Fantasia(ファンタジア)~げんそうのきょく~
cloud 9(クラウド・ナイン)
第一楽章
第1小節目、プロローグ
表紙絵:https://kakuyomu.jp/users/cloud-9/news/16817330666797869486
教室の窓から見える、四角く切り取られたこの季節の空は、何処までも青く青く澄み切っている。
その上に、沸き立つように描かれる、少しだけ青みがかった雲の白、萌えるような草木の緑。
目に映る全部の世界が、日ごとに彩度を増して輝きだすとき。
それは、あたしが一番好きな季節。
大好きな夏が、靴音を高らかに鳴らしながら、すぐそこまで近づいている。
なのに、あたしは最近、ため息ばかり。
あたしは
某芸術高校の3年生。
おうちのこと、進路のこと、ともだちのこと・・・。
このところ常に、心とからだのどこかしらにもやもやを抱えたままでいるあたし。
まだとても受け入れ準備万端とは言えない状況だというのに、大好きな夏は容赦なくその訪れを告げるのだ。
★★★
「…り」
「…まりってば!」
「ねえ! コラ!
「あ…え?」
「どうしたっての? 目を開けたまま、居眠り?」
席に座ったまま、周りをぐるりと見渡す。
さっきまで制服姿の生徒で埋め尽くされていたはずの教室には、あたしと、前の席に座っている
午前中特有の透きとおった光が窓から差し込む、がらんとした空間に、まるで置き忘れられたようにあたしたちだけがぽつんと取り残されている。
ほんのひとコマ前までは確かに、正面の教壇に立った先生が、口をぱくぱくしているのを虚ろな気分で眺めていたはず。
「あれれ? みんなは?」
「3時限目は視聴覚室でしょ? とっくにに移動したって。 あたしたちも行こう」
「そ、そうだね、急がなくちゃ」
★★★
とはいえ、あたしたちの「急がなくっちゃ」とは口先だけ。
とてもじゃないけど急いでいるとは言い難い速度で、ガラス張りの渡り廊下をずるずると歩く。
「そういや、移動して何するの?」
「…飽きれた。 マジでなんも聞いてなかったんだ」
「…えへへ」
「美術史の授業の続き。先生散々説明してたじゃん」
「そうか、そうだった」
「…ったく、どうしたって? 何度呼んでも返事すらしないだなんて…あんた、なんか様子が変」
「ごめん…」
「そういえば、今朝もおもいっきり遅刻してきたよね?」
絵麻が、手入れの行き届いたロングヘアを耳に掛ける仕草をしながら、顔だけをこちらに向けた。
「ねえ、もしかして…何かあった?」
ポーカーフェイスをキープしたままで、「美人隠し」だと宣う眼鏡の奧からあたしの目をまじまじと見つめる。
…そうしていると、以前とどこも変わったところはないように思うのに。
「ううん、何でもない。急に暑くなったから、ちょっと寝不足気味なのかも」
あからさまに詮索から逃れようとするあたし。
少し訝しげな顔をする絵麻に、生徒手帳に挟んであった、キャラ模様がついていない方のバンドエイドを1枚取り出して、押し付けるように手渡した。
「あのさ、絵麻。お詫びにといっちゃなんだけど、親切なあたしが教えてあげる」
絵麻の、まるだしになったほうの耳に右手をあてて、少し息を吹きかけるようにしてヒソヒソ声で囁いてみた。
「キスマークついてるよ、首のところ」
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