現場に移動しました」


「被告人はどうしましたか?」

「近寄って来ました」


「どこ迄?」

「G3の位置までです」


「それから、どうしました?」

「前屈するように言われたんで、したら近寄ってきて触られました」


「触られた部位はどこからどこまででしょう?」

「太ももからお尻」


「太ももとかお尻とか言っても、かなり広いですよね。具体的にどこからどこまでかはっきり言ってください」

「太ももの上からお尻の真ん中までです」


「左右どちらですか?」

「左です」


「私の尋問はこれで終わります。私が事前に被告人に訊き、確認した内容とは相当違っています。裁判官に正しく判決を下して頂く為にも、原告には最後に改めて出廷を要求するつもりです。偽証すると偽証罪に問われますので、しっかり記憶を整理しておいて下さい。裁判官、私からは以上です」


 最後に裁判官から前屈時に下半身に触られた回数確認の質問があって、第2回公判は終了した。

 神野はこの公判には大いに満足した。

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