本物のメロンパン

中原恵一

本物のメロンパン

『「えー、近年、そば粉の割合がほぼゼロであるにも関わらず、茶色く着色したうどんを『そば』と偽って販売する事業者が増えていると、消費者センターに多くの苦情が寄せられております。それに伴いまして今後は、ですね、そば粉の割合が以上のもののみを『そば』と表示していいということに……」』

だと……!」

 この消費者庁の唐突な発表に、株式会社桃川製粉ももかわせいふんの社長は激怒した。

 自社で製造・販売する生そば「田舎」にはしかそば粉が含まれていなかったからである。

「ど……、どうするんですか社長?」

 先ほどの録音を聞くなり会議室で荒れに荒れる社長を前に、役員たちは皆オロオロするばかりだった。

「どうするもこうするもないよ! 今すぐ生産ライン止めろっていうのか? あいつら、そんなの機械の設定をちょっといじればにできるとでも思ってるんだろどうせっ!!」

 社長の怒りは収まらない。

「まあー、すでにスーパーに陳列されてる商品のそば粉の割合を増やすなんてできないですしね……。今度からは適当に『そば生麺』とか書いときゃいいんじゃないですか?」

 怒り狂う社長にうんざりしたのか、専務は興味なさげにそう言った。

「うちの商品はか何かなのかっ!!」

 一応そば粉は入ってるんだよ、と叫びながら社長は机をバァン、と叩いた。

「大体、商品名に何かしらの食べ物の名前が入ってても、実際に原材料見たら全く入ってない、なんて例、他にもいくらでもあるでしょうに……」

「なんでうちだけがこんな目に……」

 専務や他の役員たちがぼやく中、社長はなぜか怒るのをやめて突然こんなことを尋ねた。

「待て、待て。『商品名に入ってるものが原材料に全く含まれてない食べ物』って、例えば何だ?」

 思いつきで言っただけのことを聞き返されて、専務は意外そうに答えた。

「キリがないですけど……。ほら、『メロンパン』とか?」

 するとその場にいた誰もが口を揃えて同意した。

「確かに」

 専務の話に他の役員たちも加わって、議論は脱線した。

「イチゴ味のかき氷のシロップって、ただの赤い砂糖水って聞きました」

「『レモン牛乳』とかも、実際にはレモン果汁入ってないらしいですね。レモン入れると酸で牛乳が固まっちゃうから」

「そんなこと言ったらな、『ラムネ』は語源的に『レモネード』から来てるそうじゃないか。レモン味のラムネ以外はんだから販売禁止しろよ!」

 そうだそうだ、というヤジが飛び、皆好き勝手に無茶苦茶なことを言い出した。

 しかし、これに乗ってしまったのがこの地方企業の社長である。

「……今後はうちも、こんなの代わりに、でも作るか」

 役員たちも流石に冗談だと思ったが、皆は気づいていなかった。

 元より癇癪持ちだった彼が、この時だけは真顔だったことに。 



 あれから突如としてパンの製造販売に舵を切った桃川製粉は、なけなしの金をつぎ込んで設備投資を行い、急ピッチで工場の拡張工事を進めた。そしてたった半年で、新商品「」の販売にこぎつけた。

 ただの一地方企業にすぎない製粉会社の大転換に、誰もが社長の正気を疑った。

 しかし、この「本物のメロンパン」——北海道産のメロン果汁を練りこんだふわふわの生地と、オレンジ色のメロンクリームが奏でる絶妙なハーモニーに加え、ことでSNSで人気に火がつき、若者を中心に大ブレイクした。

 のちにメディアにインタビューを受けた際、社長は報道陣に対し、照れ臭そうにこう語った。

「まあ……、どう見てもの形で、しかもパッケージにデカデカと『%使、パン焼き菓子』って書いてある『』が売ってたら、みんなちょっとは興味持つんじゃないですかね」

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