聖華駄文 ただの思いつきを垂れ流すだけの代物
T.K(てぃ〜け〜)
幻奏のオルゴール
ある日、大きな満月の夜だった。
私は『彼女』の歌を聞いた。
蒼白く光る満月の下、彼女は歌った。
憂いを帯びたその歌声は、どこまでも澄んでいて、聞いていると心臓の鼓動が高鳴り、早まり、不安になる。
……美しい……
月並だが、そうとしか形容出来ない。
どこまでも澄んだ歌声。
その場で身動き一つ、瞬きすら忘れて、流れる音階を全身で感じていた。
私は『彼女』に魅了された。
*
聖王国
騒がしい通りの一角で、私は演奏をしている。
フルートを吹き、ヴァイオリンを奏で、アコーディオンを掻き鳴らし、タンバリンを叩く。
これらの楽器を、
もちろん私はただの人間だ。私という個人が複数人いるわけでも、頭と腕が四人分付いているわけでもない。
精霊魔法を使っている。
擬似精霊達を操り、これらの楽器を同時に演奏し、私自身はその指揮を執っている。
私はこの独演を『精霊合奏』と呼んでいる。
そんなものは芸術では無い、ただの
*
かつて、私は芸術都市アルクスで音楽を学んでいた。
あの街は聖王国において、芸術活動の最先端だ。あの街で認められた者は、聖王国中に名を轟かせる芸術家にもなれる。それ故にアルクスに集う者達は常に切磋琢磨し、非常にレベルが高い。
生半可な努力では到底及ばぬ芸術の戦場だ。
人と同じ事をしていても認めてもらえない。
私はそう感じた。
一つの楽器を極めるだけではダメだ。
人とは違う方法はないか…
もっと違う表現はないか…
〜一人で複数の楽器を操り、私の思う通りの演奏会が開けぬだろうか〜
ある時、そう思い至った。
だから精霊魔法を習得した。
始めは一つの楽器を演奏するのも困難だった。
慣れてくるとどうにか曲として成り立つようになった。
コツを掴むと自分で演奏するのと遜色ないまでになった。
操れる擬似精霊の数も増やす事ができた。
芸術院の教授達に私一人の演奏会を披露した。
まるで大道芸だ。そう言われた。
そんなものは芸術では無い、冒涜している。そう言われた。
そのような小手先の芸などに現をぬかすようでは君の才能もそこまでのようだ。そう言われた。
それでも、私はこの表現を極めてみたいと思った。
完膚なきまでに否定された事に反発し、意地になったのも少しはあるかもしれない。
それでも、私はこの表現に可能性を見出した。
結果、誰にも理解されず、私は芸術院を去った。
それでもこの表現を極める為、野に降った。
あれから5年が経った。
今現在は旅をしながら、街々で一人演奏会を披露して日銭を稼ぐ日々を送っている。
まるで大道芸だ。全くその通りだ。
こんなものは芸術では無い。全くその通りだ。
流れて行く日々の中であの時の崇高な志はすでに失せ、それでも楽器を手放す事が出来ず、未練たらしく街角で惨めに芸を披露している。
何人かは足を止めて演奏に聴き入っているが、大半の人々は通りを渡って行く足を止める事なく流れて行く。
所詮、私の音楽はその程度だったのだ。
私の演奏は芸術では無かった。
だから人々は足を止めてまで聴いてはくれない。
人々に感動を与えられない。
今の私は音楽家、芸術家などでは無い、ただの大道芸人だ。
それでも楽器を手放す事が出来ず、未練たらしく街角で惨めに芸を披露している。
諦めがつかなかった。それでも私は音楽を捨てられなかった。
今はまだ、技術が足りないだけなのだ。
今はまだ、この表現を模索している段階なのだ。
今はまだ、人々に認知されていないだけなのだ。
今はまだ…今はまだ…今はまだ…今はまだ…
惨めで未練たらしい。
解ってはいる、解ってはいるのだ。
出来ない事への言い訳で自分を誤魔化しているだけなんだという事は…
惨めで未練たらしい、それでも私は音楽を捨てられなかった。
ある日、大きな満月の夜だった。
私は『彼女』の歌を聞いた。
蒼白く光る満月の下、彼女は歌った。
憂いを帯びたその歌声は、どこまでも澄んでいて、聞いていると心臓の鼓動が高鳴り、早まり、不安になる。
……美しい……
月並だが、そうとしか形容出来ない。
どこまでも澄んだ歌声。
その場で身動き一つ、瞬きすら忘れて、流れる音階を全身で感じていた。
私は『彼女』に魅了された。
*あとがき*
この文章は『新人類観察紀行』収録エピソード『電子の歌姫』の元ネタ的なものです。
導入部だけ作ってボツになりました(笑)
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