はもくれ
アレクラルク=ネレイア=CMC
1時間目 ようこそ♪ 異能力バトル高校に
初代生徒会長
ウィル能力名【
効果 目を合わせた相手の視界ジャック。別の相手にするまで永続。音も聞けるが自分が目を閉じる必要がある。
【女神ウィル】=運命の女神【フォルトゥーナ】
FORTUNEという英単語の語源。
やがてGETする第2能力【てるてる
道に迷っている人間を目的地まで案内出来る。知らない場所でも。
《さあ。WHEEL OF FORTUNEが廻り出す! FOOL MEETS WORLD! NON МAGICIAN!》
?????
『我が名は「とおりゃんせ」』
『この物語が、どういう物語か教えよう』
『能力バトルとは「性格喜劇」ではないか? というテーゼである』
『君はどんな能力が欲しい?』
『俺が欲しいのは絶対に証拠を残さずに人を始末出来る能力だ』
『派手なドンパチ? 警察が怖くないのか。素人め』
『我が能力は【セブン=ブリッジ】』
『
『あー』
『更に言えば、この7匹と合体することで巨大な
『…………』
『ド派手過ぎて使い勝手が悪いのだ。このクズ能力』
『まったく。――「派手」ということは悪なのだ』
『本当に要らない。このクズ能力。こき使われるしな』
『優秀な能力とはそう。女にモテる能力だ。はっはっは』
?????
「てめえ、オレに喧嘩売ってんのか?」
「フ。そんなつもりはないぜ。ただクラスメイトに対して、お前の態度が酷いからな。改めた方がいいんじゃないかと忠告しただけさ」
(何だこれ……)
入学式が終わるまでは普通の学校と変わりなかったと思います。
国立ウィル能力研究大学附属高等学校。
僕こと「
しかし式が終わって、手洗いに寄ってから教室に戻ると……
真新しい学生服を着た2人の男子が教室の前の方で対峙していたのです。
1人は細めの体格の整った顔立ちで、へらへらした笑顔を浮かべてますが割とハンサム。良く言えば人当たりが良く、悪く言えば馴れ馴れしい。
もう1人は目付きが悪くて肩幅が広く、イライラとした目を相手に向けています。髪は短くとがった雰囲気。うっかり目を合わせでもしたら危険そうだと直感しました。
後に座席表で確認すると、細身の男子は1番「
途中で入って来た僕には、どういう事情で2人が睨み合っているのか分かりません。
「……いい度胸してやがるな。ぶちのめされても後悔するなよ?」
上田くんは右の拳を握り締めると、威嚇でもするかのように何もない所をヒュンヒュンと殴り始めます。すると――
――ブン、と。
彼の右拳が淡い不思議な光を帯び始めました。
しかし、それに相坂くんは小さく笑います。
「お前こそ喧嘩を売る相手が間違っていたな。見るがいい。この相坂祐一の【ホーリー=フィンガー】の能力を!」
彼が制服のポケットから取り出したのは何と1個の湯飲み茶碗でした。使い古した物らしく、内側はまだらな茶色に汚れています。
相坂くんが右手の人差し指をぴんと立てると彼の指先も淡く輝き始め、それで左手に持つ湯飲みの内側をそっとなぞりました。
すると驚くべきことに。相坂くんが人差し指で拭ったその箇所が、まるで新品同様に純白の輝きを取り戻したではありませんか!
「な、何! 貴様、この能力は!?」
「フフ。驚いたか? そう。俺はこの指で触れるだけで――湯飲みについた
「くたばれ」
……上田くんの右フックが相坂くんの頬にめり込みました。
「ほごへっ!?」
どごーんという衝撃音。茶碗がカラリと転がります。数分後。
「と言うわけで、相坂は大学附属の病院に搬送された。2週間は入院だろうな。まあ、この学校では日常なので、気にせず勉学に励むように」
茶髪でポニーテール、スーツ姿の女性教師が教壇で無表情にそうのたまいました。
僕らB組の生徒たちは、上田くんを除くほぼ全員がポーカーフェイスを浮かべ、
「へっ、このクラスにも強い能力者がいるじゃねえか。面白くなって来やがったぜ!」
みたいな台詞を吐く者は皆無でした。
ちなみに相坂くんの手から落ちた湯飲みは、奇跡的にひび1つ入らず無事でした。
?????
