第9話

理人は四人家族のもとで育った。不仲な父母と、五歳年上の美しい姉。母は女の子が欲しかったらしく、姉はいつでも母に愛されて、理人は、「男の子は泣いてはいけない」「女の子は繊細なのだから、男の子は女の子に優しくしなければならない」と厳しくしつけられていた。

一方で、母は理人に対しては過干渉とも言える状態だった。服は、みっともないからと、十六歳で家を離れるまで毎日母が理人に選んで着せ付けていたし、門限はいつまでも十九時であった。太らないように、食事はサラダしかなかった。姉は欲しいと指させば全ての服と玩具を買い与えられ、万が一にも手に入らないなら癇癪を起こせば良いことをよく知っていた。

かように時代錯誤な感覚を持つ母と、異性関係に対し奔放な父はそりが合わず、父の暴力の末に、やがて離婚した。母は働くようになり、理人や姉と共に祖母の家で暮らすようになった。

祖父は持病のせいでずっと入院中。祖母は兎に角ずっと金持ちのお嬢様として生きてきており、家事はさっぱりできず、理人はそれを手伝ったが、気難しい性格の彼女は、「孫を育てているなんて世間様になんと言えばいいのか、みっともなくて暮らしにくくなった」と毎日嘆いていた。与えられた部屋は、豪邸の中でたった一室、四畳半であった。

学校が終わると、夕方から朝まで、理人は姉と二人、その四畳半の部屋で過ごすようになった。部屋からは勝手に出てはならないとされ、勉強の道具や資料などには金を惜しまない環境だったので、理人は勉強に打ち込むようになった。

ある真夏の夕方、理人の姉は黒いノースリーブのワンピースで、黒い長髪を丸い肩にまとわりつかせ、両手を突いて体を前のめりにし、こう微笑んできた。

「おばあさまにもお母様にも内緒のことをしない?」

思えばそれが地獄への入り口だった。

姉は理人をベッドに座らせ、ズボンを下ろし、下着の中に手を入れて、下腹部を撫でた。そして耳に息を掛け――結局。

やがて、他に一切の娯楽がない中、快楽を貪るように、姉は理人の上唇を吸うようになり、舌を滑り込ませて上あごを舐めるようになり、シャツに手を突っ込んでは胸の突起をつまむようになり、やがて理人からも口づけくらいはするようになってしまった。

人の触れてはならない部分は触れると水っぽい音がすることを知った。

自分の方が男なのだから、体が反応したのだから、自分にも「そういう」気持ちがあった、ということなのだろうか。その負い目が、理人の口を噤ませた。姉はすっかり理人とのそんなやり取りを忘れているようで、幸せに彼氏をとっかえひっかえして暮らしている。

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