第54話 狩長の下で 後編
サリヴァーンの馬車が行ってしまうと、たった二人がだだっ広い敷地に残されて寂しくなるかと思われたが、あまり問題にならなかった。
春の爽やかな空気に包まれたシルビアは、いよいよ新しい環境に身を置く実感を得てうっとりしていたから。
(あぁ……私、自由になれたんだ)
レオンも「はやく中に入りなよ」とは言わず、代わりに色白で細い指から革張りのトランクをスルリと
「荷物預かるね」
「あ、自分でします」
「いいの、いいの。昼ご飯持って来るついでだから。そこのガーデンテーブルで待ってて」
シルビアは短くない馬車旅で疲れていた事もあり、これ以上敢えて親切を断る理由が無かった。
「……ありがとう、ございます」
テーブルにとまっていた子カマキリと戯れるなどしていると、レオンがワゴンを押して戻って来た。
上に載った大きいケーキスタンドが目を引く。
「お待たせしました、こちら『欲張りパンセット』で〜す。ご注文の品はお揃いでしょうか?」
店員ごっこを面白がりつつ、シルビアは目を輝かせた。
三層に積み上げられた大皿には、様々な
「こんなに沢山凄いですね! しかも一つ一つ違う」
「好きな種類を好きな量だけ食べていいよ」
「……では、遠慮無く頂きますね」
言われるがまま手に取ってみると、程良く熱を帯びた麦と砂糖の香りが鼻腔まで漂って来た。
「もしかして――」
「――そう、焼きたて。パン作りは久々だったけど、味は保証するよ♪」
どうやら、まだ体調万全でないシルビアを気遣い、レオン自身が厨房で腕を振るったらしい。
「出来が素晴らしいものですから、てっきりパン屋さんから買って来たのかと思っていました‼︎」
「さてと、僕もご一緒していいかな?」
「勿論です!」
デザートのプリンアラモードを平らげて、シルビアはスプーンを置いた。
「ご馳走様でした」
「いやぁ〜、シルビアは良い顔をするね。僕はそういうの好きだよ」
シルビアとて年頃の娘。
魅力的な異性から何の躊躇いも無く褒められては、自然と頬も赤くなる。
「……」
「あぁ、困らせちゃったね。深い意味は無いんだ」
「いえ、平気です。私、その……誰かと一緒に食事するのが久し振りで、嬉しかったんです」
華奢な美少女の気恥ずかしそうな上目遣いは大変いたいけで、今度はレオンが頬を染めた。
(何、この子? めっ……っちゃ可愛いぞ)
一切の邪念無き心の声が漏れそうになった彼は、慌てて話を逸らした。
「は、話変わるんだけど、床屋さん行かない?」
「あぁ……これ、少々だらしないですよね」
シルビアも自身の伸びきった銀髪に軽く触れながら眉を
後ろ髪は二、三ヶ月放置してもあまり問題にならないのだが、今にも目に入りそうな前髪は明らかに邪魔だ。
「とは言え、この髪色は隠さないと――」
「――今の連盟はもう君の存在を公認してるから、その必要は無いよ」
「それはそれとして差別が――」
「――僕の連れを
断る理由を次々に潰して行くレオン……半強制的にでも外へ連れ出さんとする勢いだ。
実際、彼にはシルビアが引き籠るのを許さない狙いがあった。
多少無理をしてでも活発な生活を習慣化させ、心身のリハビリを進めて行きたいのだ。
とは言え、狩長である彼の言葉は説得力も安心感も十分。
シルビアは素直に誘いに乗った。
帽子もフードも被らず人前に出るのは生まれて初めて……シルビアはレオンの
尚、レオンの方はと言うと、彼女の緊張をよそに商店街の石畳を悠々と踏み締め、出会った人々と気さくに言葉を交わして行く。
「お〜い、レオンの兄貴! 昼飯うちで食って行かないか?」
「あ〜、ごめん。さっき食べちゃったところでさぁ……でもまた来るから」