「昼休みか。ひとっ走りしてパンとコーヒー買って来い」
「あの、上田くん。昨日立て替えた分のお金がまだ……」
「やるのか、コラ」
「い、行ってきます!」
「けっ、腰抜けが。おい、そっちのお前。アイツが帰って来るまで肩でも揉めや」
「は、はい……」
「そう言や次の授業で宿題が出てたな。始まるまでにオレのノートに写しとけ」
「…………」
「何だ、そのツラは。文句があるなら相手になるぜ」
「い、いえ。滅相もない! 上田さんに不満などはありようはずもございません!」
「けっ! どいつもこいつも腰抜けぞろいが。このクラスでは、このオレ様が最強だってことだよな! ひゃーはっはっはっはっは!」
2番の上田くんの席は廊下側の前方です。僕の席は窓側の後ろから2番目で今のところ実害がありません。机の並びは6×6。
(しかし、こんなクラスの状況は普通に嫌だ……)
?????
「……いやー、先生。困ったことになりましたよね」
昼休み。僕は自分で作ったお弁当を持って、担任の木嶋葵先生のいる生物準備室に。
「ああ、本当だな。冬林くん。上田のようなお山の大将を担当することになって、先生はとても面倒臭い」
僕らのクラスの担任は生物担当。20代半ばくらいで、黙っていればそれなりに綺麗なおねーさん。
髪は明るい茶色のポニーテールで、洒落っ気のない地味な色のゴムで留めています。入学式の日はぴしっとしたスーツでしたが、それ以後は着慣れた印象の白衣姿。
「……先生。面倒臭いとか言ってないで、上田くんをどうにかしてください」
「私だって自分が可愛い。かったるい。ああいう上田みたいなのに道理を説いて、逆ギレされて怪我でもしたらどうしてくれる?」
「かったるいとか言わんでください。あなた、ここの教師でしょうが!」
内臓むき出しの人体模型。骨格標本。棚一面にはホルマリン漬けにされた生き物の死骸。狭くてほこり臭い空間で先生と2人机に座り、僕は箸を動かします。
「ご馳走様でした」
「はいはい。私が言うことでもないが、お粗末さん」
節約のため手作りして来たお弁当を食べ終えます。
?????
「それで先生。何度も言いますが、上田くんをどうにかして欲しいです」
「だから嫌だと言ってるだろ。具体的に私に何をして欲しいんだ」
「そうですね。上田くんをホルマリン漬けにして、ここの棚に並べるとか」
「怖!」
「冗談です」
「可愛らしい顔して、言うことは結構エグイのな……」
そうおっしゃる先生は口調や態度がふてぶてしくて、キレイなお顔やスタイルが台無しな印象です。ともあれ、本題。
「先生。クラスメイトに横暴な振る舞いをしないよう、上田くんに注意してもらえませんか? 僕はまだ実害はないですが、今みたいな状態は嫌過ぎます」
「クラスの皆が心配か?」
「普通、心配するでしょう」
「そうか? 私に言わせりゃクラスメイトなんぞ、たまたま同じ教室で過ごすことになっただけの他人だよ。あまり思い入れを持つと馬鹿を見る」
担任教師の言うことか!
「先生は、どういう学校生活を送って来たのです?」
「どうと言われてもな……あー、学生時代のことではないが、つい最近、元クラスメイトから電話があったな」
「何て?」
「いや、『マルチも宗教も結構です』って用件を聞く前に即切りした」
「…………」
「そういう訳だから冬林。友達ってのはいいもんだぜ!」
「爽やかな笑顔が恐ろしいほど似合わない!」
1年B組クラス担任、木嶋葵。(性別、女性)
僕の印象では、とても駄目っぽい人でした。
?????
