第6話 全ては等しく俺のもの


「面を上げよ」


 貢納品を携え、ドレスを朱に染めながら平伏するミランダを玉座から見据え、クラウスはゆったりと足を組む。


 ミランダは顔を上げ、真っ直ぐにクラウスを見つめると、凛とした声で口上を述べた。


「ファゴル大公国、第二大公女のミランダ・ファゴルが、陛下に拝謁いたします」


 月の光を集めたかのごとく輝く金の髪と瞳。

 透き通るような白い肌は、整った目鼻立ちをさらに際立たせ、見るものを魅了する。


 つんと澄ました表情が気位の高さを窺わすが、真っ直ぐにクラウスを見つめ、花開くようにふわりと微笑むと一転、春の陽射しのような暖かさがミランダからあふれ出す。


 従属国から国境を越えて轟く悪女の名に相応しく、傲慢で醜悪なその姿を一目見てやろうと息巻いていた列席者達は、口上を述べ終わったミランダが微笑んだ瞬間、女神と見まごうばかりの美貌に、諸侯から衛兵に至るまで、その場にいた誰もが一同に息を呑んだ。


 ――空気が、変わる。


 玉座から無感動な視線を向け、頬杖を突いていたクラウスは、不快そうに眉間へと皺を寄せた。


『王位継承権を持つ未婚の子女を無期限で居留きょりゅうさせよ』


 場合によっては武装蜂起が起きてもおかしくはない、この一方的な内容は、長期に渡る従属関係から脱しようとする従属国に対し、今一度力関係を知らしめ、先の時代に国力の衰えたグランガルドを、当代国王の名のもと、盤石にするためのものである。


(それにしても……『狂王』の名を冠するくらいだから、覚悟はしていたけれど)


 微笑みの裏で、クラウスの表情をつぶさに観察しながら、ミランダはやれやれと心の中でぼやく。


 一人目が何をしたかは知らないが、まさか謁見初日に、血溜まりの中、ひざまずく羽目になるとは、思ってもみなかった。


 怯え、泣き叫ぶ姿が見たかったのだろうか。

 ミランダの反応が御期待に添えなかったようで、クラウスの眉間の皺が、さらに深くなる。


「お前が噂の第二大公女か……は、末の娘だけだったはずだが?」


 抑揚のない冷ややかな声音に、再び場の空気が張り詰める。


「どのような噂かは存じませんが、『』ということであれば、私も条件に当てはまりますわ」

「……」

「それに我が妹は年若く、このような重責を担うにはあまりに力不足でございます故、不肖ながら私が参りました」

「……ほぉ」


 クラウスは立ち上がり壇を降りると、傍らに控える近衛騎士から一振りの剣を奪い、鞘を払った。


「……立て」


 抜き身の剣を瞳に映しながら、ミランダは命ぜられるがまま立ち上がる。


 重くなったドレスの裾から、赤い雫がぽたぽたと、下に垂れ落ちた。


 勅令から謁見日まで期日に余裕がなく、送られてくる人質の身辺調査までは間に合っていないはずだが、各地に諜報員を潜伏させているグランガルドのことだ。


 ファゴル大公国がミランダを差し出すことは勿論、彼女にまつわる醜聞についても、おおよその報告を受けているのだろう。


 クラウスはゆっくりと歩み寄り、抜き身の剣尖けんせんをミランダの喉元へ突き付けた。


 見上げるばかりに背が高く、小柄なミランダの前に立つと、歴戦で鍛え上げられた体躯により、一層大きく感じる。


「何を企んでいるかは知らんが、この国で生き残りたくば、人質以上の価値があると証明してみせろ」


 一人目は死に、二人目は気を失った。


 さて今回はどうなることかと、居並ぶ諸侯達が緊張の面持ちで見守る中、クラウスは突き付けた剣尖をわずかに動かす。


 刃先が浅く喉の皮膚を裂き、細く白い首を、一筋の血が伝った。


 ミランダは身じろぎもせず、抜き身の剣を一瞥すると、少しの間目を伏せ、そしてまたクラウスを真っ直ぐに見つめながら、口を開いた。


「……仰せのとおりに」


 ドレスを朱に染め上げ、剣を突き付けられてなお平静を保つミランダに、視界の端、斜め後ろに立つ赤毛の騎士が思わず、「魔女め」と吐き捨てるように小さく呟くのが聞こえる。


(情報を秘匿しているわけではないから、陛下のみならず諸侯衛兵に至るまで、私の悪評をご存じなのは構わないけれど……)


 蔑み、忌避、嫌悪……醜聞にまみれたミランダには、どれも慣れた感情で気にもならないが、そもそも赤毛の騎士は、この場での発言を王に許されていない。


 大丈夫かしらと再びクラウスに目を向けた瞬間、ミランダの喉元に突き付けていた切っ先をひるがえし、大きく一歩踏み込むと、赤毛の騎士に向かって振り下ろした。


 一閃、騎士の肩から胸にかけて肉が裂け、鮮血がミランダの頬に飛ぶ。


 声を発することもできず、ぐしゃりと崩れ落ちる赤毛の騎士に興味を失ったのか、クラウスは諸侯達へと視線を這わせた。


「覚えておけ。この国にある全ては、等しく俺のものだ」


 ――この国に来た以上、お前もまた、例外ではない。


 ミランダだけに聞こえるよう、クラウスは低い声で囁くと、マントを翻し謁見の間を後にした。



***



 稀代の悪女と評され、大陸全土に名を轟かせた、ファゴル大公国の第二大公女ミランダ・ファゴル。


 この後、自ら人質志願したグランガルドで、名ばかりの側妃に召し上げられた挙げ句、初夜に自白剤を盛られるという、クラウス主催のサプライズイベントに突入するとは、さすがのミランダも思いもよらなかったのである。



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