第12話 山本弁護士

 数日後、いつもの喫茶店で神野は村井邦彦と向いあっていた。ここで10時に3人で会う約束になっていたが、10分前に来る事を2人で約束していた。


「付き合わせて悪いね」

「いや、こっちも興味あるんで。まあ、山本弁護士は気さくな人で損得抜きの弁護士だから、安心して何でも話したらいいよ。大体の話はしてあるんで、スムーズに進むと思うけど」


「それは助かる。どうして知り合ったん? トライアスロン関係とか?」

「いや。医者でトライアスロン仲間はいるけど、弁護士にはいない。現役で仕事をしていたとき、たまたまお世話になった弁護士さん」


「そう。じゃあ村井さんもお世話になっているんだ」

「民事裁判だったけどね」


 村井氏の過去は謎だらけである。ランニング仲間やKスポーツクラブの仲間の誰も彼の正体を知らない。個人経営の小さな会社の社長か上役だったようだ。海外との取引もあったようで英語以外にも話せるようだが、神野は話しているのを聞いた事はなかった。


 そうこうしているうちに、山本弁護士が現れた。

 村井氏によると、喫茶店で待ち合わせをするとだいたい決まって10分ぐらいは遅れて来るとの話であったが、今回は10時丁度に現れたのには村井氏は驚いていたが、仕事とプライベートは違うだろ、村井さん。


 村井氏によると山本弁護士は40代半ばだそうだが、もう少し上に見える。

 村井氏が席を山本弁護士に譲って双方を紹介する。


「山本さん、こちらが神野さん。山本さんに会うの、楽しみにしてたそうだよ」

「それはどうも」


「ヒロさん、こちらが噂の山本弁護士。真っすぐな弁護士だからヒロさんとは間違いなく気が合うわ」

「初めまして、神野です。お世話になります」

「初めまして、山本です。村井さんからお話は伺っております」


 村井氏は神野の隣に席を移動した。


「じゃ、山本さん、邪魔しないから2人でゆっくりやって。オレは黙って聞いてるから」

「いやいや、村井さん、いくらでも口出ししてよ。ざっくばらんにやるから」


「それでかまわないの? 時間オーバーにならんかな?」

「時間は関係ないです。私が、改めて現場での詳しいお話を聴き、神野さんの意向を確認するまでです」

「よろしくお願いします」


「まず先に、確認しておきます。弁護人の依頼書の発送はいつまでになってますか?」

「ええっと、予定ではあと4~5日で届く事になっています。そしたらすぐに、記入して発送するようにとの事でした」


「分りました。神野さんは弁護人を選択するにあたってのネックになっている事とか疑問点とかありますか?」


「何といっても、国選弁護人の力量と私選弁護人費用ですね。私は当初、こんな簡単な裁判、国選弁護人で十分だと思っていたんですが、取調べ警察官や捜査検事の態度からすると初めから有罪と決めつけているように思うので、国選弁護人の力量とやる気が気になります」


「うん、そこですね。国選弁護人と私選弁護人がグループに分かれているのではなく、一つのグループの中から国選弁護人が選ばれるのです。その国選弁護人ですが、建前は経済的に苦しい被疑者の為となっており、弁護人費用を国が負担するので必要最小限の事しかやってもらえません。採算を度外視してやってもらえると良いのですが、国からの補助のみでは赤字になるでしょうね。だから現場検証はやらず、事務所で被疑者から現場での詳細を聴く他には、警察での供述書、原告や目撃者の証言書で判断する事になります」


「公判で原告や目撃者の証言が偽証だった場合、その場で被告人は発言できますか?」

「できないですね。被告人は公判の被告人質問の時にのみ発言できます」


「第一審では、公判は何回あるんですか?」

「主なのは3回です。原告尋問、目撃者尋問、被告人質問の3回。それに、最初に起訴事実の確認、最後に検察官、弁護人による論告弁論。あとは判決の計6回です


「原告、目撃者、被告人が一堂に会して、彼らの言い分を聴きながら検察官と弁護人が論戦を繰り広げる事はしないのですか?」

「痴漢容疑では、ないですね」


「何か、ストレスが溜りそう。効率悪くないですかねえ?」

「裁判とはこんな感じです」


 少し空気が淀んだところで、村井氏が発言する。


「山本さん、山本さんが弁護を引き受けるとしたら、さっきの話の他に何をやるん?」

「うん。現場には必ず足を運ぶよ。現場百回とは言わないが、一度は必ず訪れる。できれば、原告、目撃者にも会ってみたい。これは拒否される可能性が高いが」


「その時、私も同行できますか?」

「ええ、勿論。そうでないと現場検証にならないですから」


 ここで村井氏が、同行する事に興味を示したが、これは山本弁護士により棄却された。

 

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