先生への「お願い」は不発に終わり、僕は昼休み終了ぎりぎりで教室へと戻ります。
空のお弁当箱を手に教室に入ると、問題児の姿は見えません。
(……ああ、良かった。上田くんがいなくって)
居心地が悪い思いをしながらも、窓側後ろから2番目の自分の席に着きます。
「やっほー! お帰り、冬林くん。今日も、お昼教室にいなかったよねー。いつもご飯どこで食べてるのー?」
後ろの席の女子が話しかけて来ました。つまり36番。
「……ちょっと探検も兼ねて、その辺をぷらぷらと」
木嶋先生の所にしか行ってませんが、かろうじて嘘ではない……はず。
「そうなんだー。今度、私も一緒に行っていい?」
「いや、それは……」
「む。ひょっとして恥ずかしがったりしてるかな? 大丈夫だよー! 私は男の子と一緒でも気にしない人だから」
言葉を濁す僕に、彼女は物怖じのしない快活な笑顔でぐいぐいと迫ってきます。
「気持ちだけ受け取っておくよ。えーと……」
異能力高校1年B組の人数は36人。机の並びは6×6で、僕は最後から2番目の席。【ウィル能力】と呼ばれる超能力の素質のある者だけを集めるため、入学者の男女比が年度ごとにバラバラ。男女ごちゃまぜの、あいうえお順で最初の席順が決まってます。
「えーと……ふふふ、違う。へへ……ほほ……まま……みみ……み?
「……今、私の名前を忘れてなかった?」
「そんなことはナイナイデス」
「むぅ! 失礼だなー。入学式の日に、よろしくって言ったのにー!」
「ごめんね……」
初日の茶渋事件で、細かいことは頭から吹っ飛んでいて……
「まったくもう! 実は冬林くんってば、クラスメイトの顔なんて卒業まで半分くらいしか覚えない人だったりしない?」
「そんなことは全然まったくゴザイマセン」
「クラスの女子の名前忘れて、まじギレされたこととかない?」
「ナイナイナイ」
「もう! あははー、おかしい!」
じとっとした目で睨まれましたが、すぐにくすくす笑い出します。
(ああ、この子の存在に癒される……!)
僕の周りはたまたま男子ばかりで、クラスの雰囲気もぎくしゃくでした。しかし、後ろの席にいるこの女の子が、ささやかなオアシスに。
?????
1年B組36番、水野さん。絶世の美少女とまでは行かないですが、愛らしく生き生きとした表情の子でした。学校の制服を無難に着こなしているように僕には見えます。
ほどけば背中の半分くらいまでの髪を後ろで1つの三つ編みにして、先端には薄い紫色のリボン。
しかし、その時――
「……おい。上田が来たぜ」
がらりと大きな音を立て、前の方の扉がオープン。
「けっ……!」
凶悪犯のような目付きをした上田くんが入室。
「……むぅ。上田くんってば、相変わらず態度悪い!」
「水野さん! しっ……!」
席が1番遠い自分たちでも、こんな思いをしている。
(近くにいる子たちは、もっと大変ってことだよね……)
午後の授業が始まり、帰りのホームルームが終わっても嫌な気分は消えませんでした。
?????
翌日の昼休みも僕は生物準備室を訪れます。
「先生。かくかくしかじかで、上田くんは今日もこんなことをしてたのですが……」
「何をやってる冬林。いじめは見て見ぬ振りをするのも同罪だぞー」
「だから、こうして先生に報告してます!」
「報告されたからと言って、私がどうにかする義務はないな」
「あるでしょ、普通!」
「普通の学校だったらな。しかし、ここをどこだと思ってるんだ?」
国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。
「要するに、お前らは学生という名のモルモットなんだよ」
「言葉を選べよ!」
「いや、でも事実だし」
「薄々感じてはいたけれど、僕はとんでもない学校に入学したような……」
両親や、まだ小学生の妹には、電話で「意外と普通の学校だったよ? 先生やクラスの皆もいい人ばかり」と報告してます……。
「とりあえず、お前らの超能力は【ウィル=ウィルス】という特殊なウィルスによって発現するのは知ってるよな?」
「そうでしたっけ?」
「お前な。この学校に入ったなら、そのくらいは知ってろよ」
「でも、僕は別に超能力者になりたくてこの学校に来たわけではないですし」
「じゃあ、何がしたくてここに来たんだ」
「……勉強ですね」
「そうか。だったら実家に帰れ」
「何でですか!」
人間の価値が強い超能力の有無で決まってたまるか! ……そう思っていた時期が僕にもありました。
「真面目な話。この学校は、強力で優秀なウィル能力の持ち主を探すのが目的だから。お前みたいなヘタレが生き残れるような環境じゃねーんだよ」
木嶋先生のお言葉は、本気で僕を心配しているようにも聞こえます。
「……何ですか、その『生き残る』という表現は?」
嫌な予感。
「文字通り。この学校のモットーは弱肉強食。生徒同士の潰し合いで弱い奴らをどんどん脱落させることを教育方針にしている、サバイバルでバトルロワイヤルな校風です」
「それのどこが教育だあああああああああああ――――っ!?」
中学時代の僕は温厚で面倒見のいい優等生で通っていました……。(遠い目)
?????
