第47話 墓参り

――三人称視点から開始――――――――――――――――――――――――――


 月夜の下ではひたすら暗く、おどろおどろしい気配を漂わせていた郊外の墓地。

それが、後日の明るい時刻に訪れてみるとどうだろう。

ルドウィーグたちの目には案外綺麗な芝生を纏った風情ある丘として映った。

緑の若葉がいよいよ冬が明けた事を告げている。

街の喧騒けんそうが届かない点も、不気味さではなく静謐さを醸し出していた。

汚れの主の毒素及び臭気がまだ残っている可能性も杞憂に終わり、鼻腔をくすぐるのは涼しくて爽やかな空気。

周囲の湿地と森林がそれを作り出しているのだった。


「鎮魂の場としては悪くないかもな」


ルドウィーグは呟きつつ、先日の戦闘で生じた瓦礫を片付け始めた。

ヴィンセントもそれを手伝い、

ジュリエッタとモーリスは二人で主の足跡を埋め直しに掛かる。


 今日、四人が来たのは慰霊碑建立のためだ。

スレッジが墓石屋と石工職人に依頼した品は早くも準備ができたとの事で、もうすぐ搬入される。

それまで、四人は周りの清掃に努めるというわけだ。



 初めは各々が黙々と作業を進めたが、粗方は済んで少し余裕が出て来ると、自然に言葉も増えて行った。


「ジュリエッタだけでいい、ちょっと来てくれ」

「はぁ~い」


ジュリエッタは呼ばれた理由である地面の凹みを見つけると、早速シャベルで直し始める。

ルドウィーグはその最中に口を開いた。


「ごめん」

「いいよ。細かいところまで丁寧にやらないと――」

「――そうじゃなくて」


ジュリエッタは一旦手を止めてルドウィーグの顔を見上げた。

彼は声量を絞り、二人だけの会話を始める。


「君の実家のこと」


汚れの主は人々の生活圏に被害が及ぶ前にゴーストタウンで討伐されたものの、死骸からは大量の毒素が流れ出し、辺り一帯を汚染する結果に。

ジュリエッタの実家も当然被災しており、衛生局による焼却処分は免れない。

ルドウィーグはこの事に責任を感じていたのだ。

だが、ジュリエッタの反応は彼の想定に反していた。


「いいんだよ。むしろ、あれでよかったの」


その口調は穏やかでありながら、清々しさすらある。


「私 弱虫だからさ、思い出って殻に閉じ籠もろうとして、でもいつの間にか閉じ込められちゃってたんだと思う。そこからルドウィーグが解放してくれたんだよ。……私、これからは今ある希望で生きて行く」


クロードの件があって、大切な人を失う恐怖・・・・のあまり信じる勇気・・・・・を忘れていたジュリエッタ。

だが、今こうして白い歯を見せて満面の笑みを作る彼女は、それを取り戻したようだった。


「えいっ♡」

「ちょ、いきなり抱き付くなって」

「いーじゃん、いーじゃんっ」

「良くない! 俺には心に決めた人が――」

 





 微笑ましい二人のことを、ヴィンセントは少し離れた木陰で見詰めていた……遠い目をしていた。

ただ、視線を同じくしたモーリスが、彼の傍らに寄って来た。


ヴィンセントさん・・・・・・・・

「ん~、何だ?」


気の無い返事にも聞こえるそれを構わず、モーリスは二人だけの話を始める。

様々なわだかまりが解けたせいか、かつての卑屈さは見る影も無い声色だった。


「何か変な感じですよね。散々悪い事して来たジブンたちに、足を洗える日が来るなんて」


ヴィンセントは


(「悪い事」で済まされるかよ……)


と心の中で愚痴りつつも、多少感謝の意を込めて答える。


「まぁ、半分お前のおかげみてぇなもんだけどな」

「いや、ジブンも大して変わらないっす」

「大違いだろ……お前はあいつら・・・・と居ろ」


ヴィンセントはモーリスのことを光に相応しい側の人間――更に端的に言い表せば、「天国に行ける人間」だと考えている。

逆に、自分のことは「地獄に堕ちる人間」だと諦めていた。

他者を傷つける真似は今後しないと誓っても、これだけは覆らないものとして受け入れていた。

この勝手な線引きを悟ったモーリスは、反論を展開する。


「ジブン一人そういうわけには行かないっすよ。あなたもあの人たちの輪に混ざらなきゃ」

「……んな話――」

「――おこがましいって言うんすか?」

「当たり前だ、今更償い切れるもんかよ」

「そんな事言ったらジブンにだって償えないっす! 量とか質じゃなくて、ジブンたちは同んなじ種類の罪を背負ってるじゃないっすか!! ……とことん付き合うっす、だから一緒に光堕ちしましょう」


ヴィンセントは思わず気怠けだるそうな態度を改めた。


「おまぇっ、それ――」


――弔いになるって意味か!?

