異世界の新聞記者は黄金郷の夢を見るか
えるす
第一話.黄金郷と新聞記者
「これで行こう。十世紀前の古代都市ついに発見か!?黄金郷エルドラアド!」
朝日が入り込む大きな窓の前の机で、一人の男が興奮気味に立ち上がってそう言った。規則正しく揃えられたオールバックの髪型に、腹が出てボタンが外れかけたシャツが不釣り合いなこの男がこの場のボスだ。それぞれ机に向かっていた者たちが、一斉に彼に注目する。
「大スクープだぞ!帝都始まって以来の大スクープだ!ついに冒険者がエルドラアドの黄金を持ち帰った!」
そう叫んだボスの声に、部屋中がにわかにざわめいた。机の上に乱雑に置かれた金属製の定規が、きらりと朝日を反射して輝いている。
「よぉし忙しくなるぞ!おいコーヒーを淹れろ、ルシアは?どこに行った?」
その時、「バン」っと大きな音と共に勢いよくドアが開かれた。同時に亜麻色の髪を玉ねぎのように束ねた女が飛び込んできた。
「すみません!遅刻です!」
ぱっと注目がその女に集まった。一瞬に静まり返った世界で、蝶番だけがギッと一つ音を立てて見せた。
「ボス、あー……あの、すみません」
不穏な空気を読み取ったのか開いた時の勢いとは裏腹に、なるべく音を立てないように静かにドアが閉められた。
「わかった、もういい。ルシア君、とりあえずコーヒーでも淹れてくれ」
ルシアと呼ばれた女は、二つ返事で炊事場に向かって行った。ボスはドカリと音を立てて椅子に腰掛ける。
「取材だ、現地取材。これから冒険者たちがこぞって樹海を探検にでるぞ。乗り遅れる前に同行取材の許可を取ってこい。二、三人送り込もう……」
「ボス、コーヒーです」
「早いな」
ズッと黒い液体を喉に流し込んでいった。白い湯気がふわりと香ばしい香りを運んでくる。ふと一息ついて、ボスが再び口を開いた。
「それで冒険者に取材に行く人員だが、ニックとヒューリはどうだ?」
「俺は明日からエルフの村に出張ですし、ニックは先週から食中毒で入院中です」
ボスの問いかけに、背の高い男がそう答えた。
「食中毒だぁ?」
「はい、ポイズンスネークは唐揚げにしても毒があるのかの検証で。見事に毒が残ってて入院です。ボスの指示ですよ」
「む。じゃあエルフの村に出張の方はなんとかならんのか?」
「女王と面会まで約束したんです。なんともならないですよ。それに片道一週間はかかります、取材と合わせると一ヶ月くらい戻ってこれないですから」
「む……」
近くで聞き耳を立てていたルシアが手を挙げる。ふわっと舞った髪の毛先が朝日を捕まえて光った。
「はい!私やります!やらせてください」
きらきら目を輝かせてルシアが立候補した。ボスは一瞬彼女の顔を見るが、手をひらひらさせながら却下する。
「ダメだダメだ、お前には危険すぎる」
「えー、女には危険な仕事はやらせないって言うんですか。お茶汲みだけしてろって?もう、古いですよボス」
「そういう事を言ってるんじゃない」
「じゃあなんで私にコーヒーを淹れろって……あっ差別ですか?」
「はぁ、全く。口の回るやつだな。良いところの娘が道楽でやるには危ないって言ってるんだ」
それに、と言いながらボスは専用の椅子に深く腰掛け直した。コーヒーのカップを横にどけながら続ける。
「お前にはもう仕事を振った」
「迷子の使い魔を探していますの記事ですか?もう見つかりましたけど……」
「いや、もう一つあっただろう」
「ツチノコの巣を発見した人の取材の方ですか?あれはポイズンスネークにテニスボール咥えさせたガセネタでした」
白い歯を少し見せながら、ルシアは続ける。
「ニックさんは入院中。ヒューリさんは出張。私しか身体のあいている人間が居ないんじゃあしょうがないですよね?」
「む……」
「やれます、私に任せて下さい!黄金でできた都市。冒険者の探検隊!ロマンがあって素敵ですよ」
「むー……」
ボスは小さく唸りながら、目を閉じて下を向いた。ほんの一分ほど何事かを考えたそぶりを見せたあと、顔を上げた。
「まぁ良いだろう。ルシア、黄金郷の取材を任せた。都内で冒険家パーティを探してこい。エルドラアドを探検するつもりのやつらだ、同行取材の許可を貰ってこい」
「了解です!」
そう言ってルシアは敬礼の真似事をしたのだった。
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