今世紀も10年以上を過ぎた頃。某国の科学者により、ある特殊なウィルスが発見されました。【ウィル=ウィルス】と名付けられたそれは増殖力が極めて弱く、空気中や水中では半日足らずで死滅します。
人間の体内に侵入しても、ほとんどの場合は免疫機能にやられてしまい、何も異常を起こしません。しかし、ごく稀にウィルスに対しての免疫が働かず、体内に留めることが出来る者も。
するとウィルスは希少な宿主を守るかのように、宿主に特殊な力を与えるそうな。
「――それこそが、お前らの持つ【ウィル能力】。そして、ウィル能力を発現させ身につけることに成功した者たちを【ウィル能力者】と呼ぶのだぜ、ばっばーん!」
「……口でばっばーんと言われましても」
ノリノリで解説する担任教師に、僕は昨日のお風呂の残り湯のような冷めた態度で反応しました。
「ノリが悪いなー。お前も最近まで中坊だったろ? 強力な超能力を身につけるとか言われてよー。血が
「いえ。あまり……」
あ。もちろん残り湯は無駄なく洗濯に使用しますよ?
「人の心を持たない冷血漢め!」
「何でそんなの言われにゃならんのですか! ……と言うか、先生。その強力な超能力を身につけた乱暴者が好き放題しまくっているのが、ウチのクラスの現状では?」
「ちっ! 気付かれてしまったか」
「お仕事しようよ、担任教師!」
こうして漫才してる間にも、クラスでは次の犠牲者が……
「ふっ。残念ながら、それは違う。この学校では、ああいう上田みたいなのに好き勝手させておくのが教師の大事なお仕事なのさ」
「何でじゃあ――っ!?」
「解説しよう。今から10年以上前に【ウィル=ウィルス】なるものが発見された。それを体内に入れると人間は超能力者になれます。ここまではいい?」
「……ちらっと習った覚えがあります」
「では、そのウィルスが発見された後、世界の各国は何を考えたでしょうか?」
「軍事力への利用……でしたっけ?」
「よく出来ました。誰でも一度は考えるだろ? 強い超能力を身につけて、武装した兵士や警官相手にズッギャーン!」
「そんなものでしょうか?」
国家の秩序を守るため命がけで働いてくださっている公務員の皆様に、どうしてそのような無法な行為が許されるというのでしょう。
「……厨二成分のないガキというのも不気味だな。どういう学校生活を送っていれば、お前みたいなのが出来上がるんだ」
「酷い……」
むしろこの先生の学生時代が知りたい。
(面白い黒歴史なエピソードなんかを入手出来たら、脅迫なんかに使っちゃる……)
ちなみに僕は中学時代、妹の送り迎えをしてました。冬林ゆずちゃん。僕の妹で、今年で小学2年生。ちょっと年が離れてて、やんちゃだけど元気な子です。僕が中学2年生まで幼稚園。僕の中学入学と同時に母さんが忙しくなり、僕がお迎えを任されて――
「うるさい。黙れ」
????? 先生が突然、苦い顔をしています。
「……シスコンの気はあるが、お前が真面目ないい子なのは分かったよ。荷物まとめて実家に帰れ。今すぐじゃなくていいから、その内な」
「何でそんなこと言われるんですか!」
「ええーい! うるさい! ここはお前みたいな、いい子ちゃんが生き残れる環境じゃねーんだよ!」
全然納得が行かないままに、僕はこの日の昼休みも収穫なしで生物準備室を去ったのでした。
?????