事の過酷さをよく知るヴィンセントだからこそ、続きの文言を噛む程に動揺した。

けれど、モーリスの目は依然として黒い。


「あなたが思ってる通りっすよ。あ……でも、これからは親分じゃなくて先輩としてお願いするっすよ」


底抜けに前向きな言葉は、ヴィンセントの複雑な思いをまるで分かっていない――いや、分かったうえで無視している。

その理想主義性は彼の持ち合わせるところではなく、馬鹿馬鹿しいと思った。

だが同時に気が軽くなり、僅かでも心から笑う事ができた。


「んだよ……ヒヒッ」


天国だの地獄だのそっちのけで、一緒に歩いてくれる人が居る事が嬉しくて仕方なかったのだ。

傷を舐め合いながらも、自分に無いものを与えてくれる存在……それは仲間・・よりも一段上にあるに他ならないのだった。






 しばらくして、墓石屋が到着した。

何頭もの牛馬が引く荷車に積載されて運ばれて来たのは、

縦は人の身の丈ほど、横幅はその三倍ほどある灰白色の碑。

注文したのはスレッジだが、ここではルドウィーグが代表として墓石屋の主人と話をし、最終確認を済ませた。

 彼らは流石プロフェッショナル。

丸太なんかを器用に使って碑を搬入した後、それを中心に白い砂利も敷き、あっという間に墓全体が仕上がった。

また、空気を読んでか、彼らは仕事を終えると速やかに去って行った。


 再び当事者だけになり、改めて碑を眺める……

そこにびっしり刻まれてあるのは、スレッジが記録を取っていた限りの人名。

この歓楽街で殉職した弔いだけで相当な数にのぼっている事が一目で分かった。

上から読み上げて行けば――


Liam

Anri

Willhelm

Richard

Emilia

Nathan

Cedric

Edward

Raleigh

Oliver

Susanna

Ervin

Barnard

Lothric

Otto

Overgaard

Dinadan

Tomas

Philipe

Karlos

Godfried

  ・

  ・

  ・


――半分にも届かないうちに舌が乾き切ってしまうだろう。

更に、裏面にはヴィンセントの子分たちの名もある。

ヴィンセントは両面へ、

モーリスは主に裏へ、

ジュリエッタは裏の中でも「Claudeクロード」の名へ祈った。


 そんな中、ルドウィーグにだけは縁の無い人ばかりだった。

殆んどが20年近く前の故人なので、顔も人物像も知らなくて当然。

彼がこの街に来たのがつい数ヶ月前である事も勘定に入れれば殊更だ。

ただ、ある仕掛けを解けば話は変わって来る。

着目すべきは最初の八人の頭文字……これらを縦に繋ぎ合わせて読むと「Lawrenceローレンス」の綴りが浮かび上がるのだ。

教会連盟に反旗を翻した者の名は堂々と刻めないなりに、分かる人だけが分かる形で隠したというわけだ。


 恩人の名を胸に、ルドウィーグはその人から託された剣を握って黙祷する。

今はこれが戦う為の道具ではなく、故人をより鮮明に偲ぶ為の媒介として働いた。


(まだシルビアがどこに居るかすら分かっていません。あなたの敵も討てていません。でも、俺は少しだけ成長しました……これからもどうか見守っていてください)


心の中で唱えた言葉こそ願い事であるものの、本質は誓いだった。

懸命に生きた先人の顔に泥を塗らないよう、己に縛りを課す。

墓の前で誓うとはそういうことだ。

また、鎮魂とは単に死者を悼む儀としてだけでなく、生者の再出発としても意味を持つのかも知れない。






 尚、自身のことを樹上から見下ろす影がある事にルドウィーグは気付いていなかった。


「カァー」


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