こんな学園ラブコメは嫌だ! 白馬の王子様ではなく白馬のケンタウロス男子が求愛してきた

むらたぺー運送(獅堂平)

白鳥蒼馬でございます(1)

「きっといる。白馬の王子様はいるの」

 西美波にしみなみは空を見上げ、瞳を潤ませながら言った。隣に座る前多翔子まえだしょうこは呆れ顔だ。

 二人はI県立N丘高校の一年生だ。いつも校内の中庭ベンチで昼食をとるのが恒例だ。

「まーた、そんなこと言って……。高校生なんだから、そういうのやめた方がいいよ」

 翔子は夢見る少女を現実に戻すよう試みたが、

「いや、絶対いるから!」

 美波は戻ることなく夢想したままだった。

「はあ」

 翔子は嘆息した。美波とは幼稚園の頃からの付き合いだが、昔から良い意味ではピュア、悪い意味では騙されやすい性格なのだ。見ていて危なっかしい。

「絶対いる! ああ、白馬の王子様。あなたはいつ現れるの」

 美波は立ち上がり、ミュージカル俳優のように左手を胸に右手を前に出した。

「はいはい。わかったから、まずはご飯食べようね」

 翔子は彼女の腕を引っ張り、着座させた。


 N高校は、I県の中心であるK市の端の山沿いにある。高校を出て100メートルほどに産業道路があり、車では移動しやすいが、徒歩や自転車などでは行動しにくい地域だ。生徒はもっぱらバス通学が多い。

 昼食後、教室に戻ろうと歩き始めた時、美波は「購買に寄ろう」と言った。

「えっ。まだ食べるの?」

 翔子が驚いて尋ねると、

「さっき、王子様のことを考えたら、お腹減っちゃって」

 美波は可愛らしく舌を出した。

「どういう論理よ、それ」

 翔子は苦笑した。

「王子様って、俺のこと?」

 突然、二人の後ろから男子の声が聞こえた。

 振り返ると、髪の毛を茶色に染めた一見チャラそうな学生がいた。

「なんだ、勇作か」

 彼を見て、美波はあからさまにがっかりした。クラスメイトの東勇作ひがしゆうさくはニヤニヤと笑っていた。プチ情報だが、I県は方角を意味する苗字が多い。

「なんだとはなんだ、ちみは」

 勇作はおどけた。

 翔子は「はいはい」と蠅を振り払うように手を上下した。

「そういえばさ」

「ん? なに?」

 美波は首を傾げた。

「今日、転校生来るらしいぜ。来ればいいな。白馬の王子様」

 勇作は含み笑いをしながら言った。この彼の発言は、半分は正解であったことをのちに知ることになった。


「えー、今日の授業はこれで終わりだが、最後に大切なお知らせがある」

 五時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った刹那、教師の北が切り出した。彼は数学教師であると同時に、美波と翔子のクラスである1年2組の担任だ。

「転校生がきた。今朝、紹介する予定だったのだが、色々とトラブルがあって、今から紹介することになった」

 北はゴホンと咳払いをした。

「えー、ちょっと変わった子なので、驚かないでほしい。みんな、優しく接してくれ」

 教師の前置きの意味が分からず、教室の生徒たちはキョトンとしていた。

「どうぞ。入って」

 北の呼びかけで、教室の扉が開いた。

 馬の蹄の音、

「ひひーん」

 入室してきた金髪の男子は馬の鳴き声を真似た。彼の下半身は白い馬で、上半身は人間のケンタウロス状態だった。

 クラスの生徒たちはどっと笑った。コスプレをする面白い奴だと認識されたようだ。

「どうも。皆さん、初めまして。白鳥蒼馬しらとりそうまです。本物のケンタウロスです」

 彼が真剣な表情で自己紹介した瞬間、教室は静寂に包まれた。

「ま、またまたー。君面白いね。それ、どこで買ったの?ドンキ?」

 お調子者の勇作が聞いた。

「本物ですよ」

「えっ」

 教室はざわざわと混乱した生徒が出始めた。

「ここ見る? 馬と人間の境目」

 蒼馬の発言に、勇作を含む数人の男子生徒が彼の体をまじまじと観察し、触診した。

「ほ、本当だ」

 勇作は愕然とし、周りにいた生徒たちは一斉に後ずさった。

「えー、白鳥くんはれっきとした人間という設定なので、差別しないよう温かく接してくれ」

 北教諭は注意をしたが、彼自身が差別意識をもっているような発言だ。

「ちなみに、僕は日本とイギリスのハーフです。だから、顔は少し日本人っぽいけど、髪は金髪なんだ」

 蒼馬はウィンクした。

(それ以前に、馬と人間のハーフだろ)

 美波を除く全員が思った。美波は、

「へー。ハーフなんだ。すごーい」

 なぜか感動していた。

「いや、そこを感心している場合じゃないでしょ」

 美波の後ろの席にいる翔子がツッコミを入れた。

「というわけで、みんな、よろしく頼むぞ」

 北はハンカチで冷や汗を拭きながら、

「えーと、君の席はあそこだ」

 美波の隣にあたる窓側の席を指した。そこは以前までは別の生徒が座っていたが、とある理由で退学していた。

 席は後ろから二番目なので、蒼馬が席にたどり着くまで何度も途中にある机や椅子に足を引っかけて、「すまない」と謝罪していた。

「ここが僕の席か、隣の人、よろし――」

 蒼馬は美波の顔を見ると、フリーズしたかのように動きが止まった。

「ん?」

 美波は可愛らしく首を傾け、彼を見た。蒼馬は信じられないものを見たかのように口をパクパクと動かしていた。

「人参でも欲しいの?」

 無邪気に美波が聞いた。

「君、名前は?」

 その問いを無視し、彼は言った。

「美波。西美波だよ。美しい波と書いて美波」

 蒼馬は足をくの字に折り、美波の手を握りながら言う。

「僕と結婚してください」

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