午後の授業で――
「ねえねえ、冬林くん冬林くん! ちょっといいかな?」
僕が窓からの日差しに目を細めていると、後ろの席の水野さんが、ぴょこぴょこと三つ編みを揺らしながら話しかけて来ました。
「……ごめん。水野さん。今、授業中だよ」
「むぅ!」
今の時間は、上田くんも教室の反対側で大人しています。だけど、彼の背中越しに見えるのは、ぽっかり空いた出席番号1番の席でした。
(……クラスのためとか綺麗事は言わない。僕自身の安全な学校生活のために、上田くんを誰か何とかして欲しい……)
僕は一生懸命考えますが、仲間や友達のいない今の状況では手詰まりでした。やがて上の空だった授業が終わり、帰りのホームルームも終了します。
「ねえねえねえねえ、冬林くん冬林くん!」
「うん。水野さん。また明日ね」
「むむむむぅ! 待ってってば!」
何だか呼び止められた気もしましたが、上田くんに絡まれでもしたら嫌なので、1秒でも早く学校の敷地から出たいです。1人暮らしのアパート(4畳半のキッチン付。トイレ風呂別だが、築ウン十年で家賃は安い)に戻った僕は夕食を作り、一通りの家事と宿題を終えてから就寝しました。
?????
翌日の昼休み。
「ああ、疲れた……。冬林。コーヒー淹れて」
懲りもせず生物準備室に押しかける僕も僕ですが、人が入ってくるなり用事を頼む木嶋葵先生も色々どうかと思います。
「うるさいなー。私は今日、真面目に仕事をしていたの……」
「言われてみれば、机の上にノートパソコンがありますね」
「スパイダーソリティアで、ようやく勝率が3割超えて来た」
「いつのOSだ!」
「いやー、これがやれない人生が嫌でよ。あ、多分お湯が沸いてるから」
机の脇には、どう考えても先生の私物に見える電気ポットが。
「細かいことは気にするな。私、砂糖なしのミルクのみ」
「はいはいはいはい……」
インスタントのコーヒーを、これまた私物らしいカップに入れて、お湯を注いでかき混ぜてからパックのミルクを投入。
それを先生に差し出してから、今日も手作りの弁当を机に置きました。
「……では、先生。今日もここでお昼よろしいですか?」
「好きにして。ただし『上田くんを何とかしてくださーい!』はナシの方向で」
「そうします」
「おや?」
カップを口元に運んだ先生が、不思議そうな顔をします。
「どうしたの? そうか。ついに学校辞める決心したか」
「違います」
「短い間だったけど、お前のことは忘れない」
「違うと言ってるでしょうが!」
僕もこの先生のことは一生忘れないでしょう。……色んな意味で。
「とりあえず昨日の続きと、先生方が動けない事情があるのなら、お訊きしたいと思っただけですよ」
「先生『方』かよ……。絶対サポート系……」
「何か?」
「いや、とりあえず昼飯を食べちゃいな。昨日はどこまで話したっけ?」
「ウィル能力の軍事力利用がどうこうでズッギャーンな所です」
「ズッギャーンってのは何だよ、恥ずかしい」
この先生にツッコミを入れたら負けという自分ルールを発動しようと思います。
「まあ、そこからは長いんだけどさ……」
コーヒーのおかわりを要求してから木嶋先生は、ウィル能力の軍事力転用はすぐに頓挫したのだとおっしゃりました。
「どうしてなんです?」
「長い戦いの歴史を経て来た人類が争いの虚しさを学習したから……と言ったら信じるかい?」
「言うのが先生でなければ信じたかも知れません」
「何だよ、信用がないなー」
「生徒に信用されたいなんて気持ちがあったんですか……?」
「本当の理由は、ウィル能力により出る効果が、どれも実用的でなかったからだよ」
?????
『――博士! ナンバー3201がウィル能力を発現しました!』
『ふむ。それはどのような能力なのじゃな?』
『はい。彼の能力は怪力です。ウィル=ウィルスの作用により、腕の筋肉量が一時的に増大。理論上の計算では厚さ1センチの鉄板を打ち破ることすら可能です』
『素晴らしい! 研究3年目にして、ようやくまともな能力者が現れたわい!』
『しかし、使用に条件があるようでして……。彼はその怪力を、固く閉まったビンの蓋をつかんでいる時しか発揮出来ないようなのです』
『ほぅ……。つまり彼のウィル能力は「固いビンの蓋をパワーでこじ開けられる能力」ということになるのかな?』
『多分』
『またか! また、そんなしょうもない能力か! いつになったら、実戦で使えるような強力で優秀なウィル能力者を見つけることが出来るんじゃ!』
『でも、今までのよりは格段に便利ですよ、これ。【封印を破るもの】とでも名付けましょうか』
?????