「おう、いつでも待ってるぜ」
「やっほ〜、お姉さん」
「あらやだ、狩長殿ったら〜。私もうお婆さんよ?」
「そんなこと言っちゃってまだまだ元気そうじゃん」
「あなたがこの街の平和を守ってくれるお陰よ」
「そりゃあどういたしまして。近いうちに布買いに来るね」
「なら良い物仕入れとくわ」
「ありがとう、またね〜」
他にも、すれ違う若い女性たちやはしゃぎ回る子供たちまで彼の姿を認めるや否や挨拶をするのだった。
「ご機嫌よう、狩長殿」
「今日も素敵です、レオン様っ」
「ありがとう、良い日を!」
「あ、レオンにーちゃん!」
「やぁやぁキッズたち、今日も元気だなぁ」
「今から鬼ごっこするの! おにーちゃんもやる?」
「今日はやめとく。怪我しないようにするんだよ?」
「うん、じゃあね!」
「ばいばぁ〜い!」
「弔いは庶民から忌避される」という常識を打ち壊す、少なくとも
初対面の美容師としばらく二人きりになるのは不安だろうと気を回し、レオンはすぐ後ろからシルビアの散髪を見守っていた。
「狩長」
「なぁに?」
「狩長は街の人からとても慕われているんですね」
「不思議だったかな?」
「いえ、納得です」
彼女は頭を動かさず目だけ横に向けていた。
店内に飾られている額縁入りの絵に混じった新聞の記事を見ているのだ。
数年前の第一面であり、レオンの顔写真の隣に『若き英雄、三体目の主を討伐』と強調されていた。
それを知っていれば、レオンの武勲がどれほど伝説的であるかは言うまでもない。
本人は
「おやっさん、まだあんなの貼ってるの?」
「えぇ、うちの店が潰れるまで貼りますとも」
「あらそう……ともかく、シルビア。僕はたまたま運が良くて、皆に受け入れられただけだよ」
などと謙遜しているが、そういった人格も彼の魅力で間違いない。
「私は、人から感謝されなくとも戦い続ける師匠の姿を見て来ました。勿論それも立派ですが、せっかくなら人に優しく、人から好かれる……そんな弔いになりたいと思いました」
「まぁ、頑張って」
他人事のような返事をするレオンだったが、実に幸せそうな表情をしていた。
「それより、髪型良い感じになって来たね! 君本来の美貌がしっかり現れた感じがしてとっても良いよ」
床屋を出るなり、「次は服だ」と言い出すレオン。
「荷物にはどれくらい入れて来た?」
シルビアは今着ているフリルブラウスと草色のロングスカートを指して答えた。
「これと同じものがあと二着です。下着はもう少しあったと思います」
「う〜ん、地味だしちょっと足りないね」
「いえいえ、十分ですよ! お金の面でも申し訳無いですし」
「チッチッチ……人の気遣いは値踏みしないものだよ? それに、新しく買う必要なんて無い」
向かった先はまさかの狩長邸。
戻って来たかと思えば、今度は衣装部屋に案内されたのだ。
「この中から好きに選んでくれていいよ」
中は物置きには似つかわしくない広さで、ハンガーラックに挟まれた通路が幾筋も出来ている。
無論、ラックには一着一着丁寧に、そしてびっしりと服が掛かっているのであった。
一目で認識できる色の違いだけを頼りにしても、凄まじい量だ。
シルビアは
「もうお店を開けてしまいそうですね!」
と感心したのも束の間、何故こんなに取り揃えが良いのか気になった。
「女性物も多いですが、これは狩長のご家族の服だったりするのですか?」
「ううん、恋人の為に勝手に用意したやつ。一応、僕もたまに着るかな」
シルビアは相槌を打ってから一瞬遅れて困惑した。
「……えっ?」
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