クレイフィザ・スタイル ―フランソワ―
一枝 唯
第1話 うちの方が有名って訳よ
その人物は少しの間、戸惑ったように扉の前に立っていた。
「何だ、こりゃ」
「あ、すみません!」
ガラスの向こうから声がして、かすかな音がすると、ようやくオートドアが開いた。
「ちょっと、点検中だったんです」
「点検? どこの博物館の体験コーナーかと思ったぜ」
手を使って開けなければならない扉など、滅多にお目にかかれない。男は呆れたように言い、少年のような見た目の従業員はまた謝った。
「いらっしゃいませ」
それから改めて、少年のような従業員は言った。
「あー、ここ、〈クレイフィザ〉だよな?」
男は尋ねた。
「はい、そうです」
従業員はにこやかにうなずいた。
「何かお探しですか」
「それはもう」
男はにやりとして、手にしていたノンスモーク・シガレットのカートリッジを手慣れた風情でセットすると、口にくわえた。
「ここの
「はい?」
「探してたのは、ここのマスターだよ。全く、いいタイミングで逃げ隠れしてくれて、こちとら無駄に時間がかかっちまった」
「店主が、何か?」
顔をしかめて、従業員は尋ねた。
「失礼ですが、どうして当店の店主が『逃げ隠れ』などする必要が?」
「ああ、すまんすまん。言い方が悪かった」
男はにやにやしていた。
「まるで逃げ隠れるように、くらいにしておこう」
「あまり、変わらないようですが」
「何でもいいだろ。それより、早く店主を呼べよ」
「……お約束がありませんと」
警戒するように、少年は言った。男は鼻で笑った。
「そんなたいそうなクリエイターか? こんな田舎の、ちっぽけな店で、店頭ではガキがひとり暇そうにしてるだけの」
「……では、お名前と、何かご身分が判るものを」
無駄に終わりそうな反論は控え、少年は要求した。
「生意気だなあ、ガキのくせに」
「成人しています」
「そういうこと言うのはガキの証拠だよ。……ほら、名刺」
胸元を探って、男は端の折れたカードを取り出した。たいていのデータはデジタルでやり取りするのが当たり前だが、相手が端末上で受け取り拒否したり、ちらりとも見ずに消したりできないもの――紙の名刺なども消え去ってはいなかった。
「〈ミスティック・パラドクス〉?」
それを見て、少年はまばたきをした。
「って、あの……」
「お、知ってる? そうそう、それ。悪名高き、最低三流タブロイド」
自ら言って、男は笑った。
「三流の最低でも、社名ひとつで話が通じるんだから、けっこうなこった。クソ真面目な二流紙より、うちの方が有名って訳よ」
男はにやにやとした。
「それで、何のご用なんですか?」
少年の警戒は薄れるどころか、強まった。
「店主は忙しくて、あまりお時間は」
「オセロ街って知ってるか?」
少年を遮って男は言った。
「知ってるよな」
返事を待たずに、彼は続けた。
「あのジャンク街のロイドについて、ここの店主に訊きたいことがある」
にやにや笑いのままで、男は言った。
「あることないこと書かれたくなかったら、取材に応じていただきたいんだがね」
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