「――と。こんな感じだったらしいのよ。研究の始まった最初の頃は」
「待ってください。ウチのクラスの、えーと……茶渋くんと同レベルではないですか?」
「【ホーリー=フィンガー】よりは、まだ優秀じゃねえ?」
「……どんぐりの背比べ?」
僕自身は別に強い超能力が欲しいと思っていませんでした。……この時までは。
しかし、これはいくら何でもショボすぎると言いますか……。
「そ。ちょっと強い能力でも、兵器の発達した現代では役立たず。こんな研究に使う金があったら、銃や戦車なんかを買った方がマシだって話」
銃や戦車を一蹴するようなクラスメイトにいられる方が怖いです。
「でも、研究が打ち切られたわけではないのですよね。どうしてです?」
「大人の事情。この研究で飯を食うようになっていた連中が色々ごねて抵抗した」
「……事業仕分けは?」
「されなかった。その後、簡単な血液検査でウィルスを体内に保持出来るか調べられる技術が開発された。また研究を進めていく内に、大人よりも子供の方がウィル能力者になれる確率が高いという事実が判明した」
?????
「要するにウィル能力の才能とは、ウィルスに対する抵抗力が無いことなんだよ。そうした免疫力のようなものは、大人より子供の方がずっと弱い」
「そうですね。ウチの妹も小さい頃は、よく病気してて大変でした」
「……シスコンめ」
「シスコンじゃないです。普通です」
「……とにかくウィル能力の適性者を見つけるには、子供の血液をたくさん調べるのが効率的と分かった。ガキどもが多く集まって、大人が命令を出しやすい場所は?」
「学校ですね」
「その中で、自然に血液を集められる行事と言えば?」
「健康診断」
「正解。お前も中学の時に血を採られたろ? あの時の血液を調べた結果、お前は体内に【ウィル=ウィルス】を入れておくことが出来る体質の持ち主だと判明した」
「つまり、超能力の素質があったと」
ただし、この時点での僕は……
「そうして全国から集められたのが、この学校の生徒たちというわけさ」
「……強い能力を見つけるのに、数撃ちゃ当たるという発想ですよね? 上田くんを放置なのは、彼が貴重で優秀なサンプルだから?」
「半分正解」
「……半分だけ?」
「そう。ぶっちゃけたことを言うとだな――」
今まで、ぶっちゃけてなかったことに驚きです。
「優秀なウィル能力者を兵隊にしようという当初の目的は、現場の人間、ほぼ全員諦めてるの」
……はい?
「たとえば我らがクラスのお山の大将、上田くん。彼はお前らの中では優秀だよ? でも、鉄砲で撃ったら普通に死ぬし」
撃つなよ。
「ぶっちゃけ、お前ら生徒を集めてるのは国からの予算が目当て。ガチの国家間戦争で使える人材なんぞ1000人に1人もいない」
そのせいで国からの予算は削減される一方なのだと、木嶋先生は生温かい笑顔でおっしゃいました。
「さーて、冬林要くん。ここからはシビアな現実のお時間です。正直に答えてくれたまえ。お前がこの学校に入学したのは一体何が目的よ?」
「……強い超能力を身につけて、強敵をばっさばっさと倒したいカラデスネ」
「異議あり。証人は前後の発言が矛盾しています」
「その……授業料が無料というのに魅力を感じまして」
「他には?」
「えっと……この学校の生徒って、大抵は親元を離れて来ますよね? 僕もそうですし。そうした生徒には家賃や生活費の補助があるというのが、凄く気が利いていて嬉しいなーと……」
「つまり金に目がくらんだと?」
「……家は裕福でもないので、父さん母さんに楽をさせてあげられるかなーと」
「しかし、この学校の実態を知った今ではどう思う? そうした金銭的な優遇を」
木嶋先生の表情は生温かい笑顔のままでした。
それに僕は恐る恐る返します。
「……もしかして、モルモットをおびき寄せるためのエサだった?」
先生はにっこりと目を細め――
「はっはっは。馬ー鹿馬ー鹿! 金に目がくらんで、ざまあ見ろ!」
「うわあああああああああああああああああああああああああ……っ!?」
国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。
自分はとんでもない所に入学したのだと、僕が痛感したのはこの時でした。
?????
「話をまとめるぞ。ウィル能力の研究は、元々軍事目的で始まりました。この学校のお前ら生徒は、そのためのサンプル。しかし、ほとんどはショボい能力しか出ないため、国からの予算はどんどん減ります。ここまではいい?」
「……はい」
木嶋先生の表情は、真面目なものに戻っています。
「しかも、お前ら生徒を在籍させておくには無駄に金がかかります。授業料、家賃、生活費の補助、部費や雑費エトセトラ。厳しい予算をやり繰りするのはどこも大変。となると学校側としては、お前らにどんな対応を取るしかないでしょうか?」
「……サンプルの生徒を集められるだけ集めたら、不要になった子たちを切り捨てる?」
僕も釣られて真剣な表情に。
「正解。そこで、」
――この学校のモットーは弱肉強食。生徒同士の潰し合いで弱い奴らをどんどん脱落させることを教育方針にしている、サバイバルでバトルロワイヤルな校風です。
「となるわけよ」
「く、腐ってる……」
高いお金を出してガチャを引いた後、不必要な低レアキャラを次々に売却していくようなものじゃないですか……。
売られる低レアキャラにしてみれば、たまったものじゃないですね……。
「金が目当てで入学した奴に言われるのは、先生もちょっと不本意だ」
「だとしても、騙し討ちですよ……。こんなことなら普通の学校に行けば良かった」
「今から行けば? 先生たちは別に止めないよ?」
「あんたらはそれでも、国の作った教育機関か!」
僕を含めた生徒たちの人生を、一体何だと思ってるんだ……!
しかし、先生はどこ吹く風です。
「国に過剰な幻想を抱くのはやめとけよ。それにほら? 考えようによっては、世の中の厳しさを身をもって知ることが出来たとも言えるじゃん?」
「詭弁です」
「世の中は詭弁に満ちている」
「今この状況がそうですね」
「先生のことは、歩く詭弁と呼んでくれてもいいよ?」
「開き直るな!」
頭を抱える僕でした。
(……ん?)
しかし、そこで、ふと気になることが。
「あのですね、先生」
「ん?」
「先生が、こうして僕を保護してくれてるのって、おかしくないですか?」
「何のことだね?」
微妙に先生の目が泳いだ気が。
「いえ。何となくですけれど。……この学校は生徒たちを争わせて、退学者を1人でも多く出したいんですよね?」
「そうね。金がかかるから」
「その生徒同士の争いに学校が介入することは? 特に一方の誰かに肩入れだとか」
「いやー、そんなの逆恨みされちゃうじゃん。名誉のために言っとくと、学校は特定の生徒が辞めるよう仕向けたりはしてないよ? 上田みたいな乱暴者がいても放っといて、居心地の悪くなった子が勝手にいなくなってくれるだけ」
「……それでも充分酷いです。でも先生。だとしたら、こうして僕をかばうのも駄目なんじゃありません?」
「誰が誰をかばうって? お前は勝手に私の生物準備室に押しかけて、友達も作らず1人で飯を食ってるだけだろ?」
「誰のせいで友達も作れないクラスの状況なのですか……! 今まで気にしてなかったですが、先生は僕を上田くんからかばってくれていますよね? 学校側が中立だと言うのなら、即座に追い返してないとおかしいはずです」
ここ数日の先生の行動は、明らかに今までの説明と矛盾。
「気のせいじゃねえ? 学校はお前が消えたところで気にしないよ?」
「そうですね。この学校は生徒がいなくなっても気にしない。むしろ推奨。でも、1つだけ例外があるのではありません?」
「ほう……」
「せっかく集めたモルモット。餌に寄って来た間抜けなカモ。――つまり、入学した生徒の能力が分かる前に脱落されるのだけは、学校にとっても困るのだと予想します!」
国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。
僕は1年B組35番、冬林要。ウィル能力は――未覚醒のままでした。
?????
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち……
「いやー、よく気付いたね。冬林くん。そんなに頭が鈍いわけでもないんじゃん」
「……何で急に、悪の黒幕みたいなしゃべり方になっていますか。先生は」
「くっくっく。それに気付きさえしなければ幸せだったものを!」
「悪ノリはいいから、事情を説明してください」
「ノリが悪いな。まあ、こういうこと――」
①僕のウィル能力は未覚醒。これが分かる前に脱落されるのは学校に都合が悪く、担任が責任を負わされる。(お給料を一部カット)
②そこでクラスの問題児とぶつからないよう自分の根城に匿っていた。
「ろ、ロクでもない……!」
「助けてもらって何を言う。まあ、いいんだけどな。こういうことにもなってるし」
③しかし、一方で学校は生徒同士の潰し合いに関知しないという原則アリ。現場の判断も尊重するが、これ以上はよろしくないというのが上の判断。
「と言うわけで、お前はもう、ここに来ちゃ駄目だから。クラスの他の皆と同じく、上田の脅威に怯えながら毎日教室で過ごすように」
「……あんたねえ」
「そんな顔するなって。不公平だろ。お前だけ助けるのは大体にして」
一瞬納得しかけましたが、悪いのはやっぱり学校ですよね……。
(あ。でも、他にかばわれた子がいないってことは、クラスの皆は全員ウィル能力とやらに覚醒してる――?)
そして昼休みが終わり、部屋を出る直前に――
「そうそう。冬林。私はお前たちを助けることが出来ないが、アドバイスくらいはしてやろう。――力で上田を倒せないなら、陰謀で潰せばいいんじゃねえ?」
「……いんぼう?」
「そう。強い能力に目覚めたアイツを、まだ能力に目覚めてないお前が、知恵と策略を駆使して撃破する。格好いいじゃん? そういうの」
「そうでしょうか……」
首を傾げながら教室に戻る僕。……言葉というものは、他人を誘導するために存在する。僕が先生の暗示を真に受けなければ、この先の流れは違っていたかも知れません。
?????
午後の授業が始まっていました。
「えー。宿題を出してたな。ここの文章を上田。訳してみろ」
「うっす。えーと……『はーい、ケンジ! あなたたちはどうしてクジラなんかを食べるのよ? あんな賢い生き物を食べるなんて残酷だわ!』
『はーい、リンダ。今では食べる人も少なくなってるけどね。でも、質問に答えよう。それはキミらにとってクジラは賢い生き物かも知れないが、ボクらにとっては全然そうじゃないからさ!』」
「うむ。上手く訳せているな。解説すると、ここの構文がこうなっていて――」
年配の男性教師が教壇に立ち、英語の問題を黒板に書いていきます。異能力者だけを集めたこの高校も、授業の光景だけは、ごく普通。
しかし、授業も上田くんの動向も、今の僕は気になっていません。
「……おーい、冬林くーん? 雰囲気暗いけど、大丈夫?」
背中から声が聞こえた気もしますが気にしません。机に開いた真新しいノートのページには、
『どうやって上田くんをやっつけるか? ~陰謀篇~』と書いていました……。
どうやって、上田くんをやっつけるか?
①自分で倒す。
②仲間を集めて皆で倒す。
③他の誰かに倒させる。
いや、実際にやるつもりはないですよ? 怖いですし。面倒ですし。
だけど僕は思いついた限りのことを、ちまちまとノートに記していき――
キーンコーンカーンコーン……
「はい。今日の授業はこれで終わり。各自、予習復習をしておくように」
(……うわっと。いつの間に)
気が付くと、英語の授業が終了でした。ノートに板書は1行もなく、
どうやって上田くんをやっつけるか? ~陰謀篇~
①自分で倒す。真っ向からの喧嘩で勝つ→×
ウィル能力を使っての勝負→?→多分駄目
②仲間を集めて皆で倒す。→△(裏切り者が出る恐れ)
③他の誰かに倒させる。
世紀末救世主→いない 協力者を探す→見返りは?(お金→ない 情報提供→? 能力で援護する→?)などといった記述が。
(どれも実行出来そうにない……)
ノートを仕舞うと、荷物を持って立ち上がります。本日最後の授業は教室移動。
?????
「えー。本日の連絡事項は特に無し。お前ら、いい放課後を」
1年B組のホームルームの短さは異常かなと思います。担任の木嶋先生は面倒臭がりな性格らしく、連絡事項のない日などは「特になし。解散」だけで済ませることも。
ざわざわし始めるクラス内の空気。
いつものように、僕もさっさと帰ろうとします。
「あれ?」
ノートがない。
「ちょっ……! 何で……! 冗談じゃ……!」
慌ててがさごそ机を探すが、やはり英語のノートは見つかりません。代わりに奥から出て来た物は――
『放課後、体育館の裏まで来てください。――キミのクラスメイトより』
(……手紙